料理バカおっさんの転生ド田舎食堂物語。前世で散々こき使われたので、今度こそ好きなことしかしないと夢中で飯を作っていたら、S級美人冒険者や聖女が常連になっていた~なお、知らぬ間に包丁一振りで世界最強~

 「わぁ~い。こんなにたくさんお冷だしたのはじめてです~♪」

 カチューシャを揺らしトレーに並べたグラスを一つずつ置いていくのは、うちの看板娘コレット。
 いつもより上機嫌で鼻歌まで歌っている。

 うむ……これはひょっとして、いやひょっとしなくても満席というやつではないのか。
 わがド田舎食堂初の満席じゃないか。俺はムフフと店内をぐるりと見渡した。

 目の前のテーブルに女神グラティアとアスタ、レイナにロメリーが囲む。
 その後ろには、ビビり散らかしてる大司教と取り巻きたちが四人一卓で数テーブル。
 さっき女神さまに魔法陣ぶっ壊されて正座してた連中だから、もう背筋が伸びすぎて折れそうになってる。

 「ふふ~コレットちゃんだっけ? かわいらしいわ~」
 「たしかにかわいいわね、この子。ほんと看板娘って雰囲気があるわ」

 女神グラティアとアスタがくすくす笑いながら褒めるもんだから、コレットのテンションはさらに跳ね上がった。

 「やた~褒められた~♪ 女神さまたちもキラキラして綺麗ですよぉ~~♪」

 「ひ、ひぃいいっ、コレットさん! 女神様ですよ、もっと丁寧に……丁寧に……!」
 「え? なにこれ……? あたしのテーブル、女神様2人と聖女なんだけど……」

 ロメリーは両手をばたつかせて真っ青な顔。レイナは困惑しすぎて口がぽか~んと開いたままになっている。
 
 まあ、普通はこうなるよな。
 コレットが異常に物怖じしなさすぎるだけだ。
 そんな看板娘に声をかける女神さま。

 「あら、今日はオフの日だし無礼講よ。たまたま食堂で会った者同士ってことで」

 「そうね、グラティアの言う通りだわ。ガチガチにかしこまる必要なんてないのよ」

 「は、はふぁ……わ、わかりましたっ……!」
 「たまたま相席した人が女神様……」

 ロメリーは顔を真っ赤にしてあわあわしつつも、必死に口をひらく。
 レイナは遠い目……。

 そんな2人に、女神たちは終始にこやかな笑顔を作っていた。

 「まあその席についてる以上は、ド田舎食堂の客だからな。いっしょに飯食うだけだ。過度に緊張しなくていいぞ」

 「シゲルさんは緊張しなさすぎですよ!?」
 「シゲルって料理以外ほんと常識が破綻してるのね……」

 ロメリーとレイナに同時に呆れられた。

 だが俺は知っている。
 飯を食えばそんな些細な事はどうでも良くなるのだ。
 まだ緊張が残っている2人とは対照的にコレットはすでに女神さまたちと仲良くなったようで、なんか貰っている。

 「わぁ~い店長~~これかわいいぃ~♪」

 栗色の髪に花の髪飾りがひらひら揺れた。女神さまにつけてもらったのだろう、ご満悦の表情でぴょんぴょん跳ねる看板娘。
 「ああ似合ってるぞ」と言いつつも俺の脳内で別の思考が動きだす。世界を旅したけど、見たことない花だな…………食えるのかな?
 という思考がよぎったが、まあやめておく。

 「そ、それは……聖なる永遠の神花なのでは!?」
 「な、なんと……本当に存在したとは……」

 なんか大司教たちが震えているが、当の本人は「かわいい~♪」と各テーブルでお披露目しながら接客している。

 さてさて、初満席のムフフ光景を味わうのはこれぐらいにしてと。
 ご満悦の看板娘を呼んで、夕飯の準備をはじめる。
 俺の指示通り、倉庫からブツを持って来たコレットが口をひらく。

 「店長~~無駄に倉庫に眠ってた変な鍋、持ってきました~」

 こら、無駄じゃないからな。
 コレットが鍋を次々に店内に持ってくる。

 「店長~~このお鍋2つに区切られてますね? 不良品つかまされたんですか~?」
 「違うぞコレット。こいつはお楽しみの鍋なんだよ。各テーブルの魔導コンロに置いてくれ」

 甘いなコレット。こいつを不良品とかいってる時点でまだまだだぜ。
 鍋といってもそこらの鍋と同じにしてもらっちゃ困る。
 俺なりに、お客さんに楽しんでもらえるよう日々工夫はしているのさ。

 「へぇ~……不良品じゃないんですね?」
 「違うわ、特注品だぞ」

 むふふ、コレットよ。食事が終わった頃には、この鍋に頭を下げることになるだろう。

 コレットが鍋を各テーブルに設置する傍から、俺はだしの準備をする。
 鍋に入れた水に対して適度な昆布とかつお節で出汁を取り、鍋に火をかける。うむ、魔導コンロ付きのテーブルにして良かったぜ。クソ高かったけど……。

 「シゲル君~これはなに鍋なのかな~」
 「ああ、まずは寄せ鍋(カニ鍋)だな」

 俺がだしを取っていると、女神さまが興味津々で鍋を覗き込んできた。

 「ねぇ~まずはってことは……」
 「ああ、ご想像のとおりもうひとつ別の鍋もあるぞ」
 「むふぅ~~やっぱりぃ~楽しみだわ~~ねぇ~アスタ♪」
 「そうね、シゲちゃんの料理はどれも逸品だから♪」

 女神さまが椅子を揺らしてテンションを上げる。
 食い友の女神さまも同じくいい反応をしてくれるな。
 そして女神さまは俺の準備した鍋の意味を理解しているようだ。今回用意するのは、寄せ鍋ともうひとつ考えている。
 それに対応するため各テーブルに配置されたのは、2つに区切られた特製鍋だ。ちなみに特注品でかなり高かった……が、こんな時のために用意しておいたのだから、まったく悔いはない。

 よしよし、期待も高まってきたようだし、進めるぞ~。

 俺は切り分けた具材を鍋に入れていく。
 白菜、長ネギ、シイタケ、豆腐に春菊。これらを鍋に入れたら……

 「さて、主役の登場だ」

 「し、シゲル君! それって!(ごくり)」
 「たしかチャーハンと炭焼きが絶品だった……(ごくり)」

 女神が二人そろって唾をのむ。

 加えてロメリーの口からもきらりと光る雫が垂れた。
 レイナは「なにそれ?」と具材をマジマジと見ている。

 そう、以前海岸で獲ったクラブロード(カニ)の身だ。クラブロードの足は巨大すぎるので、片側のみに殻のついた状態で切り分けたものを用意した。やっぱカニはなんだかんだで殻がないとな。それに殻はいい出汁になる。

 「じゃ、全部入れて蓋をしてと。ちょっと待ってろ」

 コトコト……

 「うぅうう……待つの苦手だわぁ……」
 「あんた、どんな生物よりも長生きしてんでしょ。少しは我慢なさい」

 女神アスタにたしなめられる女神グラティア。そんなやり取りをよそに、鍋の匂いが立ち上りはじめる。

 「で、でもなんだかいい匂いが鍋からもれてきませんか?」
 「た、たしかに。あたしの鼻にも入ってきた……」

 「「「「クンクン……(じゅるり)」」」」

 よしよし、みんな鼻が反応して鍋の方に吸い寄せられているな。
 ロメリーやレイナも先ほどの緊張感はどこへやらだ。これぞ飯のちから。

 コトコト……

 「ねえ、もういいかなシゲル君?」
 「まだだ」

 コトコトコト……

 「シゲル君! この音もう完成じゃない!?」
 「あとちょっとだな」

 コトコトコトコト……

 「むっふぅ~~もういいっ? いいよね!!」
 「グラティア、あんたなんか神気漏れてるから! 店が揺れてるってば!!」
 「ひゃああああ! 浄化されちゃうぅぅぅ!!」
 「な、なにこれ! み、店が揺れているわ!!」

 女神グラティアの食い意地が、我慢できずに床を揺らす。教会のメンツがこの世の終わりみたいな顔しているが……

 よしよし、そんぐらい待ったほうがいいんだよ。
 待てば待つほど、食った時の美味さがひときわ上がるからな。

 うむ……そろそろだな。
 俺は満を持して、鍋の蓋をあけた。
 ブわ~~っとカニのにおいが店内に広がり、4人の目が鍋に釘付けになる。
 ぐつぐつと小気味よい音を立てる鍋。
 湯気の向こうから、真っ赤に染まったカニと具材がぷりっぷりに膨らんでいた。

 「じゃ、存分に食ってくれ。薬味やタレは好きなものを使ってな」

 俺の声が終わるより先に、我先にと鍋をつつく女神と聖女と女剣士。
 うむ、素直でよろしい。

 「あつっ! うま、なにこれ! うま!」
 「はふぅ……たしかにこれ凄いわね、うまっ!」
 「はふはふ~~焼いカニと違ってみずみずしくてぷりっぷりです~♡」
 「ほんとねロメリー、このポン酢てのが合うわ」

 みんな殻をカリカリして、身を取り出してパクリといきまくる。
 よしよし、美味そうに食べてくれるやつらだぜ。

 「カニ汁が染み出て、お豆腐やシイタケもいいかんじに美味しいですぅ~♪」

 女神に呼ばれて隣でちゃっかり鍋をつつき始めたコレットがニンマリする。まあ、仕事の時だけ動いてもらえればいいがな。

 カリカリカリ……

 カニの身をせっせと取る4人。苦労して取った身をパクリと一口で喉に流し込む。それの繰り返し。
 女神、女神、聖女、女剣士、みんな幸せそうに頬がとろけている。

 カリカリカリ……

 にしても……5人とも

 「…………」
 「…………」
 「…………」
 「…………」
 「…………」

 そして教会のやつらのテーブルに視線を向けると。

 「「「「「…………」」」」」」

 カニを食べるときは全員黙る……うむ、それは前世でもこの異世界でも同じだな。

 俺は満足して腕を組む。
 よしよし、期待どおりの反応だ。

 だがな―――みんなカリカリほじって、忘れてるだろ?

 鍋はまだ「片側」しか使ってない。

 もうひとつのスペースが、空のままなんだぜ……?

 ニヤリと笑った俺に、店内の客は誰一人として気付いていなかった。