「君はいらない」と言われたので出て行きました。今さら後悔してももう遅いです

静かな食堂に、食器の触れ合う小さな音だけが響いていた。

長いテーブルの上には、きれいに並べられた料理。
けれどその席に座っているのは、私一人だけだった。

「奥様、本日は……お誕生日、おめでとうございます」

遠慮がちにそう言ったメイドは、すぐに頭を下げた。

「ありがとう」

私は微笑んだが、胸の奥は少しだけ空っぽだった。

今日は私の誕生日。
けれど、この屋敷でそれを覚えている人はほとんどいない。

三年前、私はこの公爵家に嫁いだ。
政略結婚だった。

夫であるロイド様とは、ほとんど会話をしたことがない。

屋敷の管理も、帳簿も、使用人の調整も。
すべて私がやってきた。

それでも――

妻として必要とされたことは、一度もなかった。

そのときだった。

重い扉が開く音がした。

「……ロイド様?」

驚きで思わず立ち上がる。

食堂に姿を現したのは、夫だった。

整った顔立ちに、冷たい金色の瞳。
久しぶりに見る姿だった。

ロイド様はゆっくりとこちらへ歩いてくる。

そして、私を見て言った。

「話がある」

その声には感情がほとんどなかった。

胸が小さく痛む。

「……なんでしょう」

少しの沈黙のあと、彼は言った。

「君とは離縁する」

あまりにも簡単な言葉だった。

私は一瞬、何も言えなかった。

けれど不思議と涙は出なかった。

この言葉を、どこかで予想していたのかもしれない。

ロイド様は続ける。

「君はいらない」

胸の奥が、静かに冷えていく。

私はゆっくり息を吸い、そして答えた。

「……わかりました」

その一言で、三年間の結婚生活は終わった。

私は椅子から立ち上がる。

「明日には、この屋敷を出ていきます」

ロイド様は少し驚いたようだった。

けれど何も言わなかった。

私は最後に一度だけ食堂を見回す。

広い部屋。
長いテーブル。
いつも一人で食べていた食事。

もう、ここに戻ることはない。

静かに扉へ向かう。

そして心の中で思った。

――これで、やっと終わった。

私は公爵夫人ではなくなる。

でもきっと、それでいい。

本当の人生は、これから始まるのだから。