旧校舎で聖夜と話した次の日。
ホームルームがはじまる直前。みんなが教室にもどってきたタイミングで聖夜は「そうだ」と言った。
それまで俺たちは教室の隅にある俺の席でゲームの話をしていた。俺の机の横に立っていた聖夜はみんなを見回し、「大事な話があるんだけど」とよく通る声でつづける。
聖夜のことはだれもが常に注目している。
教室はにぎやかだったけどそれでみんなおしゃべりをやめて、不思議そうな顔で彼を見た。俺も聖夜がなにを言おうとしているのかわからずにただ彼を見上げる。たっくんはトイレにどこか行ったっきりまだ帰ってきてないので、前の席は不在だ。
聖夜は教室が静かになるのを待ち、いつもの微笑みを浮かべながら言った。
「俺は夏稀と特別な友達になりたいと思ってる」
やさしい、ふわりとした風のような声。
「だからこのところ彼とばかり話してた。正直に言う、部活のトレーニングよりも夏稀といることが俺には大事だって。俺はもっと夏稀と仲よくなりたいから」聖夜はふと目を伏せて、「……その俺の身勝手な行動でだれかに不満を抱かせたのなら謝る。けど」
――けど。その声は変わらずやさしかったけど、奥に炎みたいな強烈な怒りがあった。
「それで夏稀を傷つけることは許さない。今度彼になにかしたら――俺もそれなりの対応をさせてもらう。いいね?」
けっきょく聖夜にいやがらせのことは話せなかった。でも俺の様子からなにか察したのだろう。
聖夜は静かな怒りを込めてクラスメイトひとりひとりの顔を見ていく。
このなかに俺にいやがらせした犯人がいる。
彼と目が合った瞬間、そいつはなにを思っただろう。俺に嫉妬するくらい好きな相手にこんな目でにらまれて。
……俺だったらもう学校に来れないかもしれない。
傍らで見ているだけでも怖かった。普段やさしいやつほど怒ったら怖いってほんとなんだ、と俺まで冷や汗を掻きながら思う。
全員の顔を見て、聖夜はまぶたを閉じる。
そうしてゆっくり目を開けると。――はにかむようににこっと笑った。
「わかってもらえたならいいや。
せっかくだから、俺がもっと夏稀と仲よくなれるように協力してほしいな」
「……へ?」と思いもよらない話の変え方に俺は首をかしげる。夏稀はそんな俺を困ったような微笑で見て、再びみんなに視線を向けた。
「こんな感じで夏稀は鈍感だから。援護射撃、してもらっていい?」
聖夜の宣言のあとに担任がきてホームルームがはじまってしまったので、彼を問いつめることができたのは次の休み時間だった。
「あ――あれって、どういう意味だよ……!?」
目立ちたくないとか言ってる場合じゃない。廊下の隅まで彼を連れだし、「あれ?」と空とぼける聖夜に「朝の! あれ!」と言いかえす。
ああ、と聖夜は微笑んだ。
「いい案だと思わない?……だって夏稀、クラスのだれかにいやがらせされてたよね? それで最近元気なかったんだろ?」
「……そ、れは。そうだけど」
落ちついて考えて、と聖夜は言いきかせるように言ってくる。
「ああやって釘を刺しておけばもう夏稀がいやがらせされることはない。俺と夏稀が一緒にいるのは俺が『特別な関係』になりたいからって言っておけば勝手に向こうで察して遠慮してくれる。反発なんて起こらない。完璧だろ?」
「朝も思ったけど……特別ってどういう意味?」
「さあ?」
聖夜は澄まし顔。
……いや、ほんとになに? 俺と親友になりたいとかそういうこと?
聖夜、友達いっぱいいそうなのに……?
「それに――ああ言っておけば、夏稀とのふたりだけの時間を邪魔されることなくなるし」
「……え?」
「なんでもない」
とにかく、と聖夜は真面目な顔になった。
「これでもうだいじょうぶだよ。夏稀がなにかされることはないと思う。……もしされるようだったら、そのときはまた考えるから。俺に教えて」
「……う、うん」
「俺のせい、だよな。夏稀とふたりで遊べるのが嬉しいから周りのことまで気が回らなかった。ごめん」
「聖夜が謝ることじゃ……」
「前にもあったんだ、俺と仲いい子がいやがらせされるの。だから気をつけてたのに……」
ごめんね、と謝られて俺は「そんなことない」と強く言う。
聖夜は悪くない。悪いのはいやがらせをしてきただれかなんだから、と。
「……ありがとう」
彼は俺の目を見つめて微笑む。
「でも怖いな……」という彼のつぶやきに、俺はつい自分の教室のほうを見た。
……みんな俺のことなんて空気くらいにしか思ってないはずだった。いてもいなくても変わらない存在だって。
それなのにこんなふうに標的にされるなんて。
うちのクラスは目立ったいじめはない、と思っていた。すくなくとも俺が知っている範囲では、特定のだれかがひどい扱いを受けたり陰口を言われたりとかはないはず。
俺みたいにぼっちでいるやつも放っておいてくれる。そういう寛大さがあるクラスだと思っていたのに。
――今回は聖夜が守ってくれたからよかったけど、とふと怖くなる。もしそれがなかったら……
小学生のときに孤立無援になったことを思いだした。あのときにいじめられたわけじゃないけれど、友達だと思っていたやつが『無関心』になる。仲よくなれたと思った子に悪く言われる。その恐怖は俺の胸に深く根づいていた。
――友達は。クラスメイトは。ほんとうにたすけてほしいときに、たすけてくれない……。
「だいじょうぶだよ」俺の考えを見抜いたように聖夜がささやいてくる。「夏稀のことは俺が守る。なにがあっても」
――そうだ、と俺は気づく。聖夜は今朝、俺をたすけてくれた。俺はなにも言ってないのに。
なるべく犯人に反発心を抱かせない方法で俺を守ってくれた。
聖夜のことなら信じられる――。
彼に向けて小さくうなずいた俺は。
……もうすでに。聖夜に、依存しはじめていた。

