【完結】イケメンのクラスメイトと二人組になったらめちゃくちゃ執着されてた


 俺の父親……血がつながってるほうの父親って意味だけど。
 そいつは家では暴力を振るう男だった。それも、直接的にじゃない。

 俺が図書室で借りてきた本を床に出しっぱなしにしていた。()()()、母を殴る。
 母が酒を切らしていた。()()()、俺を殴る。
 教育。しつけ。そんな名目で。

 すべてがそんなふうだった。
 自分のせいで母親が叱責され、目の前で殴られる。そのときの気持ちがわかる? 胸が痛いなんてものじゃない。絶望だったよ。死んで許されるならそうしたいくらいだった。
 
 それに比べれば自分が殴られることなんて些細なものだった。――父親が部屋を出ていったあとで、母さんが傷ついた俺を抱きしめる。そのときの涙はやっぱり痛かったけれど。

 だれかに相談なんてできない。だって自分が殴られたことを公にすれば、『母がやったこと』まで他人が知ることになってしまうから。
 母は、他人に助けを求めることで父が激昂しないか不安だったから言えなかったと言っていたけれど。

 俺の家は恐怖と痛みで支配されていた。
 これからも同じ毎日がつづくのだろうと思っていた。

 ……そうして、小学二年生になって。

 俺はある子供と一緒のクラスになった。学年で知らないやつなんていない、乱暴者と。
 男でも女の子でも容赦なく殴る。痛みで、恐怖で他人を動かそうとする。先生すら面倒をきらって止めようとしない。

 俺は学校では空気のような存在でいようと思っていた。父親に罰されていることがばれないように。もう俺を殴る存在が増えないように。

 ……だから当然、そいつのことは忌避していた。自分より小柄な子を殴るそいつがはっきりと父親と重なったときもあった。

 学校にいるときだけが唯一父親のことを忘れられる時間だったのに、そいつと同じクラスになったせいでそれさえも地獄になった。せめて目をつけられないようにしているだけで精一杯で――

 そんなある日。
 そいつの後ろの席だった子が怒鳴ったんだ。

 ――いやがってんだろ! やめろよ!

 いままでそいつに逆らった相手はだれもいなかった。
 自分は王様。周りは家来。そう思っていたのに反乱を起こされてショックだったんだろう――みるみるうちにそいつの顔から血の気が引いていくのがわかった。

 おまえのことを好きなやつなんてどこにもいないからな、とその子はさらに言ったけどそうする前にもう勝敗は決していた。そいつは王の座から引きずりおろされ、無力な罪人と化していた。

 俺は――。

 瞬きもできずにそいつを怒鳴った子を見ていた。だれとも関わろうとしていなかった俺の世界に、その子は鮮烈に飛びこんできた。

 この子みたいになりたい。最低限の力で動くことしかしていなかった自分の心臓が強く脈打つのがわかった。
 この子みたいに、俺も、『敵』を倒したい――。

『俺はあなたのことを父親だなんて思ってない』
『あなたは自分より弱い相手にしか暴力を振るえない、ただのクズだ』

 その夜、俺は父親にそう言った。
 初めてだった。自分がやったことで、自分が殴られたのは。

 それでも痛みなんて感じなかった。胸の中にはあの子がくれたものがあったから。何度殴られても俺はあきらめずに父親をにらみつづけて、そのうち心が折れたように父親は自分の部屋に帰っていった。

 勝った、と思った。
 そしてその日のことは母親も変えた。いままで泣くことしかできなかった母さんが初めて行動したんだ。
 ――離婚しましょう、って。夜遅くに父親に切りだしたのを、俺は布団の中で聞いていた。

 その三ヶ月後に両親は離婚し、俺と母親は母の実家に帰ることになった。
 それきり父親には会っていない。住んでいたアパートの部屋は引きはらったって、だれかから聞いたような気はするけど。

 転校先の学校で俺は別人のようにふるまいはじめた。だれかと話すときには相手の目を見て。笑顔を絶やさず。教室でなにか異変が起きたらすぐに気づけるよう、隅々まで観察して。

 理由は簡単だ。もうだれにも暴力で教室を支配させないため。
 俺が支配していれば、もう二度とあいつみたいな生徒は生まれなくなると思ったから。

 それは上手くいっていた。あの日からすべてがいいように回りはじめていた。
 俺が小学校を卒業するときに母さんはいまの父と再婚した。医療機器メーカーに勤めている彼はどこから見ても誠実なひとだった。隣で母親も幸せそうに笑っていた。

 なのに――俺だけ、なにかが欠けていた。
 俺の心臓が強く脈打ったのはあのときだけ。あれ以降、俺はどこか物足りない気持ちで日々を過ごしていた。

 母は新しい幸せをつかんだ。父も俺によくしてくれる。忙しいのに休日はフットサルやスポーツ観戦に連れだしてくれたし、俺が県内でトップレベルの進学校に行けるよう最大限のサポートもしてくれた。
 物足りない、なんて思っていたら罰が当たる。

 それでも俺は自分の中に穴があいてるような気がしていた。なにかが足りない。

 夏休み、学校と塾からでた宿題を終えた俺はYouTubeで動画をあてどなく見ていた。スポーツ以外の趣味を見つければいいのかな、と思って。

 そのひとつがeスポーツの大会だった。出場者はみんな俺と同じ高校生。
 ――ゲームの大会なんてあるんだ。しかも、熱量はスポーツのそれと変わらない。俺は興味を引かれてそのライブ配信を視聴しつづけて。

 俺のヒーローを、見つけたんだ。




「ナツのことはすぐにわかったよ。大きな茶色い目もやわらかそうな黒髪もなにも変わってなかった。あの頃とちがって他人とあまり目を合わせないようになってたのは気になったけど……それでも、俺を地獄から引きあげてくれたあの子だってわかった。

 ライブ配信が終わったあと、俺はすぐにナツの高校について調べた。転校するにあたって障壁になるのは両親だけだということも。

 実際、ふたりは俺が名門校からスポーツくらいしか目立ったところのない高校に転校することを止めようとした。母さんなんて俺が宇宙人とすりかわったみたいな顔してたよ。そこに通うなら一人暮らしもしなくちゃいけないし、当然ではあるけど。

 最後は父が味方になってくれた。俺が『そこでどうしてもやりたいことがある』って言ったら理解を示してくれたんだ。母さんの説得も、煩瑣な手続きも進んでやってくれた。父には感謝してる」

 感謝してる――というわりに、まるで他人事みたいな話し方だった。身内への照れとかじゃない。

 ……聖夜にとって、新しい父親は『他人』なんだ。そう気づいたとたん、胸の中に重い石を乗せられたみたいな気持ちになった。

「……やりたいこと、って?」
「決まってるだろ? 俺を助けてくれたヒーローとの再会。ナツのそばには遊佐くんがべったりだったからなかなか近づけなかったんだけど……あの日、二人組になれてよかった」

 あの日。聖夜が初めて話しかけてくれた日。

「俺、あれでもけっこう緊張してたんだよ?」

 聖夜は微笑む。
 小さな子が初めてできた好きな子について話すときみたいに――恥ずかしそうに。

「ナツは小学生時代のことを『忘れたい思い出』って言った。でも俺にとってはちがう。
 俺にとってあの日は。
 俺が、新しく生まれ変わった日なんだ」