あの日の音が消えるまで

ついに、文化祭当日。

 朝、学校に着くと、校門には大きな看板が立っていた。

 「文化祭へようこそ!」

 校内には、すでにたくさんの人が来ている。
 保護者や中学生、地域の人たち。

 廊下はにぎやかな声であふれていた。

 私はその様子を見て、少しだけ緊張する。

 人が多い。

 でも今日は逃げられない。

 音響係として、体育館にいなきゃいけない。

 

 「小春!」

 

 奈緒が駆け寄ってきた。

 「今日がんばってね!」

 

 私は少し笑う。

 「うん」

 

 奈緒はにこっと笑って言った。

 「終わったら屋台行こう!」

 

 私はうなずく。

 「約束」

 

 

 体育館へ向かうと、もうたくさんの人が並んでいた。

 開場を待っているらしい。

 胸がドキドキする。

 

 体育館の中に入ると、ステージの準備はもう終わっていた。

 ライト。
 マイク。
 スピーカー。

 

 そして音響スペース。

 

 蒼真が先に来ていた。

 私を見ると、小さくうなずく。

 

 「おはよう」

 

 「おはよう」

 

 蒼真が聞いた。

 「大丈夫そう?」

 

 私は少し深呼吸する。

 「……うん」

 

 本当は少し怖い。

 でも今日は逃げたくなかった。

 

 開場時間。

 

 体育館のドアが開く。

 

 一気に人が入ってくる。

 

 ざわざわした声。

 足音。

 

 あっという間に席が埋まっていく。

 

 私はその光景を見て、少しだけ息をのんだ。

 

 ――人が多い。

 

 胸が少しざわつく。

 

 でも。

 

 蒼真が隣にいる。

 

 

 「文化祭ステージ、スタートです!」

 

 司会の声が響いた。

 

 最初はダンス。

 

 音楽が流れる。

 

 ドン、ドン、ドン。

 

 低いリズム。

 

 私はミキサーを見ながら音量を調整する。

 

 大丈夫。

 

 次はバンド。

 

 ドラムの音が響く。

 

 ドン!!

 

 その瞬間。

 

 頭の奥で、記憶が揺れた。

 

 夜の祭り。

 

 花火。

 

 ドン!!

 

 人の叫び声。

 

 「逃げろ!」

 

 押される。

 体がぶつかる。

 

 怖い。

 

 息が苦しい。

 

 私は机を強く握った。

 

 そのとき。

 

 蒼真の声が聞こえた。

 

 「一ノ瀬」

 

 私は顔を上げる。

 

 蒼真が静かに言う。

 

 「ここは祭りじゃない」

 

 私は息を止める。

 

 蒼真は続けた。

 

 「ここは体育館」

 

 「安全」

 

 落ち着いた声だった。

 

 私は深呼吸する。

 

 吸って。

 吐いて。

 

 目の前を見る。

 

 ステージでは、みんなが楽しそうに演奏している。

 

 誰も逃げていない。

 

 誰も叫んでいない。

 

 ここは、あの日じゃない。

 

 私はもう一度深呼吸する。

 

 そして。

 

 ミキサーのつまみをゆっくり回した。

 

 音量を調整する。

 

 蒼真が小さく言った。

 

 「できてる」

 

 私は少しだけ笑った。

 

 

 ステージはそのまま進んでいく。

 

 ダンス。

 劇。

 バンド。

 

 体育館は拍手と笑い声でいっぱいだった。

 

 気づけば、最後のステージ。

 

 司会が言う。

 

 「これで今年の文化祭ステージを終了します!」

 

 体育館に大きな拍手が響く。

 

 私はその音を聞きながら思った。

 

 怖い記憶は消えない。

 

 でも。

 

 今日。

 

 私は逃げなかった。

 

 あの音の中で。

 

 あの人混みの中で。

 

 ちゃんとここに立っていた。

 

 

 蒼真が隣で言った。

 

 「終わったな」

 

 私は笑った。

 

 「うん」

 

 そのとき、胸の奥で思った。

 

 私はもう。

 

 少しだけ。

 

 前に進めている。

 

 蒼真のおかげで。