梅の花が咲き始めた頃、桐島澄乃は御堂颯介のもとへ嫁いだ。
御堂家の邸宅は、山の手の高台に建つ広壮な洋館。
玄関の扉を開けると、磨き上げられた大理石の床と、高い天井から下がる大きなシャンデリアが澄乃を迎えた。
庭は広く、松と樫の古木が整然と並ぶ。
使用人たちは礼儀正しく、澄乃を「奥様」と呼んだ。
しかし彼女には、自分がこの家に本当に属しているのかどうか、どこか掴みどころのない感覚が拭えなかった。
「よくいらっしゃいました、奥様」
宮部老執事が深々と頭を下げ、その後ろに控えた女中たちも、一列に礼をする。
颯介は玄関で澄乃を迎えると、「部屋に案内するように」と宮部に短く言い、自身は書斎の方へ向かってしまった。
澄乃が案内されたのは、洋館の二階にある広い洋室。
調度品は上等で、窓からは庭が見渡せる。申し分のない部屋。
その窓の向こうから、澄乃はかすかな声を聞いた。
「お兄様……お兄様はどこへ?」
少女の、甘えるような声。
女中の一人が小声で教えてくれた。
「静花お嬢様でございます。向かいのお部屋においでで」
礼儀は整っている。けれど、距離がある。
澄乃が廊下で「湯を少し頂けますか」と声をかけると、女中は「かしこまりました」と答えながらも、視線は澄乃ではなく、澄乃の背後の扉――静花の部屋の方へすべった。
その夜、食堂で配膳された皿はいつも澄乃の前だけ、ほんの少し遅かった。
冷めてはいない。だが、温かさの中心から外れている。
「奥様は……お忙しい方ですから。静花様のことで」
誰かが小声でそう言ったのを、澄乃は聞かなかったふりをした。
ただ、窓の外の枯れた庭木をしばらく眺めた。
御堂家の邸宅は、山の手の高台に建つ広壮な洋館。
玄関の扉を開けると、磨き上げられた大理石の床と、高い天井から下がる大きなシャンデリアが澄乃を迎えた。
庭は広く、松と樫の古木が整然と並ぶ。
使用人たちは礼儀正しく、澄乃を「奥様」と呼んだ。
しかし彼女には、自分がこの家に本当に属しているのかどうか、どこか掴みどころのない感覚が拭えなかった。
「よくいらっしゃいました、奥様」
宮部老執事が深々と頭を下げ、その後ろに控えた女中たちも、一列に礼をする。
颯介は玄関で澄乃を迎えると、「部屋に案内するように」と宮部に短く言い、自身は書斎の方へ向かってしまった。
澄乃が案内されたのは、洋館の二階にある広い洋室。
調度品は上等で、窓からは庭が見渡せる。申し分のない部屋。
その窓の向こうから、澄乃はかすかな声を聞いた。
「お兄様……お兄様はどこへ?」
少女の、甘えるような声。
女中の一人が小声で教えてくれた。
「静花お嬢様でございます。向かいのお部屋においでで」
礼儀は整っている。けれど、距離がある。
澄乃が廊下で「湯を少し頂けますか」と声をかけると、女中は「かしこまりました」と答えながらも、視線は澄乃ではなく、澄乃の背後の扉――静花の部屋の方へすべった。
その夜、食堂で配膳された皿はいつも澄乃の前だけ、ほんの少し遅かった。
冷めてはいない。だが、温かさの中心から外れている。
「奥様は……お忙しい方ですから。静花様のことで」
誰かが小声でそう言ったのを、澄乃は聞かなかったふりをした。
ただ、窓の外の枯れた庭木をしばらく眺めた。



