春、君が消えて、アイツに惹かれた


 自分の部屋から出てダイニングに行くと、父さんが競馬を見ている。馬がものすごいスピードで走っている。

「ふあ。おはよ」

「おはよ。寝ぐせがすごいわよ。顔洗ってきたら?」
 
 キッチンにいた母さんが俺を見て笑う。え? そんなにできてる?

 慌てて洗面所に行って鏡を見る。髪があちこちにはねていて、外はねや内巻きになっている。

「わわっ」

 顔を洗って、髪を軽く濡らしてブラシで整えてから、ダイニングに戻る。キッチンからむわっと臭い匂いがする。何かと思ったら、父さんが納豆を混ぜている。

「留喜食べるか?」

「えー嫌だ。くさい」

 思わず顔をしかめる。

「キムチと混ぜて食べたら美味しいのに」

 父さんの隣にいた、母さんが呟く。
 そうかなあ。納豆は好きじゃないんだよな。

「母さん、ウインナー焼いてみてもいい?」

「いいけど、大丈夫?」

「わかんない」
 
 作り笑いをして、冷蔵庫からウインナーが入った袋を取る。袋を開けて、まな板の上にウインナーを出す。

 包丁を持った瞬間、手が震えた。

 それでも掴んで、ウインナーに包丁を当ててみる。切り込みが入った。でも震えは治まらない。

「留喜、お母さんが焼こっか」

「あ。ごめん、見てて危なっかしいか」

「うん、そうね。怪我するといけないから」

 そっと包丁を持たれた。思わず下を向いてしまう。できると思ったのに。母さんは油を引いたフライパンにウインナーを入れる。

「俺、ダイニングいるね」

「あ、留喜、塩コショウふってくれる?」

「うん!」

 勢いよく頷いて、塩コショウを取ってふたを開ける。

 やっぱりまだ、切ったり炒めたりは難しいか。

 塩コショウをふると、フライパンからぱちぱちと音がする。美味しそうなコショウの匂いが漂ってくる。

 早く食べたいな。

 また怒られるといけないから、つまみ食いしたいのをぐっとこらえて、焼けるのを待つ。

 スーツケースを自分の部屋に持っていて、タンスに服を突っ込んで、教科書を机の上に置く。勉強はした方がいいのかな。宿題は別に出されていないけれど。国語の教科書くらいは読んでおくか。

 そういえば、奏って勉強嫌いじゃなかったか? 小テストがあったら困っているかも。

 補習にならないように、念でも送っておこうかな。意味ないと思うけど。