ロイドが店を去ったあと。
しばらく私はその場に立ったままだった。
夕方の風が静かに通りを吹き抜けていく。
「……大丈夫か」
隣でレオンハルトが静かに声をかけた。
私は小さくうなずく。
「はい」
本当に不思議だった。
ロイドと会ったのに、心は驚くほど落ち着いている。
以前なら、きっと泣いていた。
公爵家にいた頃の私は、いつもロイドの顔色をうかがっていた。
嫌われないように。
迷惑をかけないように。
そう思って、必死だった。
でも今は違う。
私は静かに言った。
「もう迷っていません」
レオンハルトは少し驚いたように私を見る。
「迷い?」
「はい」
私は空を見上げた。
夕焼けが町を優しく染めている。
「三年前、私は結婚しました」
政略結婚だったけれど、それでも努力しようと思っていた。
妻として役に立てるように。
公爵家のために働こうと。
「でも……私は一度も必要とされませんでした」
レオンハルトは何も言わず、静かに聞いていた。
「だから、ずっと思っていたんです」
私は小さく笑う。
「私は誰にも必要とされない人間なのかもしれないって」
そのときだった。
「そんなことはない」
レオンハルトがはっきり言った。
私は驚いて彼を見る。
「君が来てから、この店は変わった」
彼はゆっくり続ける。
「帳簿は整理され、客も増えた。店の雰囲気も明るくなった」
そして少しだけ優しく笑った。
「私自身も、変わったと思う」
胸がどきりとする。
「君は必要な人だ」
まっすぐな言葉だった。
「少なくとも、私はそう思っている」
今まで誰にも言われたことのない言葉だった。
胸の奥が温かくなる。
「エレノア」
レオンハルトは私の名前を呼ぶ。
その声は、いつもより少しだけ真剣だった。
「君といる時間が好きだ」
風が静かに吹く。
「君の考え方も、努力するところも、優しいところも」
彼はゆっくり言う。
「私は全部、尊敬している」
思わず目を見開く。
こんなふうに言われたのは初めてだった。
レオンハルトは少しだけ照れたように視線をそらした。
そして、もう一度私を見る。
「エレノア」
「はい」
「私の隣にいてくれないか」
胸が大きく揺れる。
「仕事の仲間としてではなく」
彼は続けた。
「人生を共に歩む相手として」
私はしばらく言葉を失った。
三年前。
私は愛されない結婚をした。
けれど今は違う。
目の前の人は、私をきちんと見てくれている。
必要だと言ってくれている。
私はゆっくり息を吸った。
そして答える。
「……はい」
レオンハルトの瞳が少しだけ柔らかくなる。
「ありがとうございます」
「いや」
彼は小さく笑った。
「礼を言うのは私の方だ」
夕焼けの中、私たちは並んで歩き始めた。
それから数か月後。
私はレオンハルトと結婚した。
店は少しずつ大きくなり、仕事も増えていった。
忙しい毎日だけれど、不思議と疲れは感じない。
隣には、支え合える人がいるから。
そして遠くで――
ロイドはようやく気づいた。
自分がどれほど大切な人を手放したのかを。
だが、もう遅い。
私はもう、公爵家で冷遇されていた妻ではない。
自分の人生を、自分で選び取ったのだから。
これが――
私の、新しい幸せの物語。
しばらく私はその場に立ったままだった。
夕方の風が静かに通りを吹き抜けていく。
「……大丈夫か」
隣でレオンハルトが静かに声をかけた。
私は小さくうなずく。
「はい」
本当に不思議だった。
ロイドと会ったのに、心は驚くほど落ち着いている。
以前なら、きっと泣いていた。
公爵家にいた頃の私は、いつもロイドの顔色をうかがっていた。
嫌われないように。
迷惑をかけないように。
そう思って、必死だった。
でも今は違う。
私は静かに言った。
「もう迷っていません」
レオンハルトは少し驚いたように私を見る。
「迷い?」
「はい」
私は空を見上げた。
夕焼けが町を優しく染めている。
「三年前、私は結婚しました」
政略結婚だったけれど、それでも努力しようと思っていた。
妻として役に立てるように。
公爵家のために働こうと。
「でも……私は一度も必要とされませんでした」
レオンハルトは何も言わず、静かに聞いていた。
「だから、ずっと思っていたんです」
私は小さく笑う。
「私は誰にも必要とされない人間なのかもしれないって」
そのときだった。
「そんなことはない」
レオンハルトがはっきり言った。
私は驚いて彼を見る。
「君が来てから、この店は変わった」
彼はゆっくり続ける。
「帳簿は整理され、客も増えた。店の雰囲気も明るくなった」
そして少しだけ優しく笑った。
「私自身も、変わったと思う」
胸がどきりとする。
「君は必要な人だ」
まっすぐな言葉だった。
「少なくとも、私はそう思っている」
今まで誰にも言われたことのない言葉だった。
胸の奥が温かくなる。
「エレノア」
レオンハルトは私の名前を呼ぶ。
その声は、いつもより少しだけ真剣だった。
「君といる時間が好きだ」
風が静かに吹く。
「君の考え方も、努力するところも、優しいところも」
彼はゆっくり言う。
「私は全部、尊敬している」
思わず目を見開く。
こんなふうに言われたのは初めてだった。
レオンハルトは少しだけ照れたように視線をそらした。
そして、もう一度私を見る。
「エレノア」
「はい」
「私の隣にいてくれないか」
胸が大きく揺れる。
「仕事の仲間としてではなく」
彼は続けた。
「人生を共に歩む相手として」
私はしばらく言葉を失った。
三年前。
私は愛されない結婚をした。
けれど今は違う。
目の前の人は、私をきちんと見てくれている。
必要だと言ってくれている。
私はゆっくり息を吸った。
そして答える。
「……はい」
レオンハルトの瞳が少しだけ柔らかくなる。
「ありがとうございます」
「いや」
彼は小さく笑った。
「礼を言うのは私の方だ」
夕焼けの中、私たちは並んで歩き始めた。
それから数か月後。
私はレオンハルトと結婚した。
店は少しずつ大きくなり、仕事も増えていった。
忙しい毎日だけれど、不思議と疲れは感じない。
隣には、支え合える人がいるから。
そして遠くで――
ロイドはようやく気づいた。
自分がどれほど大切な人を手放したのかを。
だが、もう遅い。
私はもう、公爵家で冷遇されていた妻ではない。
自分の人生を、自分で選び取ったのだから。
これが――
私の、新しい幸せの物語。

