料理バカおっさんの転生ド田舎食堂物語。前世で散々こき使われたので、今度こそ好きなことしかしないと夢中で飯を作っていたら、S級美人冒険者や聖女が常連になっていた~なお、知らぬ間に包丁一振りで世界最強~

 ◇聖女ロメリー視点◇


 ド田舎食堂に通って一か月が経ちました。

 「お~~い、朝ご飯できたぞ~!」

 「はぁ~~い(じゅるり)」

 ……あっ! 厨房の奥から響くシゲルさんの声に、思わず反射的にじゅるりしてしまいました。
 聖女としてはもう少し節度を持たねばと思っているのですが、この食堂に来てからというもの、そんなしばりはいつのまにか吹き飛んでしまった気がします。

 「は~い、ロメリーさんお待たせで~す」

 栗色の髪を揺らして、愛らしい動きでお食事を運んできてくれる美少女。
 この食堂の看板娘、コレットさんともすっかり打ち解けました。

 湯気の立ちのぼる朝定食。
 焼き立てのパンと、出汁の香るスープ、それに黄金色の卵焼き。
 ひと口食べた瞬間―――

 「うまぁああ! 朝からこんなに満ち足りていいのでしょうか……」

 と、思わず心の声が口からこぼれてしまいました。

 それからゆっくりと食事を口にします。
 つい先日まで仕事漬けの日々だったのが、嘘のようにゆっくりと時間がすぎていく。

 まさかこのような世界があったなんて……


 シゲルさんと行動を共にして、もう一か月。
 早いものです。
 この一か月であったことを、少し振り返ってみましょうか。


 まず―――プリン。
 あのとろけるような甘味。スプーンを入れるたび、ぷるぷると震える黄金の誘惑。
 口に入れた瞬間、聖なる光が頭の中で弾けたようでした。
 このようなものがこの世に存在するとは……! ワタクシに衝撃を与えるとともに、シゲルさんの料理にのめり込むきっかけにもなりました。


 そして、あのきわどい水着事件。
 シゲルさんの食材探しのため、海辺に同行したのですが―――
 「濡れてもいい格好で頼む」と言われ、なぜかその結果、あのビキニに……。
 あれは……本当に恥ずかしかったです。
 最初は顔から火が出そうでしたが、実を言うと途中からなぜか心が軽くなっていくのを感じました。
 「なんだか……風が気持ちいい……?」
 あの時、何かがはじけた気がします。ちょっとした快感もあったかも……

 ……って、なに言ってるんですかワタクシは!!

 こ、このことはワタクシの心の内にだけ秘めておきましょう。


 それから、リッチーや巨大カニとの格闘。
 あの時のシゲルさんの包丁さばきは、まるで舞のようでした。
 でもそんなことより、あのカニ……(じゅるり)。
 ああ、とても美味しかったです。カニみそなど、もはや神の御業とといってもいいぐらいに。
 あれだけでも天国なのに、「チャーハンの上に乗ったプリプリのカニの身を、がっつりみそにつけて食べるのもいいぞ」
 とシゲルさんに言われ、ひと口―――
 「ふはぁあああ……こんな禁呪の食べ方ぁああ」
 思わず涙が出ました。
 こんな幸せな時間が、聖女としてのお勤めの時間よりも心を満たしてくれるなんて。

 シゲルさんの料理は絶品です。珍しい食材もさることながらその調理も一流。それになんだか温かみも感じますし、体調もどんどん良くなって以前よりも力が増すような。
 その後もシゲルさんの食材さがしに同行して、食堂で食べて。同行して食べて。また食べて。


 ……あれ?


 この一か月、なんか聖女っぽいこと、なにもしてなくないですか?

 でも、ふと気付きました。
 いつものように山のような仕事を抱えていた頃には、「自分のやりたいこと」なんて考える余裕もなかった。
 ここに来て初めて、少し立ち止まって考えられるようになった気がします。

 「聖女ロメリーよ、ただただ―――善行を積みなさい」

 そう言われて、聖女になってからひたすらお勤めを果たしてきた。
 う~~ん、初めの頃は人の手助けをした時に見る笑顔。これが好きだったような……

 でも凄まじい仕事量で、そんなことどこかに置き去りにしてしまっていたような気がしますね。

 聖女であろうと、ただのロメリーであろうと―――

 「人の笑顔を見るのが、やっぱり好き」

 それは、ワタクシの中で変わらないのかもしれません。
 休んで美味しいご飯を食べて、心がほぐれていく。
 まるでシゲルさんの料理が、心の中の「もや」をゆっくり溶かしていくように。

 さて、自分の好きな事は分かったような気がします。
 じゃあ、次は今の自分の仕事とどう向き合っていくか。どうすれば好きな事も混ぜられるのか、これを考えていきましょう。

 幸いシゲルさんのおかげで、まだお休みは一か月あります。

 焦らずゆっくり考えよう。



 ◇◇◇



 ゆったりとした朝食を終えると、ふぅと一息つく。
 シゲルさんは厨房でなにやら仕込みを。
 コレットさんはお掃除を終わらせて、新聞を広げています。

 「ふむふむ、隠れた名店はどこに……伝説のレストランを探せ?」

 どこかで聞いたことのある言葉ですね……

 「ああ……ドイーナでしたか」

 思い出しました。

 「あ、すごいロメリーさん。たしかに「ドイーナ」って書いてありますぅ」
 「最近、王都でうわさになっているお店ですね。たしか謎の貴族令嬢が持ち帰ったお弁当や干し肉が大人気になったとか」

 「わぁぁ~~ロメリーさん物知りですぅ~」
 「いえいえ、大教会本部でもその話は結構出てまして。大司教さまも干し肉ひとかけらしか食べられなかったとか……お店の場所も分からず、情報元のご令嬢もすぐに王都を離れたとかで、「伝説のドイーナ」って呼ばれていましたね」

 仕事漬けだったワタクシの耳にすら届くほどの話題でした。
 ―――というか、大司教様、説教の最中もその話ばっかりしてたような。よほどハマったのでしょうか。

 「すご~い、お貴族さまや神官さまに贔屓されるなんて。うちとは大違いですね、店長!」

 コレットさんがペロっと舌を出しました。いつものやり取り……かわいいです……。
 シゲルさんはそんなコレットさんを見て、やれやれといった感じで。

 「うるさいぞコレット。神官ならロメリーがいるだろ」
 「ふふ、そういえばそうでした。ワタクシ聖女でした」
 「まあ、貴族令嬢なんてこのド田舎食堂に来るわけないしな。それにしても、仕事で余裕のなかったロメリーの耳にまで届く店か……一度は行ってみたいけどな」

 「へぇ……シゲルさんは、ご自身のお料理以外にも興味があるのですね」

 口にしてから、ちょっと失礼だったかもと思いましたが、彼は笑って答えました。

 「もちろんだ。昔は各国食べ歩きも良くしたもんだぞ。俺の知らない味や技術は山のようにあるからな」

 ああ……。

 本当にこの人は、料理が好きなんだ。
 その瞳が語っていました。
 「うまいものを作りたい」という純粋な情熱。それのみを求めているから、ブレないんですね。

 ふふ……少し、うらやましくなってしまいました。

 「王都か……そういえば、あいつは元気かな」

 ぽつりと呟くシゲルさん。
 「あいつ」という言葉に、少しだけ胸がざわつきました。
 ワタクシの知る限りシゲルさんは、コレットさんかワタクシのことしか口に出していなかったから。

 はじめて、それ以外の人が出てきました。

 誰なんでしょうか……。

 その時、食堂の扉が勢いよく開いて、1人の女性剣士が入ってきました。

 「シゲル―――帰ったわよ!」

 白銀のドレスアーマーに真っ赤な髪が朝日に照らされて、まるで燃える太陽のようです。
 なんて凛々しい女性なんでしょう。

 その引き締まったシルエットをまっすぐに、カツカツと歩を進めカウンターにトンと座る美麗剣士。
 ひとつひとつの所作が洗練されています。でもどこかで見たことがあるような……。


 「さ、さっそく……かつ丼! あ、あたし……もうこれ以上お預けになったら死んじゃうぅうう!(じゅるり)」


 あ……じゅるりした。

 凛々しい女剣士が一瞬にしてよだれ垂らすなんて。
 さすがド田舎食堂、おそるべき場所です……