陽が昇り、ド田舎食堂の窓から昼の光が差し込んでいた。
前夜からの「しめ祭り」で爆睡していた客たちも目を覚まし、帰り支度を整えている。
店舗の表に並ぶ数台の馬車。教会の連中だ。
その脇で、聖女ロメリーが大司教と対峙していた。
「ワタクシは……もう、教会には戻りません!」
彼女は胸を張り、堂々と言い放った。
社畜教育によって、使い勝手の良いワーカーホリックに仕立て上げれていた聖女ロメリーが、こんなにもはっきりと言うなんてな。
どうやら、自分の意思で「人を救い、自分も楽しむ」と決意したらしい。仮に聖女という肩書を失ったとしても。
良く言った―――大したもんだ。
少なくとも前世の俺は、社畜状況を抜け出すことは出来なかった。だからロメリーの決意を応援したい。
だが、大司教は首を縦に振るのをしぶっている様子だ。
俺はゆっくりと大司教の前にいく。
「さてじいさまたち。うちの食堂はどうだった?」
白い歯を出してわざとらしくニヤッと笑うと、大司教はむぅうと顔を歪める。
「……なかなかの味じゃった」
「なかなか?」
細くて白い眉がぴくりと跳ねた。
「きぃいい! うまかった! めっちゃうまかったわい!!」
よしよし。
うまい飯の前では、誰もが素直になるもんだ。
「そりゃ良かった。で―――話の続きだ。聖女は答えを出したようだぜ」
ちらりとロメリーを見ると、彼女は真っすぐこちらを見て小さく、だがしっかりと頷いた。
ロメリーは今後、自身で仕事を選ぶ。出来ないものはできないと言うってことだ。
なにも仕事放棄するわけじゃない。なによりロメリーの性格から都合よくサボるとは思えんし、それは教会の奴らが一番良く知っているはず。
「うむぅぅ……」
大司教ダロスは腕を組んで唸った。
その後ろで取り巻きの神官たちがぼそぼそ話している。
「大司教さま、女神さまに寵愛された者に逆らうのはちょっと……」
「わかっておる!」
「それに店主と不仲になれば、ここの料理を食べられなく……」
「ええっ、それはまずい! まずいですぞ、ドロス大司教!」
「たしかに、それだけは回避しなければ! 大司教!」
「わかっておると言っとるだろうが!」
大司教が振り返り、ロメリーと視線を合わせた。
「聖女ロメリーよ、そなたの好きにするがいい。……が、手紙にはちゃんと目を通すように! 今後は他の聖女を含めお勤めの配分を再検討する」
その言葉を聞いたロメリーは、少しの間のあと……
「やた~~~!」
満面の笑みを浮かべて、ぴょんと跳ねた。
良かったな。まあ社畜経験も無駄にはならんし、聖女として活躍できるならそれに越したことはないだろう。
大司教が法衣を正して俺に深々と頭を下げる。
「シゲル殿、数々のご無礼をお許しくだされ。そしてロメリーをよろしくお願いする」
「ああ、任せておけ。と言っても、彼女は自分の意思でやりたいことをやるだけだがな」
まあ彼女とはパーティーを組んでいるわけだし、今回の件をたきつけた手前、最低限の面倒ぐらいは見る気だったからな。
そこへ、大司教が腰をかがめて耳打ちしてきた。
「……ところで、この店の定休日はいつですかな?」
「大司教さま! 抜け駆けして来店する気ですな! 許されませんぞ!」
「「「そうだそうだ!」」」
よしよし、こいつら確実に俺の飯中毒になっているじゃないか。
これは、再来店の際も厚くもてなしてやらんとな。
ちなみにお土産にドラゴンのスモークジャーキーを渡してやると、なぜか大司教が大泣きした。
そして「ここはもしやドイーナだったのでは!?」「ドイーナ!」「ドイーナ!」と意味不明なコールをはじめたので、「はよ帰れ」と一喝しておいた。
ふぅ……最後まで騒がしい連中だったな。
ようやく静けさが戻った―――と思ったら。
「んじゃ、私たちも帰るねシゲル君。ご馳走様~~ふぅ~満足まんぞく~」
「シゲちゃん、とっても美味しかったわ」
女神グラティアとアスタが、手を振る。
おっと、そうだった。女神さまたちもいたんだった。
ま、満ち足りた笑顔を見せてくれたのだから、俺も大満足だよ。
「ああ、気をつけてな」
2人は神棚に戻る準備をしていたが、女神アスタがなにかを思いだたようにポンと手を打つ。
「そうだシゲちゃん。神棚のお供えは今後、2つずつにするように」
「ああぁ~~アスタ! どさくさに紛れて何言ってんのよ~! シゲル君は私のなの!」
帰る直前に揉め始める女神たち。
いや、揉める必要ないだろ。
どっちも同じくらい俺の飯のファンなんだから。
「ああ、わかった。ちゃんと2つ用意するさ」
「やった!」
女神アスタが華麗に一回転して喜びを惜しみなく表現する。
期待してくれるならいくらでも作るさ。料理人冥利に尽きるってもんだ。
すると―――
「いや……3つ用意するのである!」
邪神がぐいっと前に出てきた。
「はぁぁあ!? 何言ってんのよあんた!」
「そうよ、図々しいのよ!」
女神二人が同時につっこんだ。そうか、おまえも俺の飯を気に入ってくれたか。
ならやることはひとつだな。
「まあいいじゃないか。今後は3つ用意してやるよ」
「やた~~! 我の分~~!」
邪神が満面の笑みで跳ねる。
コレットが「よかったですね、じゃしんさん」と声をかけ、邪神はさらに嬉しそうにしていた。
グフフ……よしよし、俺飯中毒者がまた増えたぞ。
「ふぅ……たく。私のシゲル君なのに……」
「そうむくれないの、グラティア。さあ帰るわよ」
「ちょっと黒いの! あんたも帰るわよ!」
「え? 我はもうちょっとここで昼ご飯を……いててっ!」
邪神はグラティアに耳をつままれ、引きずられながら神棚へ帰っていく。
こうして女神たちも帰って行った。
店内には、ようやく小さな風が通り抜ける。
「ふぅ~~。ようやく日常の風景か」
「ふぁ~~また閑古鳥のお店に逆戻りですぅ~」
テーブルを拭きながら、コレットが呆れ声を上げる。
「たしかに……いつも通りちゃあいつも通りだが……」
なんだろうか、客がいないってこんな感じになるのか。
今まではあまり気にしてなかったが。
昨日から今日にかけての客入りはド田舎食堂史上、前代未聞だろう。なんせ満席だからな。
しこたま料理を振る舞って、俺自身も楽しかった。
そんな俺に2つの影が近づく。
「なに言ってるのよシゲル。お客さんならここにいるわよ」
「そうですよ、シゲルさん。2人もいるのに贅沢ですよ?」
声の主は、レイナとロメリーだった。
いつものカウンター席に並んで座り、こちらを見て微笑む2人。
「あたし、かつ丼ね!」
「ワタクシはプリンがいいです!」
―――そうか。
俺には、もう立派な常連がいるじゃねぇか。
「よっしゃ! 作るか。コレット、お冷だ!」
「はぁ~い、店長!」
店は再びいつもの空気に戻った。
少ない客数だが、最高の客たちだ。
こいつらの胃袋を死ぬ程満足させてやる。
美味い料理を食わせるために。
そして誰かを笑顔にするために。
転生して良かったよ。最高じゃねぇか。
――――――――――――――――――
これにて第一部完でございます。
お読みいただき、ありがとうございました。
前夜からの「しめ祭り」で爆睡していた客たちも目を覚まし、帰り支度を整えている。
店舗の表に並ぶ数台の馬車。教会の連中だ。
その脇で、聖女ロメリーが大司教と対峙していた。
「ワタクシは……もう、教会には戻りません!」
彼女は胸を張り、堂々と言い放った。
社畜教育によって、使い勝手の良いワーカーホリックに仕立て上げれていた聖女ロメリーが、こんなにもはっきりと言うなんてな。
どうやら、自分の意思で「人を救い、自分も楽しむ」と決意したらしい。仮に聖女という肩書を失ったとしても。
良く言った―――大したもんだ。
少なくとも前世の俺は、社畜状況を抜け出すことは出来なかった。だからロメリーの決意を応援したい。
だが、大司教は首を縦に振るのをしぶっている様子だ。
俺はゆっくりと大司教の前にいく。
「さてじいさまたち。うちの食堂はどうだった?」
白い歯を出してわざとらしくニヤッと笑うと、大司教はむぅうと顔を歪める。
「……なかなかの味じゃった」
「なかなか?」
細くて白い眉がぴくりと跳ねた。
「きぃいい! うまかった! めっちゃうまかったわい!!」
よしよし。
うまい飯の前では、誰もが素直になるもんだ。
「そりゃ良かった。で―――話の続きだ。聖女は答えを出したようだぜ」
ちらりとロメリーを見ると、彼女は真っすぐこちらを見て小さく、だがしっかりと頷いた。
ロメリーは今後、自身で仕事を選ぶ。出来ないものはできないと言うってことだ。
なにも仕事放棄するわけじゃない。なによりロメリーの性格から都合よくサボるとは思えんし、それは教会の奴らが一番良く知っているはず。
「うむぅぅ……」
大司教ダロスは腕を組んで唸った。
その後ろで取り巻きの神官たちがぼそぼそ話している。
「大司教さま、女神さまに寵愛された者に逆らうのはちょっと……」
「わかっておる!」
「それに店主と不仲になれば、ここの料理を食べられなく……」
「ええっ、それはまずい! まずいですぞ、ドロス大司教!」
「たしかに、それだけは回避しなければ! 大司教!」
「わかっておると言っとるだろうが!」
大司教が振り返り、ロメリーと視線を合わせた。
「聖女ロメリーよ、そなたの好きにするがいい。……が、手紙にはちゃんと目を通すように! 今後は他の聖女を含めお勤めの配分を再検討する」
その言葉を聞いたロメリーは、少しの間のあと……
「やた~~~!」
満面の笑みを浮かべて、ぴょんと跳ねた。
良かったな。まあ社畜経験も無駄にはならんし、聖女として活躍できるならそれに越したことはないだろう。
大司教が法衣を正して俺に深々と頭を下げる。
「シゲル殿、数々のご無礼をお許しくだされ。そしてロメリーをよろしくお願いする」
「ああ、任せておけ。と言っても、彼女は自分の意思でやりたいことをやるだけだがな」
まあ彼女とはパーティーを組んでいるわけだし、今回の件をたきつけた手前、最低限の面倒ぐらいは見る気だったからな。
そこへ、大司教が腰をかがめて耳打ちしてきた。
「……ところで、この店の定休日はいつですかな?」
「大司教さま! 抜け駆けして来店する気ですな! 許されませんぞ!」
「「「そうだそうだ!」」」
よしよし、こいつら確実に俺の飯中毒になっているじゃないか。
これは、再来店の際も厚くもてなしてやらんとな。
ちなみにお土産にドラゴンのスモークジャーキーを渡してやると、なぜか大司教が大泣きした。
そして「ここはもしやドイーナだったのでは!?」「ドイーナ!」「ドイーナ!」と意味不明なコールをはじめたので、「はよ帰れ」と一喝しておいた。
ふぅ……最後まで騒がしい連中だったな。
ようやく静けさが戻った―――と思ったら。
「んじゃ、私たちも帰るねシゲル君。ご馳走様~~ふぅ~満足まんぞく~」
「シゲちゃん、とっても美味しかったわ」
女神グラティアとアスタが、手を振る。
おっと、そうだった。女神さまたちもいたんだった。
ま、満ち足りた笑顔を見せてくれたのだから、俺も大満足だよ。
「ああ、気をつけてな」
2人は神棚に戻る準備をしていたが、女神アスタがなにかを思いだたようにポンと手を打つ。
「そうだシゲちゃん。神棚のお供えは今後、2つずつにするように」
「ああぁ~~アスタ! どさくさに紛れて何言ってんのよ~! シゲル君は私のなの!」
帰る直前に揉め始める女神たち。
いや、揉める必要ないだろ。
どっちも同じくらい俺の飯のファンなんだから。
「ああ、わかった。ちゃんと2つ用意するさ」
「やった!」
女神アスタが華麗に一回転して喜びを惜しみなく表現する。
期待してくれるならいくらでも作るさ。料理人冥利に尽きるってもんだ。
すると―――
「いや……3つ用意するのである!」
邪神がぐいっと前に出てきた。
「はぁぁあ!? 何言ってんのよあんた!」
「そうよ、図々しいのよ!」
女神二人が同時につっこんだ。そうか、おまえも俺の飯を気に入ってくれたか。
ならやることはひとつだな。
「まあいいじゃないか。今後は3つ用意してやるよ」
「やた~~! 我の分~~!」
邪神が満面の笑みで跳ねる。
コレットが「よかったですね、じゃしんさん」と声をかけ、邪神はさらに嬉しそうにしていた。
グフフ……よしよし、俺飯中毒者がまた増えたぞ。
「ふぅ……たく。私のシゲル君なのに……」
「そうむくれないの、グラティア。さあ帰るわよ」
「ちょっと黒いの! あんたも帰るわよ!」
「え? 我はもうちょっとここで昼ご飯を……いててっ!」
邪神はグラティアに耳をつままれ、引きずられながら神棚へ帰っていく。
こうして女神たちも帰って行った。
店内には、ようやく小さな風が通り抜ける。
「ふぅ~~。ようやく日常の風景か」
「ふぁ~~また閑古鳥のお店に逆戻りですぅ~」
テーブルを拭きながら、コレットが呆れ声を上げる。
「たしかに……いつも通りちゃあいつも通りだが……」
なんだろうか、客がいないってこんな感じになるのか。
今まではあまり気にしてなかったが。
昨日から今日にかけての客入りはド田舎食堂史上、前代未聞だろう。なんせ満席だからな。
しこたま料理を振る舞って、俺自身も楽しかった。
そんな俺に2つの影が近づく。
「なに言ってるのよシゲル。お客さんならここにいるわよ」
「そうですよ、シゲルさん。2人もいるのに贅沢ですよ?」
声の主は、レイナとロメリーだった。
いつものカウンター席に並んで座り、こちらを見て微笑む2人。
「あたし、かつ丼ね!」
「ワタクシはプリンがいいです!」
―――そうか。
俺には、もう立派な常連がいるじゃねぇか。
「よっしゃ! 作るか。コレット、お冷だ!」
「はぁ~い、店長!」
店は再びいつもの空気に戻った。
少ない客数だが、最高の客たちだ。
こいつらの胃袋を死ぬ程満足させてやる。
美味い料理を食わせるために。
そして誰かを笑顔にするために。
転生して良かったよ。最高じゃねぇか。
――――――――――――――――――
これにて第一部完でございます。
お読みいただき、ありがとうございました。

