料理バカおっさんの転生ド田舎食堂物語。前世で散々こき使われたので、今度こそ好きなことしかしないと夢中で飯を作っていたら、S級美人冒険者や聖女が常連になっていた~なお、知らぬ間に包丁一振りで世界最強~

 「ピギィイイイ―――ッ!」

 海鳴りに奇声をのせたような咆哮とともに、クラブロードが浜辺に這い出してきた。
 赤黒い甲羅はまるで城壁のように分厚く、潮を浴びて鈍い光を放つ。
 波打ち際を一歩進むたび、砂浜がドンッと震えた。

 その不気味な鳴き声は、捕食者であることを疑わぬような俺たちを威圧する音だ。

 「こ、これが……クラブロードの全容……!」

 ロメリーが息を呑む。
 その後ろから、コレットが顔を出してクラブロードを見上げた。

 「わぁひいいぃ~~で、でっかいですぅ~」

 俺は包丁を構える。潮風に濡れた刃が、陽を浴びてギラリと光った。

 「こいつの出番だな―――」

 取り出した包丁は中華包丁。分厚く、四角く、輝く鉄の塊。
 刃渡り三十センチ、重さ三キロの掘り出し物。普通の料理人なら持ち上げるだけで手首が死ぬ代物だ。

 「ピギィイイイギィイ!」

 クラブロードが巨大なハサミを振り上げると、日の光りが遮られて俺たちの周囲が暗くなる。

 次の瞬間―――

 凄まじい圧力で、巨大なハサミが振り下ろされてきた。
 俺はクラブロードの一撃を右に跳んでかわす。

 かわした瞬間、ズドーンという音が鼓膜を揺らした。

 砂が巻き上がり浜が大きく抉られ、その衝撃波で、ロメリーたちが吹き飛ばされそうになった。
 むっ……想像以上の力だ。さすが上物、そう楽にはゲットできないな……。
 それに、ロメリーとコレットもいるので俺が好き勝手に暴れると、彼女たちも巻き込まれるかもしれん。

 すると後方から光が溢れ出た。

 その輝きはロメリーの髪を照らし、神聖な光の膜がロメリーとコレットの周囲を包む。

 「コレットさん、ワタクシの【結界】から出てはいけません! あれは冗談抜きで危険です!」
 「ひぃい~っ、わ、わかりましたぁ!」

 ロメリーの展開した【結界】のなかでちょこんと正座するコレット。
 よし、これで2人は大丈夫だな。

 「うし、ナイスだロメリー。2人とも【結界】からでるなよ。これなら思いっきりいけるぜ」
 「え? い、いける……? あ、あの、し、シゲルさん!?」

 「ちと暴れるって――――――ことだ!」

 ロメリーが慌てて言葉を続けようとするが、その声は爆音にかき消された。

 クラブロードのハサミが砂浜をえぐり、俺の立っていた場所が一瞬で陥没する。
 砂が舞い上がる―――だが、そこに俺の姿はもうない。

 「はっ!? い、いない!?」

 次の瞬間、ロメリーの視界の先―――
 クラブロードの足元に立つ俺の姿があった。

 中華包丁をグッと握り、低い姿勢で構える。

 「よし、今日のメインディッシュだ。硬い殻でも遠慮はしねぇぞ」

 「し、しげるさん! 1人は流石に無茶です! これまでのシゲルさんの攻撃を見る限り、ゴーストやリッチーといった霊体に特化した一撃なのでは? で、ですが、この魔物は実体そのもので質量の塊です!―――つまり包丁ではどうにもならないんじゃ……」

 ロメリーがなにやら叫んでいるが。

 海風が一瞬止まった。


 「中華包丁―――八方ざく切り!!」


 スパッ――――――!

 関節の根本から切り離されたデカいハサミが、空を舞った。

 「ふんっ!―――もう一丁ざく切り!!」

 太くて長い左足の一本が甲羅から切り離されて、砂浜にズドンとめり込む。


 「ピキィイィ……キィイイ!」


 クラブロードが再び不気味な鳴き声を上げる。が、それは先ほどとは変わって捕食者の威圧感はない。
 そうだ……

 「おまえは食材だ! 中華包丁―――ざく切り連刃ぁああ!!」

 ズバッ、スパッ、ズドン―――

 クラブロードのハサミと長い足が次々に宙を舞った。

 「ひぃいいい! スパスパ切ってるぅうう! あの硬いの切ってるうう! 激ツヨ物理攻撃だったぁぁ!!」

 「ロメリー、さっきからうるさいぞ。ってうお! ちょっとカニみそ漏れたぁああ!」
 「そんな心配している場合ですかぁああ! シゲルさんまえ!」

 「ピギィイイイイ!」

 クラブロードが怒り狂って海面を叩く。波が跳ね、岩が砕ける。
 残った脚で巨大な甲羅を持ち上げ、からだ全体で俺を押しつぶそうとこちらに倒れてきた。

 「むぅ、これ以上余計な傷をつけるわけにはいかん!」

 俺は迫りくるクラブロードに向けて中華包丁を振りぬいた。

 目のつけに当たる箇所がパシュっと音とたてて、切り落とされる。
 と同時に、クラブロードはその場にズーンと倒れ込み、動かなくなった。

 海風が静まり返る。
 潮の香りの中に、ほのかに甘い香り―――綺麗に部位ごとに切られたカニが、その場に転がっていた。



 ◇◇◇



 「ふぅ……これで本日の食材確保は終了っと」

 「ふはぁぁ~……り、リッチーの次は巨大カニまで……店長、ほんとうに何者なんですかぁ~」

 コレットが何かを期待するような目つきで見つめてくるが、そんなキラキラの瞳されてもな。
 悪いが俺はガチのおっさん料理人でしかない。

 俺は中華包丁を洗いながら、海を眺めた。
 うむ、ひと仕事のあとで気持ちが良い。

 「ふぅう、色々ありすぎて……凄い濃厚な一日でした……ふふ」

 ロメリーが砂浜に座り込み、脱力したように笑う。
 白い肌に潮風があたり、エメラルドグリーンの髪がふわりと揺れた。

 「まあ、開放的なところに来るだけでも気分は変わるだろ?」
 「え? そ、そうですね。……シゲルさん、ありがとうございます」

 ロメリーの笑顔が少し柔らかく見えた。
 俺は包丁を拭きながら、ふと思いついたことを口にする。

 「全部自分でやらなくてもいいんだよ」
 「……はい。なんだか、少しだけ心が軽くなった気がします」

 この子はずっと1人で仕事を抱えていたんだろう。
 リッチーとの戦いでは自分でなんとかしようとしてたし、クラブロードとの戦いでも率先して何かをやろうとしていた。
 それ自体は悪い事ではないんだが……もうちょい他人に甘えることも覚えんとな。

 ま、それは休みの間に少しづつ覚えていくとして……立ち上がったロメリーが「うぅ~~ん」と伸びをした。
 うむ……俺は凄くヤバい事に気付いてしまった。

 「それから……もうちょい自分の胸元に注意しろ」

 「え? 胸元? ……え?」

 ロメリーが自分の身体を見下ろし―――そのかわいい顔が、みるみるうちに真っ赤になる。

 「あ、あれぇ……ワタクシの、び、び、ビキニどこへ!? き、きぃああああっ!! シゲルさんの変態っ!!」

 いや、俺は悪くないぞ。変態扱いしないでくれ。

 巨大ガニの大捕り物だったが……
 結局、ロメリーのビキニ探しが一番時間かかった。