【完結】イケメンのクラスメイトと二人組になったらめちゃくちゃ執着されてた


 絶対に忘れることなんてできない。聖夜はそう言ったけど、俺に実感はなかった。

 ――小学二年生まで聖夜と同級生だった? それも、二年のときは同じクラス?

 疑問が顔にでていたのだろう。「思いだせなくても当然だと思う」と聖夜は言う。

「俺は目立たないよう目立たないようにしてた。ナツと話したことも数えるくらいしかなかったんじゃないかな。俺の家庭環境を察したのか、授業参観できただれかの親から視線を感じることはたまにあったけど」
 
 聖夜を見たことある気がする。母さんがそう言っていたことを思いだす。
 母さんはそういう意味で聖夜が印象に残っていたのか。

「名字も変わったしね。(ひいらぎ)っていうめずらしい名字だったから、先生ふくめてみんなそっちで呼んでたし。わからなくても仕方ないよ」
「……ごめん」
「謝ることないのに」

 屈託なく聖夜は笑う。
 でも俺はもうその笑顔が――その笑顔の裏にべつのものが隠されていることを知ってしまっている。そのままの意味では受けとれなかった。

「……聖夜が俺に近づいてきた理由はわかった、けど」

 ぽん。手の中のスマホがラインを受信するけど、目をやる余裕もなかった。
「どうして……」と俺は聖夜の澄んだ瞳を見上げながら言う。

「どうして……あんなことまでしたんだ?」
「いやがらせの紙を入れたこと?」
「あんなことしなくたって俺たちは友達になれた。あんな汚い真似するなんて聖夜らしくない」
「俺は汚い人間だよ。欲しいものは必ず手に入れる。手段はえらばない。言わなかったかな」

 視界にあの赤い文字がちらつく。
 この部屋のデスクで聖夜があれを書くところを想像してぞっとした。聖夜は、その整った顔になんの感情も浮かべていなかったから。

「……ちがう……っ」

 旧校舎の、もう使われていない教室。カーテンの中で向けられたやさしさが嘘だったなんて信じたくない。
 あのとき俺はたしかに救われたのに。もう二度と、自分がひとりぼっちになることはないって思えたのに。

「ちがわないよ。ナツは俺のきれいなところしか見てなかっただけ」
「…………」
「ナツをほしがる俺もぐちゃぐちゃした気持ちを持てあます俺も、ぜんぶ俺だ。傷つくナツを見て愛おしいって思ったのも」

 目に涙がにじむ。
 否定したい。否定しなきゃいけない。なのに、まともな言葉はなにもでてこなかった。

 俺は借りたトレーナーの袖でまぶたを拭く。

「……俺、きらわれてたの?」
「俺がナツを? そんなわけない。俺のヒーローなのに」
「じゃあ、なんで……」
「ただの友達じゃ得られないものがほしかった」

 いつもと変わらない、やわらかい声で聖夜は言う。
 それが、それこそが異常なのに。

「“愛情や友情なんてすぐに壊れるが、恐怖は長続きする。“ある独裁者の言葉だ。
 ――俺はこの言葉の意味を身をもって知ってる。新しい父親と出会ったとたんに俺に興味がなくなった母親も、あんな昔のことなのに俺の脳にまだ刻みつけられてるあの男も。どっちも、みんな事実だから」
「――……」
「……あの写真を遊佐くんが撮れたの、偶然だと思った? まさか。遊佐くんが教室に帰ってくるタイミングで入れたんだ。いずれナツに教えると想定して。――ナツ、俺は」

 聖夜が俺に向けて手を伸ばす。
 無意識のうちに俺はそれを避けていた。聖夜は嬉しそうに微笑み、さらに手を近づけてくる。

「俺は、ナツに恐怖してほしい」

 手をよけようとしてバランスを崩し、俺はベッドに倒れこんだ。
 彼は俺の横に手をついて。天井からの光をさえぎるように、覆いかぶさってくる。

「でも恐怖だけじゃダメだ。それじゃあの男となにも変わらない。俺は……あの男のミニチュアじゃない。
 友情も愛情も俺はほしい。ナツが感じるすべてのものがほしい。
 俺を信頼して。俺を愛して。俺に怯えて。俺に裏切られて。
 俺のぜんぶを、ナツに刻みつけて」

 聖夜の手がトレーナー越しに俺の胸に置かれる。
 ――夕方に俺の髪にふれた、手。
 でももうそのときと同じものとは思えなかった。皮膚の内側まで入ってくるような。臓器を引きだされるような。そんな、鋭い圧迫感がある。

「……あ、」

 思わず声が漏れた。
 逃げなきゃいけない。なのに体は動かなかった。恐怖で麻痺してしまったみたいに。

 ……怖い。
 聖夜が、怖い。

「ナツ……」

 引いたと思った涙がまた零れた。頬を伝うそれを俺が自分で拭おうとする前に、聖夜が胸に置いていた手を伸ばしてくる。

 恋人にするみたいにやさしく拭われて。

 ただでさえ揺らいでいた情緒をかき乱された。俺は両腕で顔を覆い、声を押しころしながらしゃくりあげる。

「……傷つけちゃったね。ごめんね?」
「っ……」
「けど嬉しいな。俺を救ってくれたナツがこうして可愛らしく泣くところを見れるなんて。それが俺のせいなんて。
 ナツ、俺はね。ナツの心に俺の手で傷をつけられるのが――すごく嬉しいんだよ」

 大丈夫、と聖夜は微笑しながら言った。

「俺はこれからナツを100回裏切って、101回助ける。そのときの友情も愛情も絶望もぜんぶ俺のものだ。
 ――そうだよ、ナツ。俺と一緒にいれば大丈夫だから。その傷もぜんぶ癒して塞がるまで見届けて傷跡になったらそれをやさしくなぞってあげる。
 ほかの人間なんて俺たちには必要ない。そうだよね?」

 逃げなきゃ。信号が点滅するみたいにその思いがちらつく。聖夜を突きとばしてはやく家まで逃げなきゃ。

 ――家? 俺の家、聖夜に知られて……

 涙が引っこむほどの衝撃だった。家だけじゃない、母さんの顔まで知られてる。もし俺のせいで母さんになにかあったら。

 なら、たっくんの家に――

「……そうだ、ナツ。遊佐くんに注意しておいたほうがいいよ。たとえ知り合いしか見てないアカウントでも、住所や学校を特定できるポストや写真は上げないほうがいいって」
「え――」
「いまは画像検索で住んでるところなんて簡単にわかるんだよ?」

 俺は思わず腕をどかして聖夜の顔を見た。

 たしかにたっくんは自分のXのアカウントに写真をよく上げている。学校の近くで飼われてる犬とか。アパートの前の花壇にいためずらしい蝶とか。去年のeスポーツ大会の会場とか。
 本名ではやってないけど、知り合いならなんと
なくアカウント主がだれか推測できるポストばかりだ。

 でもあれで住所まで特定できるなんて。
 はったりだ。そう思いたかったけど、たとえはったりでも俺の動きを制限するには充分だった。たっくんに迷惑はかけられない。

 ――俺のXのIDを知ってたのも、たっくん経由で……

 今更気づいても遅かった。
 いつの間にか自分が見えない檻の中に閉じこめられていたことを知り、愕然とする。

 檻の鍵は。
 聖夜しか、開けられない。

「ナツ、こっち見て――」

 俺の頬に聖夜が手のひらをあててくる。
 そのまま彼の顔が近づいてきて。――キスされる、と思った瞬間俺は聖夜を突きとばしていた。

「っ……、調子乗んな!」

 勇気じゃない。これ以上はなにをされるかわからないという恐怖からだった。
 俺は涙目で聖夜をにらみつける。

「言っとくけど聖夜のこと好きになるわけないからな。だって――」
「……だって?」
「だって……」

 頭は真っ白だった。自分がなにを言ってるかわからないまま俺は叫ぶ。

「俺っ……好きなやつ、いる、から」

 聖夜はすっと目を細めた。「……だれ?」

「き……聖夜の、知らないやつ」
「…………」
「だから聖夜になにされたって俺は聖夜のこと好きにならない。絶対。なにしたって無駄だからな……!」

 急ごしらえの嘘に聖夜はしばらく沈黙していた。

 やがて。
 そっか、と光のない瞳で言う。

「ならそいつからナツを奪えばいいんだね?」

 このときの俺は。
 まだ、聖夜の愛の重さを見誤っていた――。