料理バカおっさんの転生ド田舎食堂物語。前世で散々こき使われたので、今度こそ好きなことしかしないと夢中で飯を作っていたら、S級美人冒険者や聖女が常連になっていた~なお、知らぬ間に包丁一振りで世界最強~

 陽が落ちた森の中、焚き火の赤い光がゆらゆらと揺れている。夜は深くなり、虫の声が遠くに聞こえるだけ。
 俺たちはレッドボアを退治したあと、街道沿いの森中に小さく開けた場所を見つけた。そこで野営することにしたのだ。

 さっき倒したレッドボアは、すでに逆さ吊りにしてある。
 血抜きを終えた肉は、適度な弾力と美しい赤色を保っていた。

 「ふぅ……シゲル、ほんとにすぐ血抜きするんだな」

 レイナが感心したようにつるされたレッドボアを見ていた。

 「そうだな、血が残りすぎると臭みが出る。狩った直後が勝負なんだよ」
 
 レッドボアの肉は美味いんだが、他の肉より臭みが強い。だから下処理を手早く行わないと、せっかくの食材をダメにしてしまう。まあそれは他の獲物でも同じではあるが。

 「ほぇぇ……勉強になります……」

 ロメリーは相変わらず感嘆したように見つめてくる。彼女は俺と行動してからは、仕事以外の事にも興味を持つようになった。というか、そうしようとしている感がある。
 おそらくは自分の中で何かを変えようとしているんだと思う。

 さて……はじめるか。

 ロメリーに火の準備をしてもらっているうちに、吊るされたレッドボアの肉を一部切り取った。
 その肉を用意した塩水に沈める。

 とぷんと、赤みがかった水面が揺れる。

 「塩水に浸けるの?」とレイナが覗き込んできた。

 「ああ。さらに余分な血を抜きつつ、塩が肉を引き締めてくれる。このひと手間が味の差になる」

 「そうなんだ……野外の料理なのに、ここまでしっかりするのね」

 レイナは戦いになると怖いくらい強くて凛々しいが、今はぽかんとした顔で肉を見つめてる。
 このギャップ、けっこう好きだ。

 さて、下処理が終わったら次は調理だ。

 焚き火の上に深めの鍋を置くと、火の熱がじゅうっと底に伝わる音がした。
 俺は、ごぼう、にんじん、大根といった根菜を手際よく切って鍋に入れていく。

 「ふあ……包丁の動きほとんど見えない、相変わらずすごいですね」
 「シゲルって、包丁の扱いが戦いの時と同じよね。迷いが一切ないっていうかしら」

 ロメリーが目を輝かせて、レイナが呆れたように笑う。

 「食材狩るのも、調理するのも同じだからな」

 「……なんかその言葉、シゲルにしか言えない気がするわ」

 レイナが頬をかく。
 ロメリーはうんうんと、なぜか神妙に頷いている。

 鍋に油を垂らすと、じゅっと心地よい音がした。
 そこへ切っておいたごぼう、にんじん、大根を入れる。

 じゅわぁぁ……

 香ばしい匂いが、夜気の中にふわりと広がる。

 「うわ……もういい匂いね……」
 「ほ、本当ですね……」

 レイナとロメリーがクンクンと鼻を近づける。

 俺は鍋をゆっくり揺らす。
 根菜がきらりと油をまとい、焚き火の光を反射した。

 そして、薄切りにしたレッドボアの肉を投入。

 ぱちぱちぱちっ!

 脂が弾け、肉の甘い香りが一気に立ち上った。

 「あっ……なんか、普通の豚より甘い匂い……?」

 レイナが思わず前のめりになる。

 「レッドボアはな、山を駆けて筋肉も脂もいいバランスでついてるんだ。クセさえ抜いてやれば、コクが深い肉なんだよ」
 
 「コクが深い……(じゅるり)」

 レイナは俺の言葉を噛みしめるように繰り返す。

 ロメリーはというと……鼻先をくんっと動かし、恍惚とした顔になっていた。

 「野外でこんな香り……反則です……(じゅるり)」

 よしよし、2人ともいつものじゅるりが出てきたぞ。
 作り手の俺としても盛り上がってくるぜ。

 「美味しい豚汁を作るには、だし汁を入れる前に具材を炒める工程が大切なんだ。これにより具材の風味が油に移って、仕上がりに深みが出るからな」

 「「はぅ……深みぃいい……(じゅるり)」」

 さらに2人のじゅるりが加速したところで……

 俺はだし汁を鍋に注ぐ。

 じゅっ~~!と鍋が満たされ湯気が立ちのぼる。
 ほんのり黄金色のだしが、具材にじんわり行き渡っていく。

 「ここから煮込みだ。火は強すぎずじっくりな」

 レイナが焚き火に薪を丁寧に、一本ずつ足していく。
 ロメリーは自分の膝に両手を置き、じっと鍋を見つめている。

 湯気がふわりと優しく俺たちを包んだ。

 「……温かいです」

 ロメリーがぽつりとつぶやく。

 「ああ。寒い森の夜でも、湯気があれば人間は落ち着く」

 「そういうものなのね?」

 レイナが不思議そうに言う。

 こんななにも無い場所だからこそ、普段から目にしているものを感じると安心感が芽生える。
 野営で美味そうな料理が出来上がって行く様は、心がワクワクするもんだからな。前世で言うところのキャンプ飯はテンションが上がると同じだな。

 「よし、そろそろか」

 具材が柔らかくなり始めた頃、俺は味噌を少しずつ鍋に溶き入れる。

 ―――とろり。
 湯気の香りが、一段さらに深く変化した。

 「……なんか風味がでてきたわ(じゅじゅり)」
 「はぁはぁ……もう完成ですか(じゅじゅり)」

 レイナが目を見開き、ロメリーはもう手を合わせそうな勢いだ。

 「まだ仕上げがあるぞ」

 俺は刻んだ葱と少量の生姜、そして粉山椒をぱらり。

 香りが弾けた。
 温かくて野性味があって、でも優しい湯気。
 森の夜にしみ込むような香り。

 レイナは息をのむ。
 ロメリーは目を潤ませている。

 ふたりとも、言葉を失って鍋を見つめていた。

 「よし。―――豚汁(しし汁)、おまち!」

 「で、できたのね! し、シゲル!(じゅじゅり~)」
 「は、はやくよそいましょう! えっとうつわうつわ(じゅじゅり~)」

 よしよし、いいじゅるり具合だ。
 野外であつあつの豚汁だ。最高の顔を見せてもらおうじゃないか。