――翌日。
少し不思議な事が起きた。いや、日々の怪異事件の方が遥かに不思議なんだけど。
僕ら『光と音』への二つ目の依頼が手紙であったんだ。
『今日の放課後、体育館に来て。って、文字が読めないか。それでも、待ってる』
「なんで、ヒカル宛なんだよ。まさか、俺は邪魔者か?」
(知らないよ、とにかく行ってみよ)
僕らは二人で放課後のチャイムの音を聞きながら、体育館裏へと向かった。
放課後の体育館裏といえば、青春の甘酸っぱいイベントが起きる特等席だ。
呼び出された僕の隣には、なぜか腕組みをして壁によりかかるシズヤが陣取っている。
「おいおい、神崎先輩かよ」
目の前現れたのは、一つ年上の女子生徒――剣道部エースの神崎先輩らしい。
「あの……できれば、二人きりが良かったんだけど」
神崎先輩が困惑したような声を出す。
「ほら見ろ。俺は邪魔なんだよ。帰るぞ」
僕はシズヤの手首を掴み、先輩に向かって軽く頭を下げた。
「すみません、先輩。僕たち二人のユニット『光と音』宛ての依頼ですよね? だったら、シズヤの『目』は絶対に必要なんです」
「……そっか。シズヤくんも、あのポスター、本当だったんだね」
神崎先輩はホッと息を吐き出し、告白なんてロマンチックな空気とは程遠い、ひどく強張った声で本題を切り出した。
「実は……最近、部活中にずっと誰かに監視されている気がするの。それに……ありえない音が聞こえて」
先輩の言葉を手話で忠実にシズヤに伝える。
「……ありえない音?」
シズヤがすかさず反応した。
「うん。竹刀がぶつかる音に混じって、全然違う……なんていうか、軽くて乾いた音。気のせいだってみんなに笑われたけど、だんだんその音が近づいてきてる気がして。息が詰まりそうで、部活に集中できないの」
先輩の呼吸から、深刻な恐怖のノイズが伝わってくる。気のせいなんかじゃない。
「わかりました。今日、僕たちで見学に行きます」
答えると同時に手話でシズヤに意向を確認した。
シズヤが僕の背中をポンと叩く。任せとけ、という合図だ。
*
放課後の剣道場。
僕たちは二階のギャラリーに身を潜め、眼下で行われている剣道部の稽古を見下ろしていた。無論、僕には見えないけれど。
パーン! メェェンッ!
気合いの入った声と、竹刀が打ち合う破裂音。畳を踏み込みの摩擦音が、激しく道場に響き渡る。音の反響がすさまじい空間だ。
僕は目を閉じ、無数の音の波から異物だけを抽出する作業に集中した。右から三番目の踏み込みが甘い。左奥の二人は息が上がっている。
そんな中で、中央にいながら一番鋭い音を立てているのが、依頼人の神崎先輩だ。
(……シズヤ。神崎先輩の周りに、誰か不審な奴はいる?)
僕が手話で尋ねると、隣のシズヤが僕の肩を一度だけ叩いた。異常なしのサインだ。シズヤも余計な音を発しないように気をつけてくれている。
気のせいなのか?
僕はさらに深く、音の深淵へと意識を潜らせた。
パァァン!
神崎先輩の竹刀が、相手の面を捉えた鋭い音。
その直後だった。
――コン。
微かな、本当に微かな異音が、竹刀の残響に紛れ込んで鼓膜を叩いた。
剣道には存在しない、軽い音。
――コン、ココン。
これは、おそらく卓球のピンポン玉。
間違いない。神崎先輩が動くたびに、すぐ背後からその不気味な音がついて回っている。これは、ただの幻聴ではない。ひどく湿っぽく、執念深い念に違いなかった。
(ねぇ、シズヤ)
僕は思わず声を押し殺し、シズヤの腕を強く掴んだ。
(神崎先輩のすぐ後ろに、何か、見えない?」
「ん? 誰かいんのか?」
――次の瞬間。
シズヤの身体が岩のように硬直したのが分かった。
普段、どんな不良に囲まれても、怪異を前にしても決して動じなかったシズヤの腕が微かに震えている。
「……何かいるな。神崎先輩の動きに合わせて、黒い影が微妙に歪むんだ」
(落ち着いて。何か特徴は?)
「影の手が何かを握ってる。でも、竹刀じゃないんだ。丸くて、こう団扇みたいな」
(気になるね。部活後に、神崎先輩に聞き直そう)
「ああ、でもあの影、相当に気持ち悪いぞ。上手く言葉にできないけど、神崎先輩にまとわりついてる気がする」
シズヤの視界には今、何が映っているのだろうか。
神崎先輩の背後にピタリと張り付き、竹刀の動きに合わせて影が抱きつくように覆うらしい。

僕たちユニット『光と音』の二度目の戦いは、人間のドロドロとした執着が渦巻く、最悪の形で幕を開けた。
少し不思議な事が起きた。いや、日々の怪異事件の方が遥かに不思議なんだけど。
僕ら『光と音』への二つ目の依頼が手紙であったんだ。
『今日の放課後、体育館に来て。って、文字が読めないか。それでも、待ってる』
「なんで、ヒカル宛なんだよ。まさか、俺は邪魔者か?」
(知らないよ、とにかく行ってみよ)
僕らは二人で放課後のチャイムの音を聞きながら、体育館裏へと向かった。
放課後の体育館裏といえば、青春の甘酸っぱいイベントが起きる特等席だ。
呼び出された僕の隣には、なぜか腕組みをして壁によりかかるシズヤが陣取っている。
「おいおい、神崎先輩かよ」
目の前現れたのは、一つ年上の女子生徒――剣道部エースの神崎先輩らしい。
「あの……できれば、二人きりが良かったんだけど」
神崎先輩が困惑したような声を出す。
「ほら見ろ。俺は邪魔なんだよ。帰るぞ」
僕はシズヤの手首を掴み、先輩に向かって軽く頭を下げた。
「すみません、先輩。僕たち二人のユニット『光と音』宛ての依頼ですよね? だったら、シズヤの『目』は絶対に必要なんです」
「……そっか。シズヤくんも、あのポスター、本当だったんだね」
神崎先輩はホッと息を吐き出し、告白なんてロマンチックな空気とは程遠い、ひどく強張った声で本題を切り出した。
「実は……最近、部活中にずっと誰かに監視されている気がするの。それに……ありえない音が聞こえて」
先輩の言葉を手話で忠実にシズヤに伝える。
「……ありえない音?」
シズヤがすかさず反応した。
「うん。竹刀がぶつかる音に混じって、全然違う……なんていうか、軽くて乾いた音。気のせいだってみんなに笑われたけど、だんだんその音が近づいてきてる気がして。息が詰まりそうで、部活に集中できないの」
先輩の呼吸から、深刻な恐怖のノイズが伝わってくる。気のせいなんかじゃない。
「わかりました。今日、僕たちで見学に行きます」
答えると同時に手話でシズヤに意向を確認した。
シズヤが僕の背中をポンと叩く。任せとけ、という合図だ。
*
放課後の剣道場。
僕たちは二階のギャラリーに身を潜め、眼下で行われている剣道部の稽古を見下ろしていた。無論、僕には見えないけれど。
パーン! メェェンッ!
気合いの入った声と、竹刀が打ち合う破裂音。畳を踏み込みの摩擦音が、激しく道場に響き渡る。音の反響がすさまじい空間だ。
僕は目を閉じ、無数の音の波から異物だけを抽出する作業に集中した。右から三番目の踏み込みが甘い。左奥の二人は息が上がっている。
そんな中で、中央にいながら一番鋭い音を立てているのが、依頼人の神崎先輩だ。
(……シズヤ。神崎先輩の周りに、誰か不審な奴はいる?)
僕が手話で尋ねると、隣のシズヤが僕の肩を一度だけ叩いた。異常なしのサインだ。シズヤも余計な音を発しないように気をつけてくれている。
気のせいなのか?
僕はさらに深く、音の深淵へと意識を潜らせた。
パァァン!
神崎先輩の竹刀が、相手の面を捉えた鋭い音。
その直後だった。
――コン。
微かな、本当に微かな異音が、竹刀の残響に紛れ込んで鼓膜を叩いた。
剣道には存在しない、軽い音。
――コン、ココン。
これは、おそらく卓球のピンポン玉。
間違いない。神崎先輩が動くたびに、すぐ背後からその不気味な音がついて回っている。これは、ただの幻聴ではない。ひどく湿っぽく、執念深い念に違いなかった。
(ねぇ、シズヤ)
僕は思わず声を押し殺し、シズヤの腕を強く掴んだ。
(神崎先輩のすぐ後ろに、何か、見えない?」
「ん? 誰かいんのか?」
――次の瞬間。
シズヤの身体が岩のように硬直したのが分かった。
普段、どんな不良に囲まれても、怪異を前にしても決して動じなかったシズヤの腕が微かに震えている。
「……何かいるな。神崎先輩の動きに合わせて、黒い影が微妙に歪むんだ」
(落ち着いて。何か特徴は?)
「影の手が何かを握ってる。でも、竹刀じゃないんだ。丸くて、こう団扇みたいな」
(気になるね。部活後に、神崎先輩に聞き直そう)
「ああ、でもあの影、相当に気持ち悪いぞ。上手く言葉にできないけど、神崎先輩にまとわりついてる気がする」
シズヤの視界には今、何が映っているのだろうか。
神崎先輩の背後にピタリと張り付き、竹刀の動きに合わせて影が抱きつくように覆うらしい。

僕たちユニット『光と音』の二度目の戦いは、人間のドロドロとした執着が渦巻く、最悪の形で幕を開けた。



