◇聖女ロメリー視点◇
とろり。
スプーンの先から、黄金色のプリンがゆっくりと揺れて口の中に落ちた。
舌の上で、やわらかくほどけていく。
「―――!? ななな、な、なん!?」
思わず声にならない悲鳴が喉の奥から漏れた。
……な、なんですかこれ!?
甘くて、やさしくて、どこか懐かしい。まるで、心の奥の奥まで温かく満たされていくような……。
「ふはぁ~~幸せぇ~~。こんなプリン食べたことないですぅ~! 体も心もワクワクですぅ~!」
隣に座るコレットさんが、椅子ごととろけそうになっている。両手でスプーンをぎゅっと握って、頬が赤い。
でも、わかる。
そうなってしまうほどの衝撃。
「本当に美味しいですね……。なんだか、頭が少しスッキリしたような気がします」
「だろ」と、カウンター越しのシゲルさんが満足げにうなずく。
「さきほどシゲルさんがおっしゃったように、ゴーストクランデの核には心の栄養を補充する効能があるからでしょうか?」
「まあ、もちろんリラックス効果もあるが。女の子でスイーツ嫌いな奴もそうはいないだろう」
「え……女の子?」
想定外の言葉にワタクシが首を傾げると、シゲルさんはため息をついた。
「甘いもの食べて、満足するのは当たり前の行為だぞ。聖女だろうが、なんだろうが、おまえはまだ17歳の女の子なんだ。」
え? そんなんですか……
―――女の子。
そんなふうに呼ばれたのは……いつ以来だろう。
―――ワタクシは孤児でした。父の顔も、母の温もりも知りません。
教会のシスターに拾われたのは、たしか5歳の頃だったと思います。
掃除、祈り、勉学。毎日を真面目に過ごしていた8歳のとき―――私の中に「聖なる魔力」があることが判明しました。
これは【聖属性魔力】と呼ばれる神官のみなさんが持つ聖なる魔力で、魔物を浄化したり、人の病気やケガを治癒したりすることに特化した魔力です。
ただ、それだけならそこまで珍しくもないのですが、ワタクシの場合はその魔力量が凄まじかったのです。
教会内で神官の方々がざわめいたのを、今でも覚えています。
「この子は……聖女の器です」
その言葉とともに、ワタクシの運命は決まりました。
大教会本部に移り住み、2年の修練を経て10歳で聖女認定されたワタクシ。
最年少聖女の誕生です。
それからずっと、聖女のお仕事をこなしてきました。毎日教会本部から依頼がきます。
魔物の討伐や浄化、病人の治癒、結界の補修、町々での祈りと慰問。
毎朝届く「依頼書」を片手に、ワタクシは各地を巡りました。
ワタクシのお供として聖騎士団のみなさんや、教会の神官さんたちもいっぱいいました。
「聖女さまは全力でお守りします。安心して善行をお積みください」
「聖女さまにお供できるなんて、神官として末代までの誉れ」
仕事はすごく楽しかった。魔物に困っていた人たちが笑顔になる。病気に苦しんでいた人たちが笑顔になる。これが善行を積むという事なんだと。
最初の頃は、いつも誰かが隣にいました。
でもやがて変化が訪れます―――
「聖女さま、お一人でも大丈夫ですよね。むしろ我らは足手まとい、これからはより自由に善行をお積みください」
「神官としての補助は不要ですな。わしらがいてもすることがない。お一人で存分に善行を積まれよ」
1人、また1人といなくなっていく。
理由は単純です。
―――ワタクシが強すぎたから。
人の何倍もの魔力を持ち、1人で何でもできてしまったから。
食事や寝床にこだわりがある訳もなく、1人でもじゅうぶんに旅ができたのです。
そしていつのまにか、ワタクシは完全に1人になってしまいました。
それでもワタクシは笑っていました。
だって、誰かの笑顔のために働けるのは幸せなこと。聖騎士のみなさんも神官のみなさんも、ワタクシが連れ回さなければ、彼らのすべきことが出来る。ワタクシは1人で善行を積めばいいだけのこと。
そう思い込もうとしていました。
気づけば、息をするのも仕事の合間。
眠る時間さえも善行の延長。
孤児として拾われた頃は温かい食事に寝床があるだけで、じゅうぶんに満足だったのですが。
なにかが変わってしまった。
今思えば、いつの間にか「誰かを救う」ことが「休まず働くこと」にすり替わっていたのかもしれません。
そして数日前、大教会本部からの依頼書がワタクシに届きました。
「聖女ロメリーよ、善行を積みなさい。魔の洞窟の浄化を命ずる。魔物大量発生の予兆がある。なにがあろうと魔物をダンジョンの外に出してはならん」
上から下りてきた命令を、ワタクシは当たり前のように受け入れました。
それが自分の仕事であり使命だから。疑う理由なんてありませんでした。
けれど―――魔の洞窟は、今までと違っていました。
闇が濃く、冷たく、息を吸うたびに魔の瘴気が喉を焼きます。
無数のゴーストたちが、うねるように現れては襲いかかってきました。
ワタクシは魔力を振り絞り、何度も何度も浄化の光を放ちました。
だけど倒しても倒しても、ゴーストたちは増えていく。
「くっ……さすがに魔物が多いです……」
なんとか周囲のゴーストを浄化したあとに、絶望がやってきました。
とてつもなく大きな魔物が現れたのです。ゴーストグランデ……。
膝が震え、魔力すでに底を尽いている。
それでも、善行を積まなきゃいけない。これはワタクシにしかできない仕事だ。
そう思っていたのですが。
―――その時。
コック帽をかぶった不思議なおじさまが、一言もらしました。
「救いはいらん。俺が欲しいのは食材だ」
この人なにを言っているの?
ワタクシは意味が分かりませんでした。
ああ、女神グラティアさま。どうかこのおじさまだけでもお救いください。
もう祈るぐらいしかワタクシにできることはない。
そう、絶望に打ちひしがれていたのですが―――
なんとそのおじさまは、包丁でゴーストグランデをスパスパ切ってしまいました。
さらにさらに、魔の洞窟内の魔物をすべて一掃してしまったのです。
ワタクシの1か月分の仕事をです。
その瞬間、ワタクシの中で何かが崩れはじめました。
い、いえいえ。いつも通りにしないと……
ワタクシは次の仕事を確認しようとしましたが、なんとおじさまは1か月休めと言うのです。
えっと、えっと……な、なにこれ? ワタクシはどうしたら……
あれ? なにか心の奥底から出てきた気がします。
1カ月のお休みという事実により、すっと仕事で詰まりに詰まっていたワタクシの思考回路にわずかな余裕が生まれました。
その余裕から染み出てきた感情。
美味しいものをたべたい……甘いもので癒されたい……
まさにその時です。おじさまが、とんでもない事を言い放ちました。
「よし、スイーツを作ってやる」
す、す、す、スイーツぅううう(じゅるり)!?
なんですこれ? はしたない音が止まりません。
それに……この方は人の心が読めるのですか!?
なんだかわけの分からないままに、シゲルさんの食堂に連れてきてもらい、この素晴らしいプリンを頂きました。
スプーンを置いて、ホッと一息ついたワタクシは、シゲルさんに聞いてみました。
「……シゲルさん。そもそも善行って、なんなんでしょうね」
「さぁな。だが、働きすぎて心が干からびるのは善行じゃねぇよ」
彼は笑って、プリンをもう一皿ワタクシの前にすっと置いてくれました。
ふはぁ! もうひとつ食べていいのですか!(じゅるり)
カラメルの香ばしさがふんわりと広がります。
「ワーカーホリックの聖女には、身体への糖分と、心への糖分が必要だからな」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなった。
つまりワタクシは働きすぎだったようです。
こんなワタクシですが、変われるでしょうか。
もう仕事脳がしみつきすぎて、手遅れなのかも。
でも……この人なら。
「……シゲルさん、もう少しだけ、お傍にいさせてください」
「いいけどな。明日は休業で食材探しだぞ?」
「はい、ぜひ連れて行ってください!」
気づけば声が弾んでいた。
まるで、心の奥の重しが取れたみたいに。
彼と一緒なら、何かが変わる。そんな気がした。
「まあ着いてきたいなら勝手にしろ」
「はい! ありがとうございます!」
ゾク……
…………あれ?
いい感じになってたのに、なんだか背筋がゾクッとしたような。
いえ……きっと気のせい。そう、気のせい。
とろり。
スプーンの先から、黄金色のプリンがゆっくりと揺れて口の中に落ちた。
舌の上で、やわらかくほどけていく。
「―――!? ななな、な、なん!?」
思わず声にならない悲鳴が喉の奥から漏れた。
……な、なんですかこれ!?
甘くて、やさしくて、どこか懐かしい。まるで、心の奥の奥まで温かく満たされていくような……。
「ふはぁ~~幸せぇ~~。こんなプリン食べたことないですぅ~! 体も心もワクワクですぅ~!」
隣に座るコレットさんが、椅子ごととろけそうになっている。両手でスプーンをぎゅっと握って、頬が赤い。
でも、わかる。
そうなってしまうほどの衝撃。
「本当に美味しいですね……。なんだか、頭が少しスッキリしたような気がします」
「だろ」と、カウンター越しのシゲルさんが満足げにうなずく。
「さきほどシゲルさんがおっしゃったように、ゴーストクランデの核には心の栄養を補充する効能があるからでしょうか?」
「まあ、もちろんリラックス効果もあるが。女の子でスイーツ嫌いな奴もそうはいないだろう」
「え……女の子?」
想定外の言葉にワタクシが首を傾げると、シゲルさんはため息をついた。
「甘いもの食べて、満足するのは当たり前の行為だぞ。聖女だろうが、なんだろうが、おまえはまだ17歳の女の子なんだ。」
え? そんなんですか……
―――女の子。
そんなふうに呼ばれたのは……いつ以来だろう。
―――ワタクシは孤児でした。父の顔も、母の温もりも知りません。
教会のシスターに拾われたのは、たしか5歳の頃だったと思います。
掃除、祈り、勉学。毎日を真面目に過ごしていた8歳のとき―――私の中に「聖なる魔力」があることが判明しました。
これは【聖属性魔力】と呼ばれる神官のみなさんが持つ聖なる魔力で、魔物を浄化したり、人の病気やケガを治癒したりすることに特化した魔力です。
ただ、それだけならそこまで珍しくもないのですが、ワタクシの場合はその魔力量が凄まじかったのです。
教会内で神官の方々がざわめいたのを、今でも覚えています。
「この子は……聖女の器です」
その言葉とともに、ワタクシの運命は決まりました。
大教会本部に移り住み、2年の修練を経て10歳で聖女認定されたワタクシ。
最年少聖女の誕生です。
それからずっと、聖女のお仕事をこなしてきました。毎日教会本部から依頼がきます。
魔物の討伐や浄化、病人の治癒、結界の補修、町々での祈りと慰問。
毎朝届く「依頼書」を片手に、ワタクシは各地を巡りました。
ワタクシのお供として聖騎士団のみなさんや、教会の神官さんたちもいっぱいいました。
「聖女さまは全力でお守りします。安心して善行をお積みください」
「聖女さまにお供できるなんて、神官として末代までの誉れ」
仕事はすごく楽しかった。魔物に困っていた人たちが笑顔になる。病気に苦しんでいた人たちが笑顔になる。これが善行を積むという事なんだと。
最初の頃は、いつも誰かが隣にいました。
でもやがて変化が訪れます―――
「聖女さま、お一人でも大丈夫ですよね。むしろ我らは足手まとい、これからはより自由に善行をお積みください」
「神官としての補助は不要ですな。わしらがいてもすることがない。お一人で存分に善行を積まれよ」
1人、また1人といなくなっていく。
理由は単純です。
―――ワタクシが強すぎたから。
人の何倍もの魔力を持ち、1人で何でもできてしまったから。
食事や寝床にこだわりがある訳もなく、1人でもじゅうぶんに旅ができたのです。
そしていつのまにか、ワタクシは完全に1人になってしまいました。
それでもワタクシは笑っていました。
だって、誰かの笑顔のために働けるのは幸せなこと。聖騎士のみなさんも神官のみなさんも、ワタクシが連れ回さなければ、彼らのすべきことが出来る。ワタクシは1人で善行を積めばいいだけのこと。
そう思い込もうとしていました。
気づけば、息をするのも仕事の合間。
眠る時間さえも善行の延長。
孤児として拾われた頃は温かい食事に寝床があるだけで、じゅうぶんに満足だったのですが。
なにかが変わってしまった。
今思えば、いつの間にか「誰かを救う」ことが「休まず働くこと」にすり替わっていたのかもしれません。
そして数日前、大教会本部からの依頼書がワタクシに届きました。
「聖女ロメリーよ、善行を積みなさい。魔の洞窟の浄化を命ずる。魔物大量発生の予兆がある。なにがあろうと魔物をダンジョンの外に出してはならん」
上から下りてきた命令を、ワタクシは当たり前のように受け入れました。
それが自分の仕事であり使命だから。疑う理由なんてありませんでした。
けれど―――魔の洞窟は、今までと違っていました。
闇が濃く、冷たく、息を吸うたびに魔の瘴気が喉を焼きます。
無数のゴーストたちが、うねるように現れては襲いかかってきました。
ワタクシは魔力を振り絞り、何度も何度も浄化の光を放ちました。
だけど倒しても倒しても、ゴーストたちは増えていく。
「くっ……さすがに魔物が多いです……」
なんとか周囲のゴーストを浄化したあとに、絶望がやってきました。
とてつもなく大きな魔物が現れたのです。ゴーストグランデ……。
膝が震え、魔力すでに底を尽いている。
それでも、善行を積まなきゃいけない。これはワタクシにしかできない仕事だ。
そう思っていたのですが。
―――その時。
コック帽をかぶった不思議なおじさまが、一言もらしました。
「救いはいらん。俺が欲しいのは食材だ」
この人なにを言っているの?
ワタクシは意味が分かりませんでした。
ああ、女神グラティアさま。どうかこのおじさまだけでもお救いください。
もう祈るぐらいしかワタクシにできることはない。
そう、絶望に打ちひしがれていたのですが―――
なんとそのおじさまは、包丁でゴーストグランデをスパスパ切ってしまいました。
さらにさらに、魔の洞窟内の魔物をすべて一掃してしまったのです。
ワタクシの1か月分の仕事をです。
その瞬間、ワタクシの中で何かが崩れはじめました。
い、いえいえ。いつも通りにしないと……
ワタクシは次の仕事を確認しようとしましたが、なんとおじさまは1か月休めと言うのです。
えっと、えっと……な、なにこれ? ワタクシはどうしたら……
あれ? なにか心の奥底から出てきた気がします。
1カ月のお休みという事実により、すっと仕事で詰まりに詰まっていたワタクシの思考回路にわずかな余裕が生まれました。
その余裕から染み出てきた感情。
美味しいものをたべたい……甘いもので癒されたい……
まさにその時です。おじさまが、とんでもない事を言い放ちました。
「よし、スイーツを作ってやる」
す、す、す、スイーツぅううう(じゅるり)!?
なんですこれ? はしたない音が止まりません。
それに……この方は人の心が読めるのですか!?
なんだかわけの分からないままに、シゲルさんの食堂に連れてきてもらい、この素晴らしいプリンを頂きました。
スプーンを置いて、ホッと一息ついたワタクシは、シゲルさんに聞いてみました。
「……シゲルさん。そもそも善行って、なんなんでしょうね」
「さぁな。だが、働きすぎて心が干からびるのは善行じゃねぇよ」
彼は笑って、プリンをもう一皿ワタクシの前にすっと置いてくれました。
ふはぁ! もうひとつ食べていいのですか!(じゅるり)
カラメルの香ばしさがふんわりと広がります。
「ワーカーホリックの聖女には、身体への糖分と、心への糖分が必要だからな」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなった。
つまりワタクシは働きすぎだったようです。
こんなワタクシですが、変われるでしょうか。
もう仕事脳がしみつきすぎて、手遅れなのかも。
でも……この人なら。
「……シゲルさん、もう少しだけ、お傍にいさせてください」
「いいけどな。明日は休業で食材探しだぞ?」
「はい、ぜひ連れて行ってください!」
気づけば声が弾んでいた。
まるで、心の奥の重しが取れたみたいに。
彼と一緒なら、何かが変わる。そんな気がした。
「まあ着いてきたいなら勝手にしろ」
「はい! ありがとうございます!」
ゾク……
…………あれ?
いい感じになってたのに、なんだか背筋がゾクッとしたような。
いえ……きっと気のせい。そう、気のせい。

