あの日の音が消えるまで

 体育館の外で少し休んだあと、私はもう一度中へ戻った。

 蒼真が隣にいる。

 それだけで、さっきより少しだけ落ち着いていた。

 体育館のドアを開けると、先輩たちが機材を動かしている音が聞こえる。

 大きな音ではない。

 でも私は少しだけ肩に力を入れた。

 蒼真が小さく言う。

 「ゆっくりでいい」

 私はうなずいた。

 

 ステージの横にある音響スペースへ行く。

 机の上にはミキサーが置かれていた。

 つまみがたくさん並んでいる。

 先輩が説明してくれた。

 「このつまみで音量調整な」

 「マイクはここ」

 私は真剣に聞く。

 蒼真も隣で見ていた。

 

 そのあと、また音のテストが始まる。

 私は少しだけ息を止めた。

 

 「マイクチェック」

 

 スピーカーから声が響く。

 

 ドキン。

 

 胸が少し跳ねる。

 でもさっきみたいに体は固まらない。

 

 私は蒼真を見る。

 

 蒼真は静かにうなずいた。

 

 それだけで、少し安心する。

 

 音のテストが終わるころには、夕方になっていた。

 体育館の窓からオレンジ色の光が入っている。

 先輩が言う。

 「今日はここまで」

 みんなが片付けを始めた。

 

 体育館を出ると、空がきれいだった。

 私は思わず言った。

 「きれい」

 蒼真も空を見る。

 「夕焼け」

 

 少しの沈黙。

 でも嫌な沈黙じゃない。

 

 私はふと聞いた。

 「蒼真って」

 「なんで文化祭係やったの?」

 

 蒼真は少し考える。

 

 「別に」

 

 いつもの短い答え。

 でも少ししてから言った。

 

 「妹」

 

 私は顔を上げる。

 

 蒼真は空を見ながら続ける。

 

 「文化祭、好きだった」

 

 胸が少しきゅっとする。

 

 「人多いの苦手だったけど」

 「学校のイベントは楽しそうにしてた」

 

 蒼真は少しだけ笑う。

 

 「だから」

 「ちゃんと成功させたい」

 

 私は何も言えなかった。

 その理由が、すごくまっすぐだったから。

 

 しばらくして、私は小さく言った。

 

 「きっと」

 

 蒼真がこちらを見る。

 

 私は少し照れながら言った。

 

 「妹さん、喜ぶと思う」

 

 蒼真は少し驚いた顔をした。

 そして、ほんの少しだけ笑った。

 

 その笑顔を見た瞬間。

 

 胸がドキッとした。

 

 自分でもびっくりする。

 

 今まで、蒼真のことは「優しい人」だと思っていた。

 安心できる人。

 

 でも今。

 

 それだけじゃない気がした。

 

 私は急に視線をそらす。

 

 どうしてドキドキしてるんだろう。

 

 蒼真が聞いた。

 「どうした?」

 

 「なんでもない!」

 

 私は少し慌てて言った。

 

 蒼真は少し不思議そうだった。

 

 帰り道。

 

 今日は並んで歩く距離が、昨日より近い気がした。

 

 風が少しだけ吹く。

 桜の花びらが舞っている。

 

 私は思う。

 

 文化祭まであと少し。

 

 怖いことも、きっとまだある。

 

 でも——

 

 隣に蒼真がいるなら。

 

 少しだけ頑張れる気がした。

 

 そのとき私はまだ知らなかった。

 

 文化祭の日に起こる出来事が、
 私の止まっていた時間を動かすことになることを。