あの日の音が消えるまで

文化祭が終わったあと。

 体育館の中は、少しずつ静かになっていた。

 さっきまでたくさんの人でいっぱいだった客席は、もうほとんど空いている。

 私は音響スペースで、機材を片付けていた。

 マイクのコードをまとめる。

 ミキサーの電源を落とす。

 全部終わったとき、体育館のライトが少し暗くなった。

 窓の外は、夕方の色になっている。

 

 「終わったな」

 

 蒼真の声。

 

 私はうなずいた。

 「うん」

 

 なんだか少しだけ、寂しい気持ちになる。

 

 体育館を出ると、校庭にはまだ文化祭の飾りが残っていた。

 風が吹いて、旗がゆれている。

 

 私は空を見上げた。

 

 そのとき。

 

 突然、頭の奥で何かがはっきりした。

 

 夜の空。

 

 花火。

 

 ドン!!

 

 大きな音。

 

 人が一斉に動く。

 

 「逃げろ!」

 

 誰かの声。

 

 押される。

 転びそうになる。

 

 怖い。

 

 そのとき。

 

 誰かの手が、私の腕をつかんだ。

 

 「こっち!」

 

 男の人の声。

 

 私は引っ張られる。

 

 人混みの外へ。

 

 そして。

 

 遠くで、人が倒れる音。

 

 叫び声。

 

 

 私ははっとして目を開けた。

 

 思い出した。

 

 全部じゃないけど。

 

 でも大事なところは。

 

 私は小さく言った。

 

 「思い出した」

 

 蒼真がこちらを見る。

 

 「お祭り」

 

 私はゆっくり話す。

 

 「知らない人が助けてくれた」

 

 蒼真は静かに聞いていた。

 

 私は続ける。

 

 「人混みの外に引っ張ってくれて」

 

 「それで助かった」

 

 蒼真は少しうなずいた。

 

 私は空を見る。

 

 夕焼けが広がっている。

 

 私は小さく言った。

 

 「怖かった」

 

 「ずっと」

 

 蒼真は何も言わない。

 でも隣にいる。

 

 私は続けた。

 

 「でも今日」

 

 「少しだけ怖くなくなった」

 

 体育館の音。

 人の多さ。

 

 全部、今日経験した。

 

 それでも私は大丈夫だった。

 

 蒼真が言った。

 

 「よかったな」

 

 私は笑った。

 

 「蒼真がいたから」

 

 蒼真は少し驚いた顔をする。

 

 私は少し照れながら言った。

 

 「本当だよ」

 

 「蒼真がいなかったら、文化祭もできなかった」

 

 少し沈黙。

 

 風が吹く。

 

 そのとき、蒼真が言った。

 

 「妹」

 

 私は顔を上げる。

 

 蒼真は空を見ながら言う。

 

 「たぶん」

 

 「今日の文化祭、喜んでると思う」

 

 私は少し笑った。

 

 「絶対喜んでるよ」

 

 蒼真は少しだけ笑った。

 

 

 帰り道。

 

 空はもうオレンジ色だった。

 

 私は歩きながら思う。

 

 怖い記憶は、きっとこれからも消えない。

 

 でも。

 

 それだけじゃない。

 

 今日みたいに。

 

 前に進める日もある。

 

 私は少しだけ勇気を出して言った。

 

 「蒼真」

 

 「ん?」

 

 「これからも、たまに一緒に帰っていい?」

 

 蒼真は少し考えてから言った。

 

 「いいよ」

 

 私は笑った。

 

 夕焼けの道を、二人で歩く。

 

 怖い過去は消えない。

 

 でも。

 

 それでも、人は前に進める。

 

 少しずつ。

 

 ゆっくりでも。

 

 隣に誰かがいるなら。

 

 

 ――終わり。