「はい、じゃあ二人組作って」
体育の授業がはじまるなり先生はそう言う。それがある種の生徒にとって地獄の宣告であると知らずに。
俺――綿辺夏稀にとってもそれは残酷な一言であるはずだった。二人組を作れない。それは、クラスに『自分を選んでくれる相手』がいないという証明になるのだから。
俺は人付き合いが苦手なことを自覚している。だから当然、こういうときに組む相手なんていない。
いなかった。そう、高校に上がるまでは。
高校になって入ったゲーム同好会。そこで俺は同じく人付き合いが苦手なたっくんと知り合い、『二人組を作らされそうになったときは協力しよう』という協定を結んだのだ。
そしてたっくんとは去年も今年も同じクラス。もう俺にとって二人組は怖くもなんともない――はずだった。
俺は忘れていた。たっくんも人間。
風邪で学校を休む日くらいあるということに。
――ですよねー……
たっくんがいないなら体育なんて見学すればよかった。と思ったのもあとの祭りで、グラウンドに集合した俺たちに体育教師の矢崎が「はい、じゃあ二人組作って」と言う。なんの感情も込めずに。
――もっとドラマチックに言えよ……! こっちはぼっちのレッテル貼られるかどうかぎりぎりのとこでやってんだよ!
俺はクラスメイトたちの顔をさっと見回すが、顔ぶれは去年とあまり変わっていない。ということは人間関係も持ちこされているので、もうみんな気の合う相手を見つけている。
そして俺はたっくんがいることに安心してほかに友達を作ろうとしていなかった。
――あ、詰んだ。
磁石でくっつきあっているみたいに二人組がみるみるうちに作られていくのを見て俺はそう思った。このままじゃ矢崎と組まされる。『友達がいなくて先生と組まされた恥ずかしいやつ』という烙印を――
「あ、綿辺くん」
――押される、と思ったとき。
だれかが後ろから俺の肩をぽんと叩いた。
「まだ相手決まってないの? なら、俺と二人組にならない?」
振りかえる。と、そこにはまぶしいイケメンがいた。
緒川聖夜。
今年の春に転校してきた、アイドルみたいな顔とオーラと長身の男。
「え?……いいの?」
緒川は涼しげな目元を細める。
鼻筋はすっきりしていて外国人みたいに高く、形のいい唇はいつもやさしく微笑んでいるみたいだ。地毛らしい焦げ茶色の髪は見ただけでさらさらなのがわかる。長い指を持つ手はいつも洗い立てみたいで、女子がよく言う清潔感、という言葉の意味を俺は緒川を見て理解した。
手足はすらりと長くてスタイルがいい。緒川が着ていると空色の芋ジャージがブランドものに見える。こんな田舎の高校にいるのが不思議なくらいの『アイドル』。
うちの学校にすげーイケメンがきた、ということで男子も女子もみんな盛りあがった。休み時間にはちがう学年の生徒まで教室に見にきたし、先生たちもあきらかに緒川だけ特別扱いしていた。女性の先生どころか、男の先生まで。
でもそうしたくなる気持ちもわかる。緒川は文武両道で成績もトップクラス。いまどき漫画でもいないような完璧超人だ。
俺だって自分が先生だったら緒川をひいきしてしまうにちがいない。
さらに恐ろしいことに性格もいいのであっという間にみんなと仲良くなった。二人組であまるようなやつじゃ絶対ないんだけど……。
首をかしげてから気づく。
……あ、そっか。俺がひとりになるのを心配して声をかけてきてくれたのか。
イケメンって心までイケメンなんだな……。
「よろしく、綿辺くん」
緒川は俺の目を見てにっこり笑う。
その笑顔が自分だけに向けられていることにどきどきして、女子が体育館のほうにいてよかった、と俺はひそかに感謝したのだった。
「緒川って部活もう入った?」
「ううん、まだ。ここ、クラブ活動も合わせたらかなり多いだろ? 前の学校になかった部活もあってなかなか決められないんだよね。綿辺くん……夏稀って呼んでいい?」
「あ、うん」
「夏稀はどこの部活に入ってるの?」
柔軟体操をしながら俺たちは他愛ない会話をする。
雑談は苦手だけど不思議と緒川相手だとすらすら言葉がでてきた。「ゲーム同好会」と答えると「ゲーム?」と地面に足を開いて座った俺の背を押しながら緒川が尋ねてくる。
「eスポーツってわかる? ゲームの大会なんだけど。あれを目指したり……あと、自分がプレイして面白かったゲームの紹介記事書いたり……」
「俺、FPSならよくやるよ」
「え、マジで? 『アイアン&ドロー』は?」
「やってる」
「マジで!? 俺も、え、ちょ、対戦とかできる!?」
いま一番熱いオンラインゲームを緒川がプレイしていると知ってテンションが上がる俺を矢崎が「静かに!」と注意してくる。
すみません、と謝ってから俺は緒川の顔を見上げた。
「緒川がそういうゲームやってるの意外かも」
「そうかな。よかったらあとでライン交換しない?」
「え、あ、もちろん!」
驚きながら返事をする俺に、太陽の光を浴びながら緒川はにこっと笑う。さわやかさと甘さが絶妙に入り混じった笑みで。
――うわ、俺が女子だったら絶対落ちてた……
見とれたくなるのをなんとか堪えて前を向く。同じ男にライン交換しようと言われる。それでこんなに嬉しくなるなんて。
こんな顔面で生きるってどんな人生なんだろ。やっぱもてもてなんだろうな。……彼女、前の学校にいるのかな? ってことは遠距離?
柔軟体操を終えて、体育の授業のルーティンとなっている筋トレと走りこみをおこなう。その頃には作られた二人組はなんとなく自然解散していて、ほかのやつらに話しかけられて緒川との距離がどんどん離れていくのを俺はさびしく感じた。
……いや、これが当然なんだ。
急いで走っているようには見えないのに緒川のペースははやい。みるみるうちに彼の背中が離れていく。
そして彼の横にいるのは、いわゆるカースト上位のクラスメイトたちで――だよな、と俺はそのずっと後ろをひとりで走りながら思った。
緒川はああいうやつらと一緒にいるのが自然なんだ。俺みたいな人付き合いが苦手なぼっちとつるむ理由がない。さっきのだって俺がぽつんとしてたから可哀想に思って話しかけてくれただけ。ラインだって社交辞令だろう。
勘違いしちゃダメだ、と俺は自分に言い聞かせる。
今日の体育はサッカーだった。
俺は司令塔の伊藤――サッカー部のキャプテンで、さっき緒川と一緒に走りこんでいたちょっとチャラめのやつ――に「綿辺のポジションはそこな」とコートの外をあごでしゃくられた。見学してろということだ。
「おまえ下手すぎて邪魔だからさ。せいぜい心込めて応援してて。頼むわ」
「……わかってるよ」
せめてなにか言いかえせればいいのに、口の中でもごもごとつぶやくことしかできないのがつらい。
もっとも伊藤の言葉は事実だけど。俺がいたら戦力どころか邪魔しかできないんだけど。
ゲームの中でならいくらでも動けるんだけどな……。
「聖夜はどこやる? フォワード?」
「ん……、そうだな」
伊藤も緒川には一目置いているらしい。「好きなポジションやっていいよ」と俺とはぜんぜんちがう態度で言われて、「じゃあ――」と緒川は考えこんだあとで答える。
なんでか伊藤じゃなくて隅っこにいた俺の目を見つめて。
「フォワードやろうかな。そしたら、夏稀にたくさん応援してもらえるよね?」
……ん? とその場にいた全員が思ったはずだ。なんで俺?
「え? え、っと……」
? という視線がたくさん俺に向けられる。俺だってそうだ。緒川がなんでそんなことを言うのかわからない。
フォワードをやったら俺にたくさん応援してもらえる?
……そりゃ、緒川のことなら応援するけど。それでフォワードやりたがるって――なんで?
「おぉ、そうだそうだ」
離れたところでミーティングを見守っていた矢崎がずかずか俺の横に来る。そしてばしっと背中を叩いてきた。俺はよろける。
「応援だって立派な仕事だからな。ちゃんと声出せよ、綿辺!」
「は、はい……」
「よし、じゃあ緒川はフォワードで決まりとして――」
待っているのが面倒になったのだろう、矢崎は伊藤のところへいって「ほかはどうだ」と問いかける。伊藤は運動な得意なやつから順当に振りわけていって、それに除外された俺たち応援団が見守る中試合がはじまった。
緒川は驚くほどサッカーが上手かった。
ドリブルが上手い。相手の逆をつくのが上手い。難なく敵陣をすりぬけていって、
開始、一分。
見事なハットトリックを決めていた。
「おー……」
コートの外で見ていた俺の口から言葉にならない声が漏れる。初めて見た、ハットトリックなんて。
シュートを決めた緒川の周りに敵味方関係なくクラスメイトたちが集まっていく。「なんだよいまの!」「緒川、サッカーやってたの?」「サッカー部入れよ!」と興奮したように口々に言われて、緒川は――
――緒川は、みんなのことを完全に無視して俺を見ると。
にこ、と笑って手を振ってきたのだった。
「え、あ、はい……?」
反射的に手を振りかえす俺。
それを確認すると緒川は「いや、偶然だよ」とみんなに向けて謙遜しはじめる。彼が手を振ってきたのは俺の見間違いかと思うくらい、自然に。
「いま、緒川くん綿辺くんに手振ってきたよね……?」
「……う、うん……たぶん……?」
隣で試合を見ていた田村がこそっと言ってくる。それで見間違いじゃないことはわかったけれど。
「なんか緒川くんって綿辺くんのこと気に入ってる? なんで?」
「……そんなことないだろ」
「え、でも」
「緒川はみんなにやさしいんだって」
そうだ。これはきっと、サッカー(というか運動全般)が苦手でクラスの輪に入れない俺を気にかけてやってくれているだけだ。俺のことを気に入ってるなんてそんなはず。
そのあとも緒川は見事なチームプレイで得点を決めた。
緒川ってほんとにすごいんだな、と俺はあらためて感動した。
シュートを決めるたびに俺のほうを見て手を振ってくれるのは、なんというか、こそばゆかったけど。
