料理バカおっさんの転生ド田舎食堂物語。前世で散々こき使われたので、今度こそ好きなことしかしないと夢中で飯を作っていたら、S級美人冒険者や聖女が常連になっていた~なお、知らぬ間に包丁一振りで世界最強~

 ◇女神視点◇


 下界にあるド田舎食堂。その店内の片隅にひっそりと佇む神棚。
 毎日のように供えられるのは、湯気の立つ肉料理や香ばしい焼き魚。田舎に似つかわしくないほど豪快かつ繊細で、しかも一流の味わいを放つそれらは……日々神の仕事に追われる私にとって、心休まるご褒美タイム、密かな楽しみだった。

 「うんまあぁああ~このステーキ最高だわぁ~~!」

 今日もまた神棚の奥。その先に通じる神の領域で、私は口いっぱいにステーキを頬張っていた。
 肉汁がじゅわっと広がり、炭火焼特有のかおりが鼻を抜けた。もはやこれはお供え物のレベルをはるかに超えている。

 私は女神グラティア。
 異世界に転生したシゲル君の担当女神だ。

 「ちょっと! あんたばっかり食べてずるいわよ!」

 横からひょいと手が伸びる。現れたのは私の親友にして腐れ縁、女神アスタ。長い髪を揺らし、むすっとした顔で私からステーキを強奪する。
 なにかと文句を言いながらも、たまにこうして遊びに来てくれる。

 「……って、うまぁ~~!」

 「ね、言ったでしょ! 今回のステーキは特に最高なのよ……って食べすぎだからっ! 私の分なくなっちゃう~~」

 二人してステーキを奪い合い、気付けば皿はあっという間に最後の一切れに。
 女神が二人で「むむむ……」と声を揃えて双方皿を睨む様は、神々しさとは程遠い。ただの食いしん坊だった。

 そんな皿を挟んでの膠着状態で、アスタが呟いた。

 「ねえ、この料理人の子。あなたの担当転生者なのよね?」
 「そうそう。シゲル君。ちょっと前……たしか30年くらい前に送り出したのよね」

 私たち女神に寿命などはない。生まれた瞬間から悠久の時を生きる存在。だから30数年なんて、ほんのわずかな時間でしかない。

 「で、どんなスキルを授けたの?」
 「とくにこれと言ったスキルはないのよね。本人が「いらない」って言ったのよ」
 「はぁ!? そんなの初めて聞いたわよ!」

 女神アスタが目を丸くする。その気持ちは私も分かる。転生者といえば、だいたい「魔王を一撃で倒せるチート能力を」とか「モテモテハーレムを」とか「ダラダラスローライフできる特殊能力を」とか、なにかしら欲しがるものだ。
 幾多の転生者を送り出し、いまも途方もない人数を担当している私やアスタにとっては当然ながらの感覚だ。

 けれどシゲル君は違った。

 ただ一言、「料理がしたい」だけだった。

 「まあ最近は魔王討伐する世界とかも減ってるし、そういう子もたまにはいるし」
 「でもチートなしで異世界行きなんて、ただの無謀じゃないの?」
 「でしょ? でもあの子、ほんとに料理にしか興味なくて。しかも自分の力でやりたい系」
 「……くせ者ねぇ」
 「でも、良心的ではあるわ。魂もキレイだったし」

 そんな会話をしていたら、ふと目の前のステーキに違和感を覚えた。
 じっと肉を見つめて、私は眉をひそめる。

 あまりに美味しくて、気付くのが遅くなったけど……

 「ねぇアスタ……このステーキって、ドラゴン肉じゃない?」
 「え!? 嘘でしょ? ドラゴンの肉なんて、普通の料理人が扱えるわけ……」

 ―――ぱくっ。

 「うまぁ~~~!」

 「ちょっとグラティア、なんで食べちゃったの!? 最後のひときれぇ!」
 「だって担当女神として確認しないと。うまっ……モグモグ。やっぱりドラゴン肉だわこれ」
 「……とか何とか言って! 食べたかっただけでしょ!」

 アスタは半ば呆れながらも、怒りを抑えるように眉をきゅっと寄せた。
 ぐっと息を吐き、表情を引き締めて真面目な顔を作り言葉を紡ぐ。

 「スキルもなにもないただの料理人が、ドラゴンの肉をどうやって手に入れたのかしら?」
 「ええ? どっかで買ってきたんでしょ。モグモグうまぁ~」
 「あんたあの子のご飯にしか興味ないの!?」

 まあたしかにアスタの疑問はその通りかもしれない。シゲル君が転生した世界ではドラゴンの肉は滅多に出回らない。神棚からたま~に店内見てるけどそこまで潤っているようにも見えないし。ていうかほとんどお客はいない気がする。

 でも、買わなきゃどうやって手に入れてるの?

 「グラティア……あんたまさか、転生させてから一度も確認してないとかは流石にないわよね?」

 ムムムと首をひねる私に気付いたアスタが口を尖らせる。

 「い、いやいや……ちゃんと見守ってますよ~~担当女神として(ギク)」
 「いま、ギクッって聞こえた気がするけど……ちょっと下界をのぞいてみなさいよ」

 シゲル君の料理はいつも食べてるけど。下界で彼の様子をちゃんと見たことはなかったわね。
 毎回彼のご飯が美味しすぎて、ついつい忘れちゃうのよ。

 「じゃ、だしま~す」

 私の声とともに、水面のように視界が波打った。そこから、まるで覗き窓のように下界の映像が浮かび上がる。

 あ~~いたいた~シゲル君……よかった、ちゃんと元気そう――――――って!!

 「はいぃぃ!! ドラゴンぶつ切りにしたぁああ!」

 「いやこれ、包丁なんだけど!?」

 一瞬、目を疑った。
 そこにいたのは、伝説の聖剣ではなく無骨な包丁を振り回し、巨大なドラゴンを真正面からぶった切るシゲル君の姿だった。
 まるで大根でも刻むかのような手際で、ドラゴンの巨体をぶつ切りしていく。

 「…………」
 「…………」

 私たちは二人して、固まった。

 「……え、これドラゴン狩ってるぅううう!? 買ってきたんじゃなくて!?」
 「な、なにこれ、どうなってんの!?」

 神域に女神の叫びがこだました。