料理バカおっさんの転生ド田舎食堂物語。前世で散々こき使われたので、今度こそ好きなことしかしないと夢中で飯を作っていたら、S級美人冒険者や聖女が常連になっていた~なお、知らぬ間に包丁一振りで世界最強~

 「ひゅええぇ……切った? 斬った? 包丁? なんで? おっさん? ゴースト?」

 聖女ロメリーの声が裏返っていた。
 彼女はその緑の髪を揺らしながら、困惑の表情で俺を見てくる。

 「ふむ、話ならあとにしてくれ。ちょっと危ないから下がってろ」

 まずはこいつを捌かなきゃいかん。

 「シュシィイイイイ!」

 不気味な音を強めるゴーストの親玉ゴーストグランデ。

 俺は愛用の薄刃包丁を構える。
 刃渡り三十センチ。研ぎ澄まされた白刃が青白い光をギラリと放つ。


 「ふんっ! ――――――薄刃千枚おろし!!」


 薄刃包丁の光りが連続して舞う。
 一閃。二閃。三閃―――

 音はほとんど無く、ただその場の空気が切り離されたような斬撃がゴーストグランデに放たれる。
 包丁の切っ先が止まったとき、ゴーストグランデの巨体がスパーーっと空中分解して静かに崩れ落ちた。

 「……よし、一丁上がりっと」

 俺はゴーストグランデの残骸を見下ろし、包丁についた汚れを振り落とした。

 ああぁ……研ぎたての刃は違うな。今朝じっくりと研いだかいがある。

 「いやぁ、やっぱ包丁の切れ味は命だな」

 「切れ味!? ゴーストですよ!? 物理的に切るってどういうこと!?」 

 聖女さまが俺にグイグイ詰め寄って来て、包丁をまじまじと見た。

 「これって、聖属性が付与された包丁ですか? それとも神の祝福を受けた武具でしょうか?」 
 「いや、朝市で買ったやつだな」

 これは結構お買い得だったな。朝市は掘り出し物もあるし、けっこう好きだ。

 「ええぇ……そんな一般的なのでゴースト切れるんだ……」
 「いや、けっこういいやつだぞ。値は普通の包丁よりも倍はしたからな」

 「どのみち庶民の調理器具に変わりないですよ!?」

 ふたたび俺に詰め寄って来た聖女さま。
 だが、ハッと気付いたように顔を真っ赤に染め始めた。

 「あ、あの……助けて頂いたことを完全に忘れてました……包丁とかいろいろありすぎて……」

 「え? いや、まあ俺は獲物を頂いただけなんだが」

 「と、とにかく。ありがとうございました。ワタクシはロメリー、王国教会の聖女です」

 知ってる。だって自分の名前叫んでたからな。

 「俺はシゲル、料理人だ」
 「ほ、本当に……コックさんなんですね……」
 「そうだな。てなわけで、食材の回収にはいる」

 ロメリーがまだ少しばかり混乱している横で、俺は淡々と作業を開始する。
 半透明の霧みたいな残骸があたりに漂ってるが、あれは全部ただの抜け殻だ。

 俺のお目当ては殻じゃない。
 ガサガサとゴーストの残骸をいじっていると、緑の髪を震わせながらロメリーが恐る恐る聞いてきた。

 「えっと……それ、本当に食べるんですか?」
 「いや、ほとんどは食えん。スースーしててマズイ」

 「マズいって、一回は食べたんですね!?」

 「そりゃまあ、食材探しってのはそういうもんだ。当たりもあればハズレもある」
 「なんでそんな挑戦的なんですか……!」
 「そんなもん、まだ見ぬ食材ゲットして調理してみたいじゃないか」

 この異世界に来てからいろんなもん食ってきたけど、ゴースト系はほとんど食べられる部位がない。
 煮たり焼いたりしてみたが、なにやってもダメだった。
 だが、それらは俺自身が試した結果だからこそ納得する。決めつけはいかん。食える食えないは俺が判断するからな。

 「例えば、デュラハンとかも鎧の中に身が詰まってるんだぞ」

 「ひぃぃぃ! やめてくださいっ! カニの爪に身が詰まってるみたいな言い方しないでください!」

 「おお、カニか。ひさしく調理してないな。今度は海にでもいくかな」

 この異世界には前世には存在しなかったカニがいっぱいる。
 デカい奴もいれば、すごく硬いのもいる。調理は料理人の腕しだいだ。ヤバイ、ちょっと行きたくなってきた。

 ……おっと、話がそれた。

 その時、床に転がった何かが光った。拾い上げると、掌にすっぽり収まる小さな球体。
 透明で、ほんのり温かい。

 「よしよし、回収できたぞ」
 「え? な、なんですか、それ?」

 「ゴーストの核だ」
 「スライムの核なら知ってますけど……こんなの初めて見ました!」

 「そりゃそうだ。ゴーストは普通、聖属性の魔法で祓われるからな。そうすると核まで一緒に消えちまう。だが、切れば残る」

 「普通は包丁でゴーストを切れませんけどね……」

 俺は「核」を光に透かして眺めてみる。
 透き通った琥珀みたいな見た目だが、香りもなにもしない。
 「核」はエネルギーを凝縮した球体。いわばこのちっこい球でゴーストの存在を維持するためのエネルギーをだしているわけだ。
 こいつ自体が料理のメインになるわけじゃない。まあそれは帰ってからのお楽しみだな。
 俺は帰る前に、緑の髪を揺らしている美少女に聞いた。

 「どうする? ここで会ったのもなにかの縁だ。俺の食堂に寄ってくか?」

 「い、いえ……その……次の予定が……」

 そう言ってなにやら紙を取り出しウンウンうなりはじめた聖女。
 その内容を見て、俺は思わず声を上げた。

 「なんだこりゃ……年中仕事じゃねぇか」

 びっしりと詰めたられた予定。今日だけでもあと10件も討伐予定だと……。

 「し、仕方ないんです! 洞窟の封印が弱まってて……聖女であるワタクシが浄化しないと、魔物があふれ出ちゃうかもしれなくて……」

 「ふむ……」
 「な、なんですか? 人の顔をジロジロと」

 その綺麗な瞳の下にはうっすらと、いやはっきりとクマが見える。
 この子、顔立ちは整ってるのに、疲れが隠せてないせいで暗い影が差したような表情をしている。
 どう見ても「寝てない顔」だ。

 しかも、聖女なら普通は護衛騎士の数人ぐらいいるもんだが……それもなし。

 ふぅ……まるで前世の俺の顔を見てるようだ。

 しゃーない。

 「……おい、その今月の予定表の場所、全部「魔の洞窟」だな」
 「え? あ、はい。だからすぐに次の対象を討伐しないと」

 「わかった。ちょっと行ってくるから、お前はここで休んどけ」

 「え、えぇ!? ちょ、待って―――!」

 俺は包丁を握り直して、洞窟の奥へと駆け出した。



 ◇◇◇



 1時間後―――

 「よし、終わりだ」

 俺が戻ると、ロメリーがぽかんと口を開けていた。

 「これで当面は洞窟から魔物が出ることはないぞ」

 「えぇ!? マジで!? はっ、ワタクシなんて言葉使いを……じゃなくて本当ですか!?」

 「探知魔法使うぐらいの魔力は回復しただろ? 試してみろ」

 彼女は杖を両手で持ち、魔力を消費して洞窟一面に探知魔法を巡らせた。
 ほう、魔力の質が高い。さすが聖女、やっぱ凄いなこの子。

 「……なんもいない……フハぁ……ほんとに静か……」

 「だろ?」

 「すご……すごいです! じゃ、じゃあ次の仕事を教会に確認しに戻らないと―――」

 「おい」

 俺は彼女の額を指でコツンと叩いた。

 「なに言ってんだ。今月の予定表分は全部片付いたんだ。一ヶ月は休みだ」

 「や、休む? そんな……ワタクシが休んだら―――」

 「なんも変わらんぞ。世間はいつも通り回ってる」

 俺の言葉を聞いたその瞬間、ロメリーの表情がふっとゆるんだ。
 何かがほぐれたみたいに。

 「……そんなふうに言われたの、初めてです」

 「なら今日が最初の日だ。ほれ、うちの食堂に来い。今日はゴーストの核を使った新作を見せてやる。女子も大好きスイーツだ」

 「スイーツですか!?」

 今までで一番キラキラと瞳を輝かせるロメリー。

 俺は核をマジックサイドポーチに入れ、歩き出した。
 その後ろを、聖女ロメリーが静かに追ってくる。

 こうして、少し心を軽くしたワーカーホリック聖女は、甘い香りに誘われるようにド田舎食堂の扉をくぐるのであった。