「君はいらない」と言われたので出て行きました。今さら後悔してももう遅いです

公爵家を出てから三日後。

私は小さな町に来ていた。

王都から少し離れたこの町は、静かで穏やかな場所だった。

「ここなら……新しく始められるかもしれない」

小さくつぶやく。

三年間過ごした公爵家を離れたのに、不思議と心は軽かった。

悲しみよりも、どこか解放されたような気持ちの方が強い。

私は町の通りを歩きながら、仕事を探していた。

屋敷の管理、帳簿の整理、使用人の指導。

公爵家でやってきたことは多い。

きっと何かできるはずだ。

そのときだった。

「危ない!」

声が聞こえた瞬間、横から何かがぶつかってきた。

「きゃっ……!」

私は思わずよろめく。

慌てて体を支えたのは、背の高い男性だった。

「失礼」

低く落ち着いた声。

顔を上げると、そこには見覚えのない男性が立っていた。

黒い髪に、鋭い灰色の瞳。

どこか冷たい雰囲気をまとっている。

周囲の人たちがざわついた。

「……あの方は」

「氷の公爵様だ」

小さな声が聞こえる。

氷の公爵。

その呼び名は私も聞いたことがあった。

冷酷で感情を見せない貴族。
誰にも心を許さないと言われている人物。

彼――レオンハルトは、私をじっと見ていた。

「怪我はないか」

「は、はい……大丈夫です」

私がそう答えると、彼は少しだけ眉を動かした。

そしてふと、私の持っていた紙袋を見た。

中には帳簿の本や筆記具が入っている。

「……帳簿か」

「え?」

「君は、会計の仕事をしているのか」

突然の質問に少し驚く。

「いえ……以前、屋敷の管理をしていました」

レオンハルトはしばらく黙っていた。

そしてぽつりと言う。

「ちょうど人を探していた」

「……?」

「私の店の帳簿がひどい状態でな」

彼は真っ直ぐ私を見る。

「手伝う気はあるか」

思いがけない言葉だった。

仕事を探していた私にとって、それは大きなチャンスだった。

けれど同時に少し迷う。

噂では冷酷な人物だと言われているからだ。

それでも――

「……はい」

私は答えた。

「やらせてください」

その瞬間。

レオンハルトはほんの少しだけ、口元を緩めた。

それは一瞬だったけれど、確かに笑ったように見えた。

こうして私は、氷の公爵と呼ばれる彼と出会った。

そしてそれが――

私の運命を大きく変える出会いになるとは、
このときまだ知らなかった。