春、君が消えて、アイツに惹かれた

 
 家に着いた。

「ただいまー」

「お帰り、留喜!」

 玄関のドアを開ける。その途端、母さんに抱き着かれた。意外と力が強くて痛い。

「か、母さん離して」

「離さない! 久しぶりね、本当に」

 母さんの声が震えている。驚いて顔を見ると、母さんは大粒の涙を流していた。いじめのことや料理のことを電話で話したから、相当心配をかけてしまったのかもしれない。

 暖かい家だなぁ。

「うん。少しゆっくりするね」

「もちろん! ずっといたっていいのよ」

 いやそれはどうなんだ。

「東京には帰るよ。……料理ができるようになったら」

 どんどん声が小さくなる。

 母さんはそっと、俺の身体から手を離す。

「そう。まあ焦らないで、好きなことして過ごしてね」

「そうだぞ」

 俺の背中を叩いて家に上がると、父さんはスーツケースをダイニングに置く。

 ダイニングは畳みでできていて、掛け軸がかかっている。窓を開けると、家庭菜園のトマトの甘酸っぱい匂いがする。靴を持ってきて、窓から庭に出る。

「こら! 玄関から出なさい!」
 
 母さんの怒号が飛んでくる。

「ごめーん!」
 バラやマーガレットなどの花の横に、トマトの植木がある。つるからトマトを五個くらい取って、水道で洗って口に運ぶ。甘酸っぱくて美味しい。帰ってきた感じがする。

「野生っぽい」

 畳に座り込んで、父さんは呟いている。

「お父さんのんきすぎ! トマトなくなるわよ?」

 母さんがまた声を上げた。母さんは花柄のエプロンをしていて、まつげが長い。少し吊り上がった瞳は猫っぽくて素敵だ。

「別にいいんじゃないか?」

「お父さんがよくても、家のおかずはなくなるのよ!」

 すごい適確な突っ込みだ。

「もう食べないって。母さん、花火していい?」

「もう。好きにしていいわよ」

 ため息をついてから、母さんは押し入れに向かう。靴を脱いで窓から上がって、後ろをついていく。

「留喜、お母さんさっきなんて言ったかな?」

 足を止めて、母さんは聞いてくる。

 あ、やべ。玄関だ。

「次から玄関にするから」

「お母さん、それは嘘だぞ」

 そんなことはないと思う。たぶん。

「ま、いっか。久しぶりの家だしね」

 なんだ、よかった。怒られるのかと思った。

 押し入れからバケツと花火を取り出して、母さんは俺に渡してくれる。

「ありがと! ライターどこだっけ」

「キッチンにない?」

 そう聞いて、足早にキッチンに行く。隅にある白い棚の中に、花柄やウサギ柄、ハート柄などの可愛らしい食器が敷き詰められている。母さんの趣味だ。棚の上にライターがあった。


 バケツに水を汲んで、袋から手持ち花火を取り出す。線香花火を取ってライターの火に近づける。ぱちぱちと赤い火花が出始める。手を左右に揺らしていると、父さんが手持ち花火を持ってくる。

 先を重ねると、父さんのやつに火が映って、そっちでも火花が散った。

「綺麗」

 父さんが俺に手持ち花火を渡してくれる。わーなんて言いながら、二本の花火を振り回す。

「こら留喜! 危ないわよ!」

「わかってるって」

 火花が地面に落ちる。使えなくなったやつはバケツに突っ込んで、また火をつけてをひたすら繰り返した。

 夕焼けが顔を出して、俺と父さんと母さんの姿を茜色に染める。

『来年も花火しような』と言う和哉の声が頭を過る。ここで、去年の夏、そう約束した。寂しいな。

「うわっ、何?」

 母さんが後ろから抱きしめてくる。

「和哉くんがもっとしようって言ってるわよ」

 笑いながら母さんから離れて、俺はまた花火に手を伸ばす。