この愛は、星よりも眩しい

 中間テストまで数日になった放課後。
「ねー濱家ー。部室の鍵、借りてもいい?」
「いいよ。勉強?」
「うん」

 部室の机でノートや教科書を広げている俺は、窓の外を見た。外は雨が降り始めている。
 思ったより降ってるなー…。
「あ、いた」
ドアを開け、磯村が入ってくる。
「お疲れー」
「お疲れ様です。一緒に勉強してもいいですか?」
「…いいよー」

 横に並んで勉強していたら、磯村が話しかけてきた。
「ちょっといいですか?」
「なに?」
「ここが分かんなくて」
ノートの問題を見せてくる磯村。
「あー、これね。分かりづらいよねぇ。数学って、どの先生?」
「田口先生です」
「俺、去年田口先生だったわ。良い先生だけど、黒板の書き方が下手だよねぇ」
「そうなんですよ!色んなとこに書くから、後からノート見返したら何が何やらで…」
「あはは。ここはね、この公式を当てはめて…」

 勉強が終わり、次回の活動の準備をしていた。
「前から思ってたんですけど、先輩は準備係なんですか?いつも1人でこうやって」
「いや、そーゆーわけじゃないけど…。濱家は部長として先生との報連相や郊外活動のアポ取りとか色々してくれてるし、室岡はSNS関連や日誌とかしてくれてるし、平松は運動部と兼部で忙しいから、俺は俺の出来ることしよーと思って勝手に始めたことだから」

 帰る時間になり、傘を持つ俺の横で窓の外を見ている磯村。
「止みますかねぇ」
「カッパ持ってきてないの?」
「はい。今朝の天気予報では曇りって言ってたんで…」
「見る予報によって違うからねぇ。この天気アプリおすすめだよ」
スマホ画面を見せた。
「天気アプリ入れてるんですか!?」
「もちろーん。一応天文部だしね。これ合わせて3つインストールしてる」
「すげー」
「雨雲レーダーも雨の動き分かって便利だしね。…当分止みそうにないよ」
磯村は困った様子だった。
「…途中まで入っていくぅ?」
「え、いいんですか!?」

 磯村に傘を持ってもらい、相合傘で校門を出た。
「相合傘ってこんな密着するんですね」
「今さらなに恥ずかしがってんの」
「今さらって。いつだって恥ずかしいというか、ドキドキしてますよ!」
「へぇ」

 自転車が前から来るのに気付いた磯村は「あぶない」と避けるため俺の肩を抱き寄せた。
「大丈夫でした?」
「…うん、ありがとー」
 いつだってドキドキするとか言いながら、こっちをドキドキさせてくるのほんとやめてほしい…。

 駅に着き、磯村を見送る。
「最寄駅に着く頃には小雨になるか止むと思うから」
「はい、本当にありがとうございました」
「じゃ、お疲れー」
「お疲れ様です!」

…今さらだけど、学校近くのコンビニで傘買えばよかったんじゃない?何で俺、相合傘誘ったの…恥ずかし。



 週明けの月曜日、教室で濱家と部について話していた。
「そろそろ夏合宿のこと決めなきゃなー」
「そだねー。天気はその時にならないと分かんないけど、新月あたりに日程合わせたいよねぇ」
「だな。ひとまず運動部の試合日程とオープンキャンパスの日把握して候補日決めるか」
「あいよー」

 あいつ、夜の自由タイムであんだけテンション上がるのに、泊まりとか大丈夫かな?
 磯村のことを考えていたら、察したのか濱家が言ってくる。
「磯村と同部屋にしよか?」
「へ?」
「つーか、別部屋にしても夜中に忍び込んで来そうだもんな」
たしかに…。
「一応確認だけど、まだ付き合ってないんだよな?」
「まだって…。付き合ってないよ」
みんなの中の公認カップルになってる…。



 金曜日の屋上では、夜活動が行われている。
「だいぶ1年生も扱いに慣れてきたな」
そう言った室岡の隣で、楽しそうに望遠鏡を覗く磯村を見た。
 入部の目的が俺目当てだったとはいえ、ちゃんと楽しんでるから良かった。

 「じゃあ今から10分間、夜の自由タイムなー!」
「はーい」
 双眼鏡で夜空を見ていると横に磯村が来た。
「見る?」
双眼鏡を受け取った磯村は、双眼鏡越しに俺を見た。
「いや、何してんの」
「先輩、めちゃくちゃ肌綺麗ですね!」
「…空見なよー。月好きなんでしょ?そろそろ満月だし」
「…どうしましょう。月がバレーボールに見えて、突き指を思い出してしまいました」
「あはは。あんだけ痛そうだったらトラウマになるよねー」
「怪我したらまた痛いの飛んでいけしてくださいね!」
「やーだ」
「えー」
「あはは」
「…そういえば、何で先輩は球技大会…バスケ出なかったんですか?」
「えー、俺が何に出ようが自由じゃん」
夜空を見ながら軽く笑った。
「自由ですけど…現役バスケ部じゃないなら出ればよかったのに…」
ーあれ…もしかして磯村…
「バスケ部でもないし、球技大会のバスケすら出ないし。…どうして…どうしてバスケ続けてないんですか」
 あ…やっぱり知ってるんだ。…俺がバスケしてたこと。
「もしかしてさぁ…昔バスケしてる俺を見て惚れたの?」
磯村をじっと見た。
「そうですよ…」



 初めて先輩を知ったのは、小6の時。兄貴の応援で行ったバスケの試合で、対戦チームにいた先輩。
 試合前にたまたま近くを通りかかった時。
「2年でレギュラーなの曽根だけなんだから、俺らの分も頑張れよ!」
「あはは、がんばるがんばるー。レギュラー関係なく、みんなで勝とうねー」
 試合前とは思えないくらいゆるい雰囲気の先輩に「この人やる気あんのか?」と小学生ながらに少しイラついた。

 2階の応援席から親と一緒にコートを見ていた。
 試合が開始され、オレは驚いた。コートの中にいる先輩は、さっきまでのゆるい雰囲気とはまるで別人だった。レギュラーの中で1人だけ2年とは思えない存在感を放ち、華麗なパス回しで駆け巡る。
 中でも凄かったのは…ジャンプシュート。そのキラキラした姿に圧倒され言葉を失った。背の低さを感じさせない高いジャンプ力からなるスリーポイントシュートは圧巻だった。
 あの瞬間、オレの心は奪われた。

 それから大きな試合があるたびに先輩を探し、陰ながら応援していた。

 先輩が中学を卒業して、どこの高校に行ったのかは知らなかった。
 また会いたいと願っていた時、偶然街で制服姿の先輩を見かけ、迷わず同じ高校を志望した。


 そして、高校生になったオレは驚いた。入学式の次の日、放課後に体育館へ行くと、バスケ部に先輩の姿は見当たらなかった。
 数日後の部活紹介の日、やっと会えた先輩は天文部として前に立っていて、オレは唖然とした。

 それでも先輩への想いは変わらなかった。部に所属していないだけで、バスケを続けていると信じて疑わなかった。



 「そんな前から俺のこと知ってたんだぁ」
「…はい」
「言ってくれればよかったのにー」
「それは…っ」
「集合ー!」
話を遮るように集合がかかる。
「…次の月曜日さぁ、昼休み体育館来られる?」
「えっ…はい、大丈夫ですけど」
「じゃあ、13時に体育館集合ねー」
そう伝え、濱家たちのところへ行った。


 帰宅後、ベットの上でスマホ画面を見つめているが、磯村から連絡が来ることはなかった。
「はぁー…、まさか知ってたとはなぁ」



 月曜日の昼休み、体育館に着くと磯村が先に待っていた。
「ごめん、お待たせー」
「いえ」
「中入ろっかー」

 状況がわかっていない磯村をよそに、倉庫に入りバスケットボールを持って出た。
「え…」
 何の説明もせずバスケットゴール下に行き、立ち止まった。その場で軽くドリブルをし、シュートの構えをする。

シュッ…

 シュートが決まった。
「久々でも入るもんだねー」
 磯村の近くにいき、片膝を立てて床に座った。膝を立てた方のズボンを捲し上げると磯村は驚く。俺の脚には縫った大きな傷跡があるからだ。
「…中3の部活引退した後、事故したんだ。自転車に乗ってたら信号無視したトラックとぶつかって。良い先生が手術してくれたおかげで歩いたり、普通に走ったりするのはできるんだけど、あの頃みたいに素早く走ったり、高くジャンプ出来ないんだよぉ。…バスケ中に怪我するならまだしも、関係ないことでバスケ諦めることになるとは思わなかった。…高校でもバスケ続ける満々だったから、必死でリハビリしたけど完全に元の脚には戻らないって言われて。…バスケをする上で、背の低さは俺にとってなんの不利でもなかった。走りと得意のスリーポイントシュートでいくらでも活躍できたし。だけどさ…走りもジャンプも奪われた俺にこれまでみたいなバスケを続けることは不可能だったわけ」
…それからはずっとバスケを遠ざけてきた。
「…そうだったんですね」
 立ち上がり、ボールを拾いに行く。
「バスケ…嫌いになっちゃったんですか?」
磯村の問いかけに、ボールを手にした俺の足が止まる。

 嫌いになるわけない…。好きで好きでたまらなかったバスケを嫌いになんて…。

 バスケットゴールを見つめた。
 バスケの試合を見ないのは、自分も試合に出たくなるから。友達との遊びだろうが試合に出ないのは、思うように動けない自分が嫌になるから。

 倉庫にボールを戻し、体育館入り口に向かう。
「だからね、磯村の好きだったコートで輝く俺には戻れないんだよ。…ごめんね」
 予鈴が鳴り、教室に戻った。


 きっと俺への好き%減ったな。というより0になったんじゃない?
 そんな事を考えながら教室に入って行く。



 あれから数日経ち、磯村からは何の連絡も無くなって、前みたいに校内で偶然会う事も、俺を探して会いに来ることもなくなった。



 木曜日の教室。
「明日の部活、磯村欠席だってさ」
「ふーん」
 分かりやすく避けられている…。というか、辞めるんじゃない?元々俺目当てだったわけだし。濱家、みんなごめん。



 週明けの月曜日。昨日の夜、久しぶりに磯村から連絡が来た。明日の昼休みに体育館に来てほしいと。
 …少し緊張しているのは何でだろう…。

 体育館に着くと、中に磯村がいた。
「お疲れ様です」
「お疲れー」
 中に入り距離を空け、立ったまま向かい合う。
「…。」
…え、何これ。気まずい雰囲気半端ないんだけど。呼び出しって、付き合ってもないのに振られる感じ?

 磯村が口を開いた。
「部活休んでしまってすみませんでした。…あれから色々考えたんです。自分の気持ちとか先輩のこととか」
「…。」
「やっぱり…好きでした。…むしろ想いが増えたというか」
ーえ…。
「確かに先輩のバスケする姿に恋をしました。だけど、高校に入るまでのオレは、バスケをしている先輩しか知らなくて、他は何にも知りませんでした。勢いのまま告白して、振られるのも当然です。オレを知ってもらうために天文部に入ったけど、逆に先輩のことを少しずつ知っていって、違う魅力にたくさん気づけました。…それでも、バスケする姿が忘れられなくて、見たくて、理由も知らず好き勝手言って…本当にごめんなさい」
頭を下げられた。
「この前、オレの目の前でシュートしてくれた姿を見て、今までと違う熱さが胸の奥に広がって…」
「…。」
「あ、オレ、先輩の気持ちを、視線を一人占めしたいんだって分かったんです。バスケしてるとかしてないとか関係なくて、先輩と純粋に恋したいんだって気付いたんです」
「…。」
 …めちゃくちゃ愛の告白してくるじゃん…。え、何なの、俺のことどんだけ好きなの。自惚れちゃうじゃんか…。

 床に転がっていたバスケットボールを手に取る磯村。
「なので、このシュートが入ったら、俺とデートしてください!」
磯村はスリーポイントのラインに立った。
「え?」
 構える磯村を複雑な表情で見てしまう。
フリースローよりも難しいスリーポイントシュート。経験者でも難しいのに入るわけないと頭では思ってしまう。だけど…入れ、と願っている自分がいる。

 シュッ、磯村の手から離れたボールは弧を描きゴールに進んでいく。だけどボールはゴールリンクに当たり外れてしまった。

 何でだろう…勝手に足が動いた。

 俺は弾かれたボールをキャッチし、そのままシュートを放った。

 何度過去に戻りたいと思っただろう。もう一度自由にコート内を走り回って、思いっきりジャンプしてシュートを決めたい、そう何度願っただろう。
 …過去には戻れない。戻ることも進むことも出来ずにいた俺が一歩踏み出したのは、間違いなく今日だ…。

 シュートが無事決まり、振り向き磯村に伝える。
「…デートしよっか」