朝の光が差し込むド田舎食堂。
山の稜線を染める薄金色の陽ざしが、窓越しに床板へ長い影を落としていた。
店の中はまだ少しひんやりとした空気が漂っている。
俺は鍋に火をかけつつ、焼き立てのパンを取り出す。
表の掃除を終えたコレットが、誰かと話しながら店内に入って来た。
「店長~~表の掃除終わりました~」
「おう、おつかれ。朝のまかない、もうすぐできるぞ」
「ふあぁあ~~シチューですかぁ~♪ あ、でもその前に接客しま~す」
ルンルンで、お冷を取りにいくコレット。
カウンターにトンと座る人影。
「ふぁあ……おはよう、シゲル。今日もいい匂いねぇ」
カウンターの椅子に座っているのは、女剣士レイナ。
赤い髪をざっくり結び、胸当てを軽く装備したまま。
寝起きのままなのか、目元には少し眠気の影がある。だが、その姿がこの食堂の朝の風景にはすっかり溶け込んでいた。
「おう、レイナ。今日も来たな。……とりあえず座ってろ、すぐに出す」
「言われなくても座ってるわよ。もうあたしにとっては朝の定位置ですもの」
こんなやり取りも、もはや毎朝の風景となりつつある。
俺は鍋を軽くあおり、スクランブルエッグを皿にのせる。さらに香ばしく焼けた厚切りベーコン、ちょっと焦げ目をつけたトースト、野菜のポトフ。
あとは、淹れたての香り高いコーヒーをそえて。
「うっし、ド田舎モーニングおまち!」
「ふあぁ……朝食セット。きょ、今日は厚切りのベーコンにパンかぁ~いただくわ」」
さきほどまで眠たそうな雰囲気は一変して、レイナは子どもみたいに瞳を輝かせフォークを手に取る。
そして一口食べた瞬間、幸せそうに頬をゆるませた。
「んん~~! やっぱりシゲルの朝ご飯が一番落ち着くわぁ!」
「ですよねぇ~やだぁ~ポトフが荒れた胃にしみますぅ~~♪」
隣にいるコレットもふはぁ~~とホッとしたような表情を見せてくる。
なぜゆえに胃が荒れているのかは知らんが。
まあ、ゆっくり食う朝飯ほど贅沢なもんはないわな。それを堪能してくれてるなら、作ったかいがあるってもんだ。
「美人剣士さんを担いで来た時はビックリしましたけど~レイナさんが常連になってくれて良かったですねぇ~店長」
「ちょっとコレット! もうその話は勘弁してよ」
「毎朝お店を掃除する意味ができて良かったですぅ~~♪」
コレットの揶揄いに顔を赤くする女剣士。
にしても、掃除は客の来る来ない関係なくやんなきゃダメだぞ。
「ふふ、コレットよ。ド田舎食堂は朝昼晩と客が入るようになったんだ。これからはそんな軽口を叩けなくなるかもしれんぞ」
「朝昼晩って。それ……あたしなんだけど! っていうか、ほぼ毎日あたししかいないんだが!?」
レイナが再び顔を赤くして抗議する。
「そうだったか?」
「そうだったかって……なんなら客があたしだけの日とかふつうにあるわよ!?」
「まあ、そんなに焦らなくていいんだ。多少の蓄えはあるしな」
「……シゲル、あなたのそののんきさは尊敬すべきか呆れるべきか……」
「それは同意見ですねレイナさん。今月の売上、ほぼレイナさんですからねぇ~」
レイナとコレットが額に手をあて嘆息する。
だが、2人ともすぐにまたポトフをすすりパンをかじると、頬をほころばせた。
「ま、いいわ。あたしは毎日おいしいご飯食べらることができるから」
モーニングを一通り食べ終えたレイナは、フォークを置いた。
そして少し真剣な顔つきになる。
「ああ、そうだ。シゲル、話があるの」
「ん?」
「今日からしばらく、顔を出せなくなるわ」
「そうか」
「えっ……そんな即答で受け入れないでよ……」
「いや、俺がどうこう口を出す話でもないだろ」
「……そうだけど……少しは寂しがるとかしてもいいのに」
そう言いつつも、レイナは苦笑して話を続けた。
「少しばかり王都に戻るわ。ギルドにドラゴン討伐の報告をしにいくつもりなの」
「ああ、あの山で狩ったやつか」
「そうそう。クエスト受注はしてなかったけど、ドラゴンは基本的に討伐対象よ。だから正式に報告することにしたわ」
なるほどな、ギルドに討伐報告が受け付けられればレイナの実績に追加される。
まあランクやら細かい事は知らんが。
「よし……ちょっと待ってろ」
俺は厨房へ引っ込んだ。
保存箱を取り出し、手早く調理をはじめる。
しばらくして、俺は包みを抱えて戻ってきた。
「ほら、これもってけ」
「……えっ、弁当!?」
レイナの赤い瞳が、がばっと輝く。
彼女が包みを開いた瞬間―――
「はわぁああ~~なによこれ! 美味しそうぅう!!」
ドラゴン肉のステーキを、甘辛いソースで絡めたもの。
ご飯の上に贅沢にのせ、彩りの野菜を添えてある。
ふたを開けた途端に立ちのぼる香りに、レイナは完全にノックアウトされたようだ。
「これ、絶対移動中に最高のやつじゃない! あぁ~~ありがとうシゲルぅう!」
「ふはぁああ……て、店長ぅ……はぅはぅ(じゅるり)」
レイナの隣でハァハァと興奮気味のコレットには「昼にはつくってやる」となだめる。
「あと味は落ちるが冷凍のもある。食べたいときに解凍して食え」
「ええぇ、そんな便利なことまで……! さすがシゲルね!」
彼女の喜びように、俺は満足しつつ冷凍された弁当をいくつか彼女に渡した。レイナもそこそこ性能の良いマジックバックは持っているので、これぐらいの量なら入るだろう。
おっと、忘れるところだった。
「あとな。これももってけ」
「あら、これはなにかしら?」
「スモークジャーキーだ」
「ええっ……! 干し肉ね!」
俺はうなずく。
干し肉はこの異世界での定番。長期保存が可能で、冒険者が旅の道中でかじる旅のお供だ。
だが、俺が作るのは一味違う。
「これはな、ジャイアントトレントの炭でいぶした、ドラゴン肉のスモークジャーキーだ」
「……なにその豪華すぎる響き!」
レイナは目を白黒させつつ、一切れかじった。
瞬間―――
「う、うま……! なによこれ、肉の旨味が凝縮してるのに、炭の香りがふわって広がって……! 干し肉の域を超えてるわよ!?」
「持ち運びやすいし、すぐ食べられてエネルギーになる」
「……いや、これ……王都で広まったら絶対大評判になるわよ」
レイナは口に含んだスモークジャーキーをごくりと飲み込むと、名残惜しそうに残りのジャーキーを包みに戻す。
「て、店ちょうぅうう……じゃ~き、じゃ~き(じゅるり)」
「わかったわかった、コレットの分もあるから安心しろ」
「やた~~店長大好きぃ~~♪」
小躍りするコレットに微笑みつつも、レイナが重そうなバックパックを背負った。
「ありがとうシゲル。ほんと、食べ物のことではあんたにかなわないわ」
「まあ気にするな。俺は誰かに食べてもらうのが好きなんだ」
レイナは肩をすくめながらも、笑顔だった。
その笑みの奥に、少しの名残惜しさも混じっているようだ。
「じゃ、あたしは王都へ行ってくる。また戻ってくるわ」
「気をつけて行ってこい」
「レイナさ~~ん、お土産よろしくですぅ~~」
彼女は軽く手を振り、背を向ける。
腰に剣を提げ、相棒である白銀のシルバードレスをまとい、食堂から一歩踏み出す。
こうしてレイナは、王都へと旅立っていった。
王都に持ち込まれたドラゴンステーキ弁当とドラゴンスモークジャーキー。
シゲルの伺い知れないところで、「ド田舎食堂」の噂はじわじわと広がっていくことになる。
そしてそのきっかけを運んでいくのは、他ならぬレイナなのだった。
山の稜線を染める薄金色の陽ざしが、窓越しに床板へ長い影を落としていた。
店の中はまだ少しひんやりとした空気が漂っている。
俺は鍋に火をかけつつ、焼き立てのパンを取り出す。
表の掃除を終えたコレットが、誰かと話しながら店内に入って来た。
「店長~~表の掃除終わりました~」
「おう、おつかれ。朝のまかない、もうすぐできるぞ」
「ふあぁあ~~シチューですかぁ~♪ あ、でもその前に接客しま~す」
ルンルンで、お冷を取りにいくコレット。
カウンターにトンと座る人影。
「ふぁあ……おはよう、シゲル。今日もいい匂いねぇ」
カウンターの椅子に座っているのは、女剣士レイナ。
赤い髪をざっくり結び、胸当てを軽く装備したまま。
寝起きのままなのか、目元には少し眠気の影がある。だが、その姿がこの食堂の朝の風景にはすっかり溶け込んでいた。
「おう、レイナ。今日も来たな。……とりあえず座ってろ、すぐに出す」
「言われなくても座ってるわよ。もうあたしにとっては朝の定位置ですもの」
こんなやり取りも、もはや毎朝の風景となりつつある。
俺は鍋を軽くあおり、スクランブルエッグを皿にのせる。さらに香ばしく焼けた厚切りベーコン、ちょっと焦げ目をつけたトースト、野菜のポトフ。
あとは、淹れたての香り高いコーヒーをそえて。
「うっし、ド田舎モーニングおまち!」
「ふあぁ……朝食セット。きょ、今日は厚切りのベーコンにパンかぁ~いただくわ」」
さきほどまで眠たそうな雰囲気は一変して、レイナは子どもみたいに瞳を輝かせフォークを手に取る。
そして一口食べた瞬間、幸せそうに頬をゆるませた。
「んん~~! やっぱりシゲルの朝ご飯が一番落ち着くわぁ!」
「ですよねぇ~やだぁ~ポトフが荒れた胃にしみますぅ~~♪」
隣にいるコレットもふはぁ~~とホッとしたような表情を見せてくる。
なぜゆえに胃が荒れているのかは知らんが。
まあ、ゆっくり食う朝飯ほど贅沢なもんはないわな。それを堪能してくれてるなら、作ったかいがあるってもんだ。
「美人剣士さんを担いで来た時はビックリしましたけど~レイナさんが常連になってくれて良かったですねぇ~店長」
「ちょっとコレット! もうその話は勘弁してよ」
「毎朝お店を掃除する意味ができて良かったですぅ~~♪」
コレットの揶揄いに顔を赤くする女剣士。
にしても、掃除は客の来る来ない関係なくやんなきゃダメだぞ。
「ふふ、コレットよ。ド田舎食堂は朝昼晩と客が入るようになったんだ。これからはそんな軽口を叩けなくなるかもしれんぞ」
「朝昼晩って。それ……あたしなんだけど! っていうか、ほぼ毎日あたししかいないんだが!?」
レイナが再び顔を赤くして抗議する。
「そうだったか?」
「そうだったかって……なんなら客があたしだけの日とかふつうにあるわよ!?」
「まあ、そんなに焦らなくていいんだ。多少の蓄えはあるしな」
「……シゲル、あなたのそののんきさは尊敬すべきか呆れるべきか……」
「それは同意見ですねレイナさん。今月の売上、ほぼレイナさんですからねぇ~」
レイナとコレットが額に手をあて嘆息する。
だが、2人ともすぐにまたポトフをすすりパンをかじると、頬をほころばせた。
「ま、いいわ。あたしは毎日おいしいご飯食べらることができるから」
モーニングを一通り食べ終えたレイナは、フォークを置いた。
そして少し真剣な顔つきになる。
「ああ、そうだ。シゲル、話があるの」
「ん?」
「今日からしばらく、顔を出せなくなるわ」
「そうか」
「えっ……そんな即答で受け入れないでよ……」
「いや、俺がどうこう口を出す話でもないだろ」
「……そうだけど……少しは寂しがるとかしてもいいのに」
そう言いつつも、レイナは苦笑して話を続けた。
「少しばかり王都に戻るわ。ギルドにドラゴン討伐の報告をしにいくつもりなの」
「ああ、あの山で狩ったやつか」
「そうそう。クエスト受注はしてなかったけど、ドラゴンは基本的に討伐対象よ。だから正式に報告することにしたわ」
なるほどな、ギルドに討伐報告が受け付けられればレイナの実績に追加される。
まあランクやら細かい事は知らんが。
「よし……ちょっと待ってろ」
俺は厨房へ引っ込んだ。
保存箱を取り出し、手早く調理をはじめる。
しばらくして、俺は包みを抱えて戻ってきた。
「ほら、これもってけ」
「……えっ、弁当!?」
レイナの赤い瞳が、がばっと輝く。
彼女が包みを開いた瞬間―――
「はわぁああ~~なによこれ! 美味しそうぅう!!」
ドラゴン肉のステーキを、甘辛いソースで絡めたもの。
ご飯の上に贅沢にのせ、彩りの野菜を添えてある。
ふたを開けた途端に立ちのぼる香りに、レイナは完全にノックアウトされたようだ。
「これ、絶対移動中に最高のやつじゃない! あぁ~~ありがとうシゲルぅう!」
「ふはぁああ……て、店長ぅ……はぅはぅ(じゅるり)」
レイナの隣でハァハァと興奮気味のコレットには「昼にはつくってやる」となだめる。
「あと味は落ちるが冷凍のもある。食べたいときに解凍して食え」
「ええぇ、そんな便利なことまで……! さすがシゲルね!」
彼女の喜びように、俺は満足しつつ冷凍された弁当をいくつか彼女に渡した。レイナもそこそこ性能の良いマジックバックは持っているので、これぐらいの量なら入るだろう。
おっと、忘れるところだった。
「あとな。これももってけ」
「あら、これはなにかしら?」
「スモークジャーキーだ」
「ええっ……! 干し肉ね!」
俺はうなずく。
干し肉はこの異世界での定番。長期保存が可能で、冒険者が旅の道中でかじる旅のお供だ。
だが、俺が作るのは一味違う。
「これはな、ジャイアントトレントの炭でいぶした、ドラゴン肉のスモークジャーキーだ」
「……なにその豪華すぎる響き!」
レイナは目を白黒させつつ、一切れかじった。
瞬間―――
「う、うま……! なによこれ、肉の旨味が凝縮してるのに、炭の香りがふわって広がって……! 干し肉の域を超えてるわよ!?」
「持ち運びやすいし、すぐ食べられてエネルギーになる」
「……いや、これ……王都で広まったら絶対大評判になるわよ」
レイナは口に含んだスモークジャーキーをごくりと飲み込むと、名残惜しそうに残りのジャーキーを包みに戻す。
「て、店ちょうぅうう……じゃ~き、じゃ~き(じゅるり)」
「わかったわかった、コレットの分もあるから安心しろ」
「やた~~店長大好きぃ~~♪」
小躍りするコレットに微笑みつつも、レイナが重そうなバックパックを背負った。
「ありがとうシゲル。ほんと、食べ物のことではあんたにかなわないわ」
「まあ気にするな。俺は誰かに食べてもらうのが好きなんだ」
レイナは肩をすくめながらも、笑顔だった。
その笑みの奥に、少しの名残惜しさも混じっているようだ。
「じゃ、あたしは王都へ行ってくる。また戻ってくるわ」
「気をつけて行ってこい」
「レイナさ~~ん、お土産よろしくですぅ~~」
彼女は軽く手を振り、背を向ける。
腰に剣を提げ、相棒である白銀のシルバードレスをまとい、食堂から一歩踏み出す。
こうしてレイナは、王都へと旅立っていった。
王都に持ち込まれたドラゴンステーキ弁当とドラゴンスモークジャーキー。
シゲルの伺い知れないところで、「ド田舎食堂」の噂はじわじわと広がっていくことになる。
そしてそのきっかけを運んでいくのは、他ならぬレイナなのだった。

