……それから、数日後。
「海原君と玲香、お疲れっ!」
僕たちが、山のようなプリントを頑張った褒美にと。
「以後『午後の授業』を、公欠扱いとする」
藤峰先生が、放送室で力強く宣言したのだけれど。
「……え?」
「あの……佳織先生?」
玲香ちゃんと僕は、思わず顔を見合わせてしまう。
「なに?」
「いえ、先生」
「なに、海原君。どうかした?」
「いえ……続きは玲香ちゃんが……」
きっと僕では、話しにならないだろうと。
玲香ちゃんに助けを求めたものの。
「……昴君、なに?」
あきらかに……玲香ちゃんは怒っている。
「そっか〜、もう短縮授業だったかぁ〜」
いったい、この先生は。
「でもほら、わたしたち教師は授業がなくても仕事あるしねー」
どこまでがワザとで、どこからがテキトーなのだろう?
「では、生徒の視点として」
「なになに?」
「午前中で授業が終わるのに、午後から公欠って意味ありますか?」
「ない!」
藤峰先生は、無駄に胸を張って答えると。
「ま、学力は人生の重荷にはならないから。よかったじゃない」
本来は、少しは『徳』になりそうな話しなのに。
「どう名言でしょ?」
先生が自分で、ありがたみを薄めている。
「済んだことなので、もういいです」
僕としては、おとなの対応で終わらせようとしたにも関わらず。
「なにそれー」
先生は悪魔的なほほえみになると。
「もしかして海原君、美也と朝からずーっと一緒にいたかった?」
またこちらに……爆弾を投げ込んでくると。
一瞬遅れて、大きめな音がバサリとして。
都木先輩が、ファイルの山を崩して慌てている。
「あれ! もしかして美也?」
絶好調の藤峰先生が。
「えー。いつからそこにいたのー」
今度は先輩に、ターゲットを切り替える。
「えっ、えっ?」
「なに美也、聞こえちゃってたー」
慌てる先輩に、ワクワクした顔で近づく先生。
ところが。どこまでも暇な、そのおとなが。
もう一度なにかいいかけたところで。
……玲香ちゃんが、先生の前にヌッと現れた。
「……えっ?」
「先生、どうぞ」
「い、いやわたし……」
「いますぐ、一気にどうぞ」
座った目をした玲香ちゃんが。
湯気ののぼる湯呑みを、先生にすすめている。
「ほら。わ、わたし猫舌でしょ?」
「それが……どうかしましたか?」
「あ、あとで飲むね」
「いますぐ、どうぞ」
僕はふと、小学校の遊び友達だった頃の玲香ちゃんを思い出す。
この迫力、絶対に断れないその怖さ。
いうことを聞かなければ、地獄がやってくる。
そんな肌身に染みたこの感覚。
「先生、逆らわないほうがいいですよ」
思わず僕が……ニヤリとして告げたところ。
「えっ……?」
玲香ちゃんがなぜか、僕の前にも湯呑みを置いて。
「昴君も飲んでね」
「えっ……」
「頑張った『動機』が不純」
僕を無慈悲な目で、ジッと見ると。
「早く飲んで」
容赦はしないと……宣言した。
「……海原くん?」
腕組みした玲香と、その前で縮こまっている彼と佳織先生のようすからして。
なにかのお仕置きでも……していたのかしら?
「月子、『午後から公欠』だって」
なるほど、佳織先生にお怒りで。
あとはきっと海原くんが……余計なことでもいったのだろう。
「頑張ったのに、残念ね」
「騙されたのに、それだけ?」
「学力は、人生の重荷にはならないわ」
「その言葉、きょうはご利益あんまりないよ」
よくわからないけれど。
ただ、そのひとことで。
どうやら玲香は気持ちを切り替えたらしく。
「みんながきたら、打ち合わせしますんで。洗ってきてください」
ふたりに指令を出して、早くいけと部室から追い出してから。
「月子、お菓子食べよ」
珍しく、自分から。
佳織先生が隠しているつもりの、おやつボックスを開けていた。
そんなことが、あったあと。
みんなが揃った放送室では。
それぞれがきょうも、学校の便利屋・放送部として。
さまざまな『雑用』をこなしていている。
まずは卒業生の『謝恩会』。
次に、来年度にいよいよ発足することになった『生徒会』の仕組みづくり。
それに加えて……。
「追加で入学式と、新入生向けのオリエンテーション『一式』ですか?」
「まぁ、『とりあえず』そういうことかな?」
わたしの問いに、副顧問の響子先生がのんびりと答えると。
「そのうちもっと回ってきたら……ごめんね」
引き続き反省中の佳織先生が、やや遠慮がちに。
「なんといっても……つぼみちゃんだよ?」
でも、ふたりのボスの寺上つぼみ校長が諸悪の根源で。
自分たちはあくまで頼まれただけだと、ちゃっかり主張している。
山積みの案件を前に。
美也ちゃんが卒業したら、大幅な戦力ダウンで。
ただ、唯一の朗報は……。
「『生徒会』に、期待するしかないですねー」
そう、由衣のいうとおり。
来年度のどこかの段階で、わたしたちは。
これらの『雑用』に追われる日々からきっと。
……『お別れ』できるのだろう。
ただその先に、どんな日常が待ち受けているのか。
わたしにはまだ……わからない。
「ちょっと月子」
「えっ?」
「ちゃんと集中して。仕事が遅くなる」
玲香はそれだけいうと、すぐに自分の書類をめくりはじめる。
その表情は、いつものようにクールで変わらない。
ただ、なんだか彼女は。
……どこか、いままでとは違っている。
「ちょっと月子、また手がとまってる」
再度玲香に指摘されたわたしは。
「ご、ごめんなさい」
素直に答えてから、思わず美也ちゃんと……顔を見合わせる。
その表情は、わたしと同じことを感じているらしく。
あとはおそらく、どちらかが玲香に声をかけるしかないと。
互いにそこまでは……理解していたものの。
結局わたしたちは、その時間を作れないまま。
次なる『難問』に……直面することとなった。

