薬師の冷遇妻が解く、公爵家の秘密 〜放置した旦那様が溺愛に変わるまで〜

数日後の夕刻、澄乃は颯介の書斎の前に立っていた。
手には、小さな紙包みが。

ノックをすると、少し間があってから「どうぞ」という声。

書斎の中は、書類と本で埋まり、整然としているが、使い込まれた空間の匂い。
颯介は机の前に座り、書類を見ていた。こめかみに手を当てている。頭痛が出ているのだろう。

「……何か用か」

颯介の声は穏やかだったが、どこか遠い。
澄乃がこの部屋に来るのは初めてのこと。

「ご迷惑かと思いましたが、少し前に、旦那様が頭痛にお悩みだと伺いましたので」

颯介の眉がわずかに動いた。

「よろしければ」

澄乃は机の前まで歩み、紙包みをそっと置いた。

「これは、私が調合した頭痛の薬でございます。川芎と天麻を主に、冷えがあるときは桂皮を加えたものです。今、旦那様のご様子を拝見して、こちらが合うかと思いまして。押しつけがましいとは存じますが……もし良かったら、お試しになっていただけますか」

颯介は黙って紙包みを見た。澄乃を見た。また紙包みに視線を戻した。

「……お前が調合したのか」
「はい。実家が薬種問屋でございますので、幼い頃から薬に慣れ親しんでおりました。母が病弱で、よく薬を調合しておりましたので」
「医者でもないのに」
「おっしゃる通りです。もちろん、お医者様の処方のほうが優れておりましょう。ただ、以前から既存のお薬があまりお効きにならないとお聞きしておりましたので、少し別のものをとご用意した次第です。無理にとは申しません」

颯介はしばらく黙っていた。
澄乃は頭を下げ、書斎を出ようとした。

「待ってくれ。……飲んでみる」

颯介の声が澄乃の足を止めた。

颯介は紙包みを手に取ると、それを静かに開いた。
中の粉薬を見て、「水を」と言った。澄乃が机の上の水差しを取り、颯介の傍にある茶碗に水を注ぐと、颯介は薬を口に含み、水で飲み下した。

「苦いな」
「失礼いたしました」
「構わない」
「良薬は口に苦し、と言いますし」

二人の間に、短い沈黙が流れる。

「下がっていい」

と颯介は言うと、澄乃は礼をして、書斎を出た。

翌朝、朝食の席で颯介が言った。

「昨日の薬、驚くほど効いた」

澄乃は箸を持ったまま、颯介の顔を見つめる。
颯介は前を向いたまま、しかし澄乃の方に顔を傾けた。

「寝る前に飲んだら、翌朝には痛みがほとんど引いていた。今まで飲んでいたものとは比べ物にならない」
「それは良かったです」
「どこで習ったのだ、そういうことを」
「先ほど申しました通り、主に母の看病をしながら、実家の書物を読みながら、自己流で」

颯介はかすかに眉をひそめた。
不審というより、興味のある顔つきに見えた。

「自己流で、ここまで」
「あくまで家庭での応急処置の域を出ません。医師の処方には敵いません」
「しかし、医師が処方した薬より効いた」

澄乃は何も言わなかった。颯介が少し考えるように間を置いてから、言った。

「また頭痛が出たときは、頼めるか」
「もちろんでございます」

それが、颯介と澄乃の間に生まれた最初の会話らしい会話であった。