薬師の冷遇妻が解く、公爵家の秘密 〜放置した旦那様が溺愛に変わるまで〜

結婚式は親族のみを招いた、つつましやかなものであった。
颯介は式の間中、凛とした表情を崩さず、澄乃の隣に立ち、決められた言葉を述べ、決められた所作を行う。
それだけであった。

視線が合うことは一度もなかったと言えば嘘になる。
しかし彼の目に映っているのが澄乃であるかどうかは、澄乃にはわからない。

宴が終わり、客が帰り、夜が静けさを取り戻した頃。
澄乃は寝室で颯介を待っていた。

花嫁衣装を脱し、宮部老人の妻が整えてくれた白い着物に着替えて、澄乃は静かに座っていた。

結婚初夜。
この夜から、自分は御堂颯介の妻になる。
澄乃は息を整えようとした。緊張している。
それは当然のことである。

しかし、それ以上に何かを感じていた。
期待とも、不安とも異なる、もっとぼんやりとした感覚。

颯介が部屋に入ってきたのは、夜も更けた頃。
彼は澄乃を見た。澄乃も彼を見た。
何かが始まろうとした。その瞬間だった。

廊下から、泣き声が聞こえてきた。

「お兄様!お兄様っ!」

甲高い声。子供のように泣きじゃくる声。
それは静花の声だった。

颯介の顔色が変わり、すっと立ち上がると、ドアに向かった。

「旦那様」

澄乃が呼びかけると、彼は振り返らずに言った。

「静花が……少し待っていてくれ」

少し。
その「少し」が戻ってくることは、その夜はなかった。

廊下越しに、澄乃には声が聞こえた。
静花の泣き声と、颯介の低い声が交互に続いていた。

「お兄様は私などどうでもよくなったのですね!あの人が来てから、私のことなんてどうでもいいんでしょう!私、死んでしまいたい!」
「静花、落ち着け。お前のことをどうでもいいなどと思ったことは一度もない」
「嘘です!だってお兄様は今夜……今夜……!」

澄乃は膝の上で手を重ねた。
部屋の中に、夜の静けさだけが残っていた。