あの日の音が消えるまで

文化祭まで、あと一週間。

 学校の中は、いつもよりにぎやかだった。

 廊下にはポスターが貼られ、教室では飾り付けの準備が進んでいる。
 どこからか笑い声が聞こえてくる。

 みんな楽しそうだった。

 でも私は、少しだけ落ち着かない気持ちでいた。

 机に座りながら、ノートの端を指でなぞる。

 

 ――花火大会の事故。

 

 蒼真から聞いた言葉が、頭の中で何度も浮かんでいた。

 三年前。

 人が将棋倒しになった事故。

 ニュースになったと言っていた。

 でも私は、そこまで覚えていない。

 覚えているのは。

 

 夜の祭り。

 たくさんの人。

 花火の音。

 

 そして。

 

 誰かが私の手を引いたこと。

 

 そこから先は、まだ思い出せない。

 

 「小春ー?」

 

 奈緒の声で、私ははっとした。

 

 「どうしたの?ぼーっとしてる」

 

 私は慌てて言う。

 「なんでもないよ」

 

 奈緒はじっと私を見る。

 

 「文化祭楽しみじゃない?」

 

 私は少し笑う。

 「うん」

 

 本当は少し怖い。

 でも今は、それだけじゃない。

 

 放課後。

 私は蒼真と体育館へ向かった。

 文化祭の最終リハーサルの日だった。

 

 体育館の中には、もうたくさんの人がいる。

 ダンスの練習をしているクラス。
 バンドの音合わせ。
 舞台の準備。

 

 音が重なって、体育館はとてもにぎやかだった。

 

 胸が少しドキドキする。

 

 でも、蒼真が隣にいる。

 

 蒼真が言った。

 「大丈夫そう?」

 

 私は深呼吸する。

 「うん」

 

 完全に平気じゃない。

 でも逃げたくなかった。

 

 音響スペースへ行くと、先輩が手を振った。

 

 「神崎!一ノ瀬!準備頼む!」

 

 蒼真がミキサーを確認する。

 私はマイクのコードを整えた。

 

 体育館のライトがつく。

 ステージが明るくなる。

 

 「リハーサル始めるぞー!」

 

 先生の声が響いた。

 

 最初はダンス。

 音楽が流れる。

 

 ドン、ドン、ドン。

 

 低いリズム。

 

 胸が少しだけ揺れる。

 でも私はつまみを見ながら音量を調整した。

 

 大丈夫。

 

 次はバンドのリハーサル。

 

 ギターの音。

 ドラム。

 

 ドン!!

 

 一瞬、体がびくっとした。

 

 でも。

 

 私は逃げなかった。

 

 蒼真が横で小さく言う。

 

 「できてる」

 

 私は少しだけ笑った。

 

 そのとき。

 

 突然、頭の奥で映像が浮かぶ。

 

 夜の空。

 

 花火。

 

 ドン!!

 

 人の叫び声。

 

 押される感覚。

 

 私は思わず机を握った。

 

 でも今回は、倒れなかった。

 

 深呼吸する。

 

 吸って。

 吐いて。

 

 音はまだ鳴っている。

 

 でも私は、そこに立っている。

 

 蒼真が静かにこちらを見る。

 

 私は小さくうなずいた。

 

 その瞬間、胸の奥で思った。

 

 私。

 

 少しだけ、前に進めてる。

 

 怖い記憶は消えない。

 

 でも。

 

 それに負けない時間も、少しずつ増えている。

 

 文化祭は、もうすぐ。

 

 そしてその日。

 

 私はきっと——

 

 あの日の記憶と、向き合うことになる。