料理バカおっさんの転生ド田舎食堂物語。前世で散々こき使われたので、今度こそ好きなことしかしないと夢中で飯を作っていたら、S級美人冒険者や聖女が常連になっていた~なお、知らぬ間に包丁一振りで世界最強~

 「ふぅ……美味しかったわ」
 「ふはぁ、もう幸せしかないですぅ~」

 食後の満足そうな吐息が、ド田舎食堂に静かに響いた。
 女剣士レイナの大きな鉄板皿の上には、少しの肉片も残っていない。向かいのコレットも、口の端にソースをつけながら「はふぅ」と頬をほころばせている。

 「やっぱりドラゴン肉は違いますね! おなかの奥からポカポカしてきます!」

 「ふふ、ほんとね。力がみなぎる感じがするわ」

 二人が幸せそうに目を細めるのを見て、俺は胸の奥がじんわり熱くなる。
 これだから料理はやめられんのだ。どんな大層な冒険よりも、こうして目の前で「美味しい」と笑ってもらえる瞬間のほうが、ずっと心に響く。

 ……と、その時。レイナが不意に真面目な顔になり、俺の方へ視線を向けてきた。

 「ねぇ、シゲル。料理人って、みんなあんたみたいな人たちなの?」

 「ん? どうしたんだ急に」

 「だって、あたし……シゲルのご飯を食べるようになるまで、料理人って職業について深く考えたことなんてなかったから。こだわりの食材を用意して、調理にもこだわって。そういう人たちが料理人になるのかなって」

 俺はまな板を洗う手を止める。

 「それは人それぞれだな」

 「人それぞれ?」

 「ああ。俺の料理だって、一言でまとめられるもんじゃない。……冒険者やってた頃、いろんな国や街に行った。そこには本当にいろんな料理人がいたよ」

 俺はどちらかというと、調理へのこだわりが強いタイプ。むろん料理人ならば調理へのこだわりはみなあるだろうが、そこへ注ぐ熱量は違う。あとは食材はけっこう自分で獲りに行くことが多いか。
 だが全ての料理人がそうではない。

 「市場の片隅で小さな屋台を構え、毎日同じ料理を黙々と作る老人。客と軽口を叩きながら、料理そっちのけで笑わせ続ける陽気な店主。効率だけを追い求め、同じ味を安定して提供するために機械のように動く職人。
 そして、自分の店舗数を国中に広めることに命をかけるやつや、のんびりダラダラやりたいやつ」

 そんなもんは、人によって違う。

 「俺はどちらかというと、調理にこだわりを持つタイプだ。けどな、それがすべてじゃない」

 「そう……なのね」

 そう、正解なんてものはない。

 「大事なのは自分でやりたいことを決めて、それをとことん楽しむ。それだけだ」

 レイナはしばし沈黙し、まっすぐ俺を見つめた。
 その燃えるような赤い瞳は、さっきまでステーキを堪能していた少女のものではなく、戦場で剣を振るう女剣士のものだ。決意を帯びた強い光が宿っている。

 「シゲル、あたし……目標を立てたの」

 「ほう、聞かせてくれ」


 「――――――レッドドラゴンの討伐よ」


 俺と出会った時にレイナが達成できなかったクエストか……

 「なるほど、再び挑戦するってわけだな」

 「ええ、そうよ。で、討伐した後はギルドには持っていかない。ここに来るわ」

 レイナは少しだけ照れたように唇を結び、言い切った。

 「シゲルにカツ丼を作ってもらうの。今度はあたしが狩った食材でね。もう一度、あの味を食べたいから」

 「ふっ……なるほど」

 俺は不意に笑ってしまった。
 レイナはずっと、自分が何をしたいのかを探していたようだ。誰も寄せ付けず、ただがむしゃらにソロで戦い続けてきた彼女にとって、それは難しい問いだったのだろう。けど今、ようやく一歩を踏み出したらしい。

 「自分の好きなことを探し始めたんだな」

 「ええ」

 「まあ、焦らずいけよ。一足飛びに答えなんて出ない。ひたすら続けて、試していくしかないんだ。料理と同じでな」

 俺の言葉に、レイナの燃えるような赤い瞳が、いくぶんかおだやかになる
 その顔はどこか安心したように見えた。

 「ただな。本当に嫌になったなら、続けなくてもいい」
 「……そ、そうなのか」

 レイナが少し驚いた顔を見せる。
 そう。それで前世の俺は辛い目にあった。すごく後悔したんだよ。あのブラック店をもっと早く辞めて、好きなことに挑戦すればよかったって。失敗したらまた次を探せばいいのだから。

 苦い記憶がチクっと俺の胸を刺す。
 けれど、それを今こうして別の奴に口にできること自体が、少し救いでもあった。


 「ようはな―――最終的に楽しみ尽くしたやつの勝ちだ」


 俺はそう締めくくり、二人に笑ってみせた。
 レイナもコレットも、顔を見合わせてからくすっと笑う。

 「あとしんどい時は休めよ。無理して壊れたら元も子もない」

 「……ええ、もちろんよ」

 レイナは静かにうなずき、少しだけ肩の力を抜いたようだった。
 そうだ、それでいい。何もかも一度に答えを出す必要なんてない。

 「さてと……話はここまでだ。ドラゴン肉はまだ残ってるし、当面いろいろ作れそうだぞ」

 「店長! 私はシチューを所望します!」とコレットが元気よく手をあげ。
 「楽しみにしてるわ」とレイナが笑う。

 今後のメニューについてあーだこーだと談笑をはじめたコレットとレイナ。

 やれやれ。
 俺の今いちばんの楽しみは、この食いしん坊たちに飯を食わせてやることらしい。

 そんな2人を見ながら片付けを進めていると。

 ―――カタカタ

 神棚が鳴っていた。

 おっと、遅くなって悪かった。ちゃんと女神さまの分もあるぜ。
 ほら、焼きたてのドラゴンステーキ……

 ―――シュン!

 神棚に置く前に消えたんだが!?

 よっぽど食いたかったのかよ。
 元気にしてるかな? ま、神なんだから元気もクソもないか。

 まあ、あの女神さまの美味そうに食う顔は忘れたことはないけどな。