……翌日の、午前中。
なぜかわたしは、自分が『卒業した』はずの三年一組の教室で。
クラスメイトの女の子を……慰めている。
最初は、授業のある海原君たちを中央廊下で見送ったあと。
放送室に戻って、ひとりで『謝恩会』に向けた作業を進めるつもりだった。
「都木先輩、せっかくなのでのんびりしてくださいよ」
「どうして? わたしたちのための『謝恩会』だよ?」
「でも、放送部のみんなが頼まれたことですし」
相変わらず海原君は。
三年生に甘いというか、わたしにやさしくて。
「じゃぁ、適度に進めておくでどう?」
「それなら……ご自由にどうぞ」
でも実はいろいろ終わらせておいて、驚かそうと。
「いってらっしゃい!」
手を振ってから、歩きだした次の瞬間。
「みっ、美也っ……」
突然、涙声で呼ばれたと思ったら。
「お願い、しばらく一緒にいてっ!」
その子に頼まれたわたしは、そのあとずっと。
……彼女の話しを、聞いている。
「そ、卒業したらね……離れ離れの大学になるからって」
「う、うん……」
「電車でたった三十分離れているだけなのにね……」
引っ越しの準備をしていたら、急に『気づいた』といわれて。
いったい、なんのことかと登校したところ。
隣のクラスの男子と……『お別れ』する羽目になったらしい。
「いろんな思い出ありがとうとか、お互い頑張ろうとかさ……」
実際のところ、ふたりがお付き合いしていたことさえ。
わたしは……知らなかったのだけれど。
「いきなりだよ! ひどくない!」
その子は、泣きながらわたしに。
「そう簡単になんて、切り替えられないよね!」
……『お別れしたって、忘れない』のだと訴える。
「ねぇ、美也ならこの気持ち。痛いほどわかるよねっ!」
ただ……どうしても気になるのだけれど。
「だから美也、お互い前に進もうね!」
あの……どうして。
……わたしも、『一緒に』されているの?
「えっ……?」
「な、なにかな?」
「……もしかして美也。まだ『あの彼』と別れてないの?」
「えっ……」
つい数秒前まで、目の前で泣きじゃくっていたはずの彼女が。
自分の失恋を一瞬で忘れたような顔になると。
「嘘でしょっ! まだ付き合う気なの!」
グイグイと、わたしに迫ってくる。
「あ、あの……そもそも。『海原君』とはそういう関係じゃないし……」
しまった、自分から個人名を出してしまった。
ただ、彼女の興味はわたしの『思いびと』が誰かではなくて。
「じゃぁやっぱり『二年のあの子』が彼女なの?」
あ、あぁ……。
「まさか、彼の『同級生の子』だったとか?」
いったいなんなの、この展開?
「ねぇ、美也!」
その子の失恋の傷は、とっくに消えてしまって。
「教えて。美也じゃないならいいでしょ!」
いつのまにか話題が、わたしまで飛び越えて。
「彼女って、いったい『どの子』なの!」
海原君の『お相手探し』に……変わってしまっている。
ちなみに、余談ながら放送部には現在。
二年生も一年生もいまや『複数』存在しているけれど。
この子はいったい、誰のことをイメージしているのだろう?
おまけに、その妄想はどんどん膨らんでいって。
ついに彼女は一周回って元に戻ったように。
「いや、やっぱ美也でしょ」
勝手に『お相手』だと結論づけると今度は。
「なのに……どうして付き合ってないの?」
ある意味、核心をつくようなことを。
「ねぇ、どうして!」
……グサリとわたしに、聞いてきた。
「あの……美也ちゃん?」
「う、うん。由衣……」
なんというか、タイミングが悪かった。
「わたし、放送室の鍵が……必要だっただけなんですよ……」
「わ、わかってるよ!」
たまたま美也ちゃんの教室の扉が開いていて。
おまけに美也ちゃんに『斬り込んでいた』先輩が、大声でいうものだから。
……聞こえて、しまった。
わたしと目の合った美也ちゃんは、めちゃくちゃ驚いて。
慌てて立ち上がってから、駆け寄ると。
わたしの手を引っ張り、そのまま教室から『緊急脱出』する。
だから、さすがのわたしも。
話しの途中じゃないんですかとはいえなくて。
美也ちゃんに連れられ、中央廊下まで戻ったところ。
「うわっ!」
美也ちゃんがようやく。
「ごめんね!」
わたしの手を握っていたことに、気がついたものの。
……なぜかお互い、その手を離すことはしなかった。
「由衣の手って、意外と冷たいね」
少し落ち着いたみたいで、美也ちゃんがそういってから。
「え、えっと……」
二つも先輩なのに、すっごくモジモジしながらわたしを見る。
「平気です、全部は聞こえていません」
ただ逆にいうと、一部は聞こえてしまったのだけれど。
……別に誰かと『共有』したいとは、思わない。
「美也ちゃんの手、意外とあったかいですね」
「えっ?」
理由はまぁ、わかるけど。
「冗談ですよ」
「ちょっと由衣、やめてよねぇ〜」
その『解答』を聞き損ねたのは事実で。
ただ、知らないほうがいいというか。
実のところわたしは……知りたくないのかもしれない。
「そういえば由衣って、授業中だよね?」
「なんですけど、『あの先生』が」
わたしは、わたしたちの顧問で。
あと、『美也ちゃん推し』の『あの』藤峰佳織をネタにしながら。
手を繋いだまま、放送室へと向かっていく。
「授業中に、いきなり顔が近くにきたと思ったら」
「うんうん」
「クリームパン、保健室の冷蔵庫に入れてこいですよ。おかしくないですか?」
「まぁ佳織先生だもん。普通だよ」
「ホント迷惑。だいたいそういうことなら……」
わたしは、思わずアイツの名前を口にしそうになって。
慌ててそこで、話しをとめる。
「きょうは……どうして由衣だったんだろうね?」
でも美也ちゃんはやさしいから。
そういって、アイツの名前を出さずにいてくれて。
「えっと、それはですね……」
そんな美也ちゃんに、ここで隠すのも嫌だからと。
わたしは、その理由を告げることにする。
佳織先生の策略は、めちゃくちゃわかりやすくて。
「海原君さぁー。いろいろ『準備』とか、したいよねー」
だったら三学期の残りの授業は。
すべてのプリントを終わらせたら『一年生部員』は公欠にすると。
「もう『担任』とも共有済みだから」
副顧問・高尾響子。
要するにわたしたちの担任の名前まで出してきて。
……美也ちゃんとの時間を増やせと、アイツにけしかけた。
「あ、ごめんなさい」
「いいよ、平気」
握ったままの手に、思わず力が入ってしまって。
ひょっとすると、わたしの悔しさが伝わったかもしれない。
ただ、美也ちゃんは嫌な顔など少しもせずに。
「教えてくれて、ありがとう」
逆にわたしに、ほほえみかけてくれる。
「もうすぐ、お別れだもんね」
美也ちゃんたち三年生の、最終行事の『謝恩会』。
それはわたしたち放送部が、『お別れ』する先輩たちのために。
お手伝いできる……最後のチャンスで。
その日は、着々と近づいている。
……美也ちゃんのためなら、アイツはなんだって頑張れる。
そう思うとわたしは、また美也ちゃんを握る手に力が入りそうで。
かといって……急に離すわけにもいかなくて。
これ以上は、手がこわばらないようにと。
……必死に、必死に耐えていた。

