土曜日。渋々俺は駅前のロータリーまで聖夜を迎えにいった。
バスから降りてきた彼は俺を見つけてにこっと笑う。
「わざわざありがとう、ナツ」
「……ほんとだよ」
俺の知らないところで母さんと仲よくなりやがって。そんな思いを込めてにらみつけるけど、聖夜は知らん顔で「なんだか学校の外でナツと会うの久しぶりだな」と言う。
「また一緒にゲーセン行かない?」
「……なあ、それどういう気持ちで誘ってんの?」
「ナツのそばにいたいってだけだよ」
聖夜は俺の目を見てささやく。「そのいやそうな顔も。俺のことほんとは怖がってるところも。俺しか知らないナツの顔かと思うと、すごく興奮する」
えぇ……。
「……かなりマニアックだろ、それ」
「こうやってちゃんと俺の相手してくれるところも律儀ですごく好きだよ」
「う……」
だって仕方ないだろ。
聖夜と一緒にいると楽しいって体が覚えてるんだから。気持ち的にはもちろん複雑だし、彼を怖いと思ってるのもほんとなんだけど。
「行こう?」聖夜は俺に向けて手を差しだしてくる。このやりとりももはや懐かしい。
「からかうなってば。はやく行くぞ」
「あは、照れた」
なんでずっと嬉しそうなんだ、このイケメンは……。
この腹黒イケメンを母さんは大歓迎した。こっちが恥ずかしくなるくらい。リビングのテーブルには新しいテーブルクロスがかけられていたし花まで飾られていた。
聖夜も完璧な優等生として母さんに応えていて、歯の浮くような会話に我慢できなくなった俺は「聖夜、部屋行かない?」と彼を誘う。
俺の斜め隣。普段は父親が座ってるところで母さんお手製のアップルパイを食べていた彼は「いいの?」と聞いてくる。
よくはない。絶対よくはないけど。
「そうね、こんなおばさん相手にするのも疲れちゃったでしょ? つきあわせちゃってごめんね」
「お義母さんはお若いですよ。洋服やお化粧、いまの流行りを取りいれてますよね? すごく素敵だと思います」
「あらー」
聖夜のお世辞に母さんはでれでれする。
この男、裏ではめちゃくちゃやってんだけど……!? 『あらー』じゃすまないんだけど!?
つかいま、聖夜の『おかあさん』に含みがあったような……。
「っ、とにかく行こうぜ! 母さん絶対部屋入るなよ!」
「はいはい、どうぞごゆっくり」
俺は聖夜を急かして二階の自分の部屋に行く。
小学生のときから使ってる学習机に、シールを剥がした跡があるカラーボックス。でかいビーズクッションと折りたたみテーブル。テレビゲーム機。あとはベッドがあるくらいの、なんいうか、おしゃれ感のないごく平凡な部屋だ。
こういうのがかえってめずらしいんだろうか。聖夜はドアのところで全体を見回し、「いい部屋だね」と皮肉でもなさそうに言う。
「……聖夜の部屋に比べたらこんなの部屋に入らないだろ」
「ナツがここで暮らしてきた歴史を感じるよ」
そう言われるとなんだか恥ずかしい。「適当に座って」と俺は聖夜をうながしてからドアを閉めた。
「それってベッドでもいいってこと?」
「すみません間違えました。テーブルの前に座ってください」
たっくんならベッドに座っても寝転がっても気にしないけど、聖夜は……。
聖夜は……なんか、さ……。
クッションの横に聖夜が座ったので、「こうするんだよ」の俺は教えてやることにした。聖夜の横に膝立ちになり、頭からダイブする。
すこし固めのビーズクッションは俺の上半身をしっかり受けとめてくれる。「へえ、面白い」と聖夜が言うので「やってみろよ」と俺は返した。
ぼふっ、と横向きに聖夜がクッションに倒れこむ。
そうすると至近距離に聖夜の顔がきて。
「いいね、これ」と微笑む彼の顔を俺は直視できなくなる。
「……あ、うん」
「俺も買おうかな。なんだか、これ置いたらナツを捕獲できそうだし」
「そういうアイテムじゃないだろ……」
聖夜はあおむけに体勢を変える。天井を見上げる彼の横顔ははっとするほど整っていて、なんかの彫刻みたいだな、とつい見とれる。
……この容姿と表向きの性格ならだれだって落とせるはずなのに。
なんで俺なんだろう……。
聖夜は俺のことを『ヒーロー』と言ったけど、あんなのもう昔の話だ。クラスのみんなも憶えているかどうか。
転校先で聖夜のことを好きになる子はいっぱいいたはずなのに。何年も前の思い出を引きずってるなんて――
彼の孤独について考えかけたとき。「あ、ひょっとして」と聖夜が体を起こした。
「これに寄りかかってゲームするんだ。そうだよね?」
「……うん。自分で形変えて、背もたれみたいにして」
「いいな。ほんとに欲しくなってきた」
無邪気に聖夜は言い、俺が縦長にしてやったクッションに寄りかかって目を閉じる。
たかがビーズクッションではしゃぐところにぐらっときそうになって、いやいや、と俺は首を振った。これくらいであのときのことを許すとか、ちょろすぎだから。
自分を諫めていると「よかった」聖夜が目を閉じたままつぶやいた。
「よかったって、なにが」
「ナツがいまもゲーム好きで。俺、ナツと仲よくなりたいと思ってたくさん練習したから」
「…………」
「ナツがゲームしてるところ見たいんだけど、いい?」
いいけど、と俺はテーブルを回ってテレビの前に行きながら答える。「協力プレイしようよ。せっかくふたりでいるんだし」
「……そうだね。うん。せっかくふたりでいるんだから」
「くりかえさなくていい……」
アクションゲームを起動したあと、俺はコントローラーをふたつ持って聖夜の横にもどる。
「ありがとう」とコントローラーを受けとった聖夜は「隣こないの?」となにげなく聞いてきた。
「ふたりだとせまいし」
「そんなことないよ」と聖夜はすこし反対側にずれる。
「おいで、ナツ」
……これで素直に行ってしまう俺は。
ひょっとして、もうどうかしてるんだろうか。
自分のクッションなのにぎこちなく俺は寄りかかる。聖夜が、近い。体が勝手に緊張する。
「最初に操作教えてもらっていい?」
「……うん」
トレーニングモードにして俺は聖夜に操作方法を一通り教える。聖夜はすぐに理解したらしい。すこし練習したあとで「じゃあはじめようか」と言ってきた。
聖夜がすぐそばにいることに最初は緊張してたけど、そのうちゲームに夢中になってそれを忘れる。
「聖夜、そのアイテム取って!」「これ?」操作キャラが無敵になり、俺たちは気持ちよく敵をなぎたおしていく。
「やば、聖夜うますぎない? 実はやってた?」
「初めてだよ」
「うそ……、」
ステージクリアしたあとで俺は彼を見る。聖夜も気づいて、「はい」と手のひらを俺に向けてきた。
俺は彼から目を逸らし、ぱちん、と手のひらをぶつける。
知らない間にお互いの腕がくっついていた。コントローラーを握りなおすふりで俺は彼から距離を取る。
聖夜とゲームするのは楽しかった。どうしようもなく。
一時間以上ぶっとおしで遊び、ちょっと休憩しよう、となったので俺は一階のキッチンからペットボトルのコーラとコップを持ってきた。注いでから渡すと聖夜はにっこり笑ってお礼を言ってくる。
……そりゃ母さんみたいな中年女性に受けがいいわけだよな、と思わずにはいられない。
「ナツがゲーム好きになったきっかけってあるの?」
「んー……たしか最初は実況動画見るだけだったんだけど、そのうち自分でもやりたくなったのがきっかけっちゃきっかけかな。……ほんとはたぶん、なんでもよかったのかもしれないけど」
「どういう意味?」
俺はステージ選択画面で止まっているゲームをちらっと見る。
よくできたゲームで遊ぶのは言うまでもなく楽しいし、インディーズみたいに荒削りでとがった部分のあるゲームもやりごたえがある。それもたしかだけど、
「……ゲームの中のキャラクターは俺で傷つかないから。俺が傷つけられることはあっても」
この中でなにがあっても、ゲームを終了すれば、セーブデータを消せば、すべて元通りになる。俺が干渉する前の世界にもどる。
その可逆性が――俺にとって『特別』なのかもしれはかった。
聖夜は静かにコーラを飲む。
彼がいつだかミルクティーばかり飲んでたことを思いだし、買っておいてあげればよかったな、とちょっと思った。
「やさしいんだね、ナツは」
「そんなこと……」
「だれかを傷つけたくないからゲームをやってるなんて理由、初めて聞いたかもしれない。そういえばいまも対戦じゃなくて協力プレイだね。ほんとうは、勝敗がつくことも怖い?」
俺は小さくうなずく。
小学生のとき、かっとなって言いすぎてクラスメイトを傷つけた。そのときのことはまだ忘れられなかった。
実はeスポーツの大会にでることも乗り気じゃない。正確には、勝ち負けがつくことが。
でもゲーム同好会は俺にとってなくしたくない居場所で。居場所を守るには、なにかしら目に見える実績が必要だったから。
「ナツが俺を強く拒絶しないのも、ほんとうは俺を傷つけたくないから?」
「…………」
「つけこまれるよ。そんなふうに他人のことばかり考えてると」
ちがう。俺が考えてるのは、けっきょくは自分が傷つかないための方法だ。
でもそれを口にする前に。
聖夜の指が俺の髪をなでて、俺から言葉を奪っていった。
「な――っ」
「ごちそうさま。用事があるから今日はここで帰るね」
――今度は俺の部屋にきて、いい?
耳元でささやいて聖夜は帰っていく。
ひとりになった俺は思わず自分の耳を手で押さえて、そこが熱くなっているのを確認せずにはいられなかった。
「……なんで熱くなってんだよ……」

