料理バカおっさんの転生ド田舎食堂物語。前世で散々こき使われたので、今度こそ好きなことしかしないと夢中で飯を作っていたら、S級美人冒険者や聖女が常連になっていた~なお、知らぬ間に包丁一振りで世界最強~

 「さて、しめのおじやだな」

 「「「「「「ごくり……」」」」」」

 鍋を囲んでいた全員が、俺の手元に視線を集中させて喉を鳴らした。
 木べらで鍋底を軽くかき回し、出汁の香りを立ち上らせる。
 カニの甘味と海の香りが染みこんだカニ鍋のつゆ。

 俺は炊き立てのご飯を軽くほぐし、旨味の染み込んだ鍋の上にゆっくりとかぶせる。

 「ひゃぁ……」
 「おこめぇ~~」

 よしよし。今回、米は初登場だからな。
 鍋の序盤で白米を用意しても良かったんだが、やはりこいつはしめの主役だろう。

 鍋のつゆを吸った米が、ひと粒ひと粒鮮やかな色に染まっていく。
 つゆを吸いきる前に焦げないよう、ゆっくりと木べらで底から混ぜ上げる。
 ご飯がなじんできたところで……

 ―――追い出汁。

 昆布と鶏の合わせ出汁を少量、鍋の縁から回し入れる。
 ご飯と出汁が混ざったことで、湯気が僅かに甘さを帯びた。

 「ふわぁ……(じゅるり)」
 「す、すご……香りだけでご飯いける……(じゅるり)」

 さて、仕上げだな。

 俺は溶き卵を器からすーっと鍋に流し入れた。

 とろ……とろり……

 卵がつゆをまといながら広がり、すぐにふんわりと固まり始める。

 「ひぃ……美しい……」
 「殺しにきてるわねこれは……」

 俺は火を弱めて、最後に刻んだ小ねぎをぱらり。
 緑が散って、色彩にアクセントを落としておじやは完成した。

 「うし、できたぞ」

 俺の言葉とともに、無言でおじやをよそいレンゲを手にもつ面々。

 ぱくっ。
 とろり。
 ぷしゅぅ……。

 「あっ……はふっ……おいひぃ!!」
 「あぁ……優しい……私の胃袋を抱きしめてくれる……」

 女神たちが天にも昇りそうな顔で幸せのため息をつく。いや天から来たんだったか。

 「ほぁ……体に染みわたる……人って……こんな幸せになれんるんですね……」
 「あつっ……なにこれ……やっば……あつっ」

 ロメリーは手を胸にあてながら、しみじみとひと口をゆっくりと口に入れる。
 レイナは舌を火傷しそうになりながらも、必死におじやをかきこむ。

 「ふぉう!? 優しすぎるぅ……我の中の悪が……浄化されてしまうのである……!?」

 邪神の手が震え、レンゲがカタカタと揺れた。

 「お、おかわりである!!」
 「はいはい、どうぞじゃしんさん」

 速攻でコレットにおかわりを入れてもらう邪神。
 たとえ邪の心が失われても食べたいらしい。

 とろり。
 じゅるり。
 はふはふ。
 ずずずっ……。

 店内が幸せの無言で満たされていく。

 最高だ。
 料理人として、この瞬間のために生きていると言ってもいい。

 「わぁ~~い、お鍋のしめっていったらやっぱりおじやですねぇ~店長♪」

 コレットが熱いのにふーふーも忘れて、口いっぱいにおじやを放り込んでいる。

 「終わりって感じするわねぇ~」
 「まさしく締まるって感じですね、女神様」
 「ふぅ……うまかったのだぁ……」

 よしよし、大満足のようだな。

 だが……

 残念でした。
 誰が「最後」って言ったんだ?

 俺はゆっくりと立ち上がる。

 「……よし。じゃあ次いくか」

 「「「「「「え?」」」」」」

 全員が固まる。

 口にレンゲを咥えたまま停止した女神たち。
 顔を上げるロメリー。
 レイナはあやうくレンゲを落としそうになる。
 邪神は目をむいて固まった。
 まわりの教会連中の視線も、そのすべてが俺に向く。

 「「「「「「えぇええええ!?」」」」」」

 一拍置いて、店内の空気が爆ぜた。
 俺はお構いなしに鍋の湯気が舞う中、次の素材を手に取る。

 俺の視線の先にはキムチ鍋。

 「追いスープを入れてと~~」

 ぐつぐつ、と赤いスープが立ち上がる。そこへ生麺を投入し、俺は菜箸で豪快にほぐした。
 麺がキムチの旨辛を吸いこむたび、みるみる色が変わっていく。

 「ほらぁ~キムチラーメンだぞ~」


 「「「「「なんか新しいのきた~~!?」」」」」


 全員そろって同じセリフを吐く客人たち。
 よしよし、なんか楽しくなってきた。

 「ほらほら~~取り分けるから、落ち着け落ち着け」

 「まってシゲル君、ちょっとタイム! 美味しいのが多すぎて頭おかしくなる!!」

 俺が上機嫌で器に麺を盛っていると、女神グラティアが頭をおさえて訴えてきた。

 「そうよシゲちゃん! ギブギブ! 一回落ち着いて!」

 女神アスタは両手でバツ印を作っているが……口元には涎がたまってる。よしよし、落ち着く気ゼロだな? たっぷり盛ってやるぜ。

 「も、もうダメですシゲルさん。聖女としてこれ以上の暴挙は女神様に怒られます、って女神様ここにいたんだった!?」

 ロメリーが女神たちを見ながら混乱している。だがじゅるりな口が隠しきれてないな。

 「シ、シゲル! あたしこれ以上いったら、ドレスアーマーはいんなくなっちゃう~~!」

 レイナはお腹が限界なのか? いやいや、その口はまだまだいけそうだなぁ。

 「むほぉっ! 我、美味すぎて天にも昇りそうなのである! ふは!? 邪神が天に昇ってはダメなのである!」
 「ちょっ! あんたは地獄に戻りなさいよ! ってそんなことより(じゅるり)」

 強烈な飯テロで、世界の均衡が崩れかねない事態になってきた。
 よしよし、最高のリアクションじゃねぇか。
 全員の胃袋と魂を未知の世界へ叩き落としてやる。

 が……一人だけ、取り乱す気配ゼロの少女がいた。

 「わぁ~い、店長~キムチラーメンも絶品ですぅ~~♪」

 コレットである。両手でどんぶりを抱え、もはや涼しい顔で麺をすすっている。その姿を見た途端―――

 「「「「「ふはっ……(じゅるり)」」」」」」

 全員まとめて理性が蒸発した。
 ギリギリ保っていたであろう最後の何かが崩れた音。

 そこからは早かった。俺が差し出す前に、全員が半ば奪い合うようにキムチラーメンへと手を伸ばしはじめる。

 「ずずずっ……っ!? なにこれぇ! 麺にキムチの旨味が絡みついて……あぁぁ……!」
 「ひゃぁああ! 喉が喜んでる~~!」
 「つるつる食感も最高です~」
 「うま……! うますぎて……うま……語彙が……うましかでない……」
 「くはぁっ! 辛味と旨味の波状攻撃なのである!」

 そりゃ止まらんよな。麺がスープの旨辛と具材の旨味を吸って、噛むたびに肉と野菜のコクが刺激的に弾けるんだから。


 だが、しかし―――俺は攻勢を緩めない。


 俺は鍋の前に立ち、追い出汁をキムチ鍋に足す。たちまち香りが広がり、全員の視線が吸い寄せられる。

 「ほれほれ~さらにご飯を入れて~ケチャップかけかけ~~」

 「「「「「ぎゃぁああ! またなんか作ろうとしてるぅうう!!(じゅるり)」」」」」

 「さらにチーズをかけて~~パセリをふって~~ほうら~キムチチーズリゾットだぞ~~」

 じゅわぁぁ……と広がるチーズ。表面の色が変わるたびに全員の喉が同時に鳴った。

 「「「「「ぎゃあああ! うまぃいいい!!」」」」」

 「ほらほら、焦ってやけどすんなよ~」

 もはや狂乱という言葉がふさわしいほどの食いっぷりだ。
 こりゃ、たまらんな。
 さぁ~~ガンガンいくぞ~~。

 「じゃ、こっちのカニ鍋には焼きおにぎり入れちゃうぞ~~」

 じゅわっ、とスープを吸った焼きおにぎりがしっとりとカニの旨味を放つ。カリっとした部分も残しつつ。食べて二度おいしい変わり種のしめご飯だ。

 「「「「「ぎゃあああ! これもうまぃいい! てか焼きおにぎりだけでもうまぃいいい!!」」」」」

 「よそ見してていいのか~今度はそうめんも入れちゃうぞ~~」

 まるで地響きのような歓声。神々も聖女もS級冒険者も大司教だちも、この宴で、誰もがただの食いしん坊になっていた。


 そして―――


 気づけば夜が明けていた。

 「……あれ?」

 俺は鍋を混ぜていた手を止めた。

 まわりを見ると満足しきった客人たちが全員、床に転がって寝ている。腹は満たされ、顔は幸せにゆるみきり満ち足りた寝顔。

 やりすぎたか……と思ったが。

 いや。

 「……うん。これは、やりすぎじゃないな」

 ていうか最高じゃないか。

 ふぅ~~と息を吐いた俺は、ぐっと伸びをした。

 「さて、片付けるか」

 俺は静かに鍋と器を集め始めた。
 キムチ鍋もカニ鍋も、底の底まできれいに空になっている。

 マジで最高やな。

 こうして、俺の「しめ祭り」は朝焼けを迎えて幕を閉じたのだった。