薬師の冷遇妻が解く、公爵家の秘密 〜放置した旦那様が溺愛に変わるまで〜

颯介が動いたのは、翌日のこと。

彼は医師の知人——帝国大学医学部の教授と懇意にしており、その人物に静花の診察と薬の分析を依頼した。
教授は二日後に御堂家を訪れ、澄乃も同席し静花を丁寧に診察した。
教授の結論は明快だった。

「この処方は、長期服用した場合、消化器機能の低下と全身倦怠を引き起こします。意図的かどうかはともかく、この薬が体に悪影響を与えていたことは疑いようがありません。直ちに服用を中止し、改善のための薬方に切り替えるべきです」

教授が帰ったあと、颯介は玄関ホールに使用人を集めさせた。
宮部老執事を先頭に、女中、書生、庭師までが一列に並ぶ。静花の部屋付きの女中たちも、顔色をうかがいながら列に加わった。

颯介は階段の下に立ち、澄乃の隣へ半歩寄せると、静かに言った。

「今日から、静花の療養も、この家の采配も、すべて私の責任で改める。――そして、御堂澄乃は御堂家の奥方である。以後、奥方の指示は私の指示と同じく扱うように」

一瞬、空気が止まった。
颯介は続ける。

「澄乃を軽んじる言動は、今後いっさい許さない。無礼があれば私に報告しろ。見過ごした者も同罪とする」

澄乃は驚いて颯介を見た。
颯介は澄乃を見返さず、ただ当主として淡々と命じた。
それだけで、列の端にいた女中が小さく息を呑むのが見えた。

颯介はその日の夕刻、蓮子と柴田を書斎に呼んだ。
澄乃はその場には同席しなかった。
颯介から「お前は同席しなくていい」と言われたからである。

しかし書斎から離れた廊下にいた澄乃には、時折颯介の声の断片が届いた。
低く、しかし確かな怒りを含んだ声。
蓮子の声は聞こえなかった。柴田の声も、聞こえなかった。

一時間ほどして、書斎の扉が開くと、蓮子が出てきた。
その顔は白く、目が赤かった。

澄乃とすれ違った時、蓮子は一瞬立ち止まったが、何も言わずに廊下を歩いていった。

柴田は、御堂家との契約を解除され、二度とこの家に来ないことを約束させられたという。
蓮子については、颯介が一つの選択を与えた。
事実を公にするか、静かに御堂家を去るか。
蓮子は後者を選んだ。一週間後、蓮子は御堂家を出た。

静花は、しばらく何も知らなかった。
颯介が静花にすべてを話したのは、静花の体が少し回復してからのことである。

澄乃はその話し合いにも同席しなかった。
しかし後で颯介から聞いた。

「最初は信じなかった。母親が自分を故意に弱らせていたなんて、信じたくなかったんだろう。でも、証拠を見せたら……泣いた。長い間、泣き続けた」

颯介自身も、声が少し震えていた。

「静花様は何も悪くないです。ずっと囲いの中に置かれていただけです」
「そうだな」
「お体が回復すれば、世界が変わると思います。今まで制限されていたことが、少しずつできるようになっていきます」
「お前のおかげだ、本当に」

静花の回復は、想像以上に早く、澄乃の薬を飲み続けて一ヶ月が経つ頃には、食欲が戻り、顔色が明るくなり、部屋の外を歩けるように。
それまで「体が辛いから」と外に出ることもほとんどなかった静花が、庭を歩けるようになったのである。
ある晴れた日の午後、澄乃が縁側にいると、静花がそこへ来た。
珍しいことだった。静花が自分から澄乃に近づいてくることは、これまでなかったから。

「……澄乃さん」

静花は少し迷うような顔で、澄乃の傍に腰かけた。

「はい」
「私、ずっと澄乃さんのことが嫌いだった」

率直な言葉に、澄乃は苦笑した。

「存じております」
「お兄様を取られると思っていたから。お兄様が私を見てくれなくなると思っていたから。でも……本当は、ずっと怖かったんだと思う。知らない人が来て、私のお兄様が変わってしまうことが怖かった。母が……母が、いつもそう言っていたから」

澄乃は静花の横顔を見た。

「あなたが来てから、お兄様が変わった。あなたのことを気にするようになった。私じゃなくて、あなたの方を」

——それは蓮子が静花に言い聞かせた言葉だったのかもしれない。

「静花様。旦那様は、あなたのことをとても大切にしています。それは変わりません」
「……でも、澄乃さんのことも大切にしているでしょう」
「……」

静花は少し頬を赤くしながら、続ける。

「それでいいんだって、今は思っています。最初はそう思えなかったけど……澄乃さんが、私のために薬を作ってくれたから。体が楽になって、庭を歩けるようになって、初めてわかった。病気でいることが当たり前じゃなかったんだって」
「静花様……」
「怒ってない?私、ひどかったでしょう」
「怒っていません」
「本当に?」
「本当に」

静花はしばらく黙って、庭の木を見ていた。

「私、もっと元気になりたい。学校にも行ってみたい。友達も作ってみたい。今まで、そういうことを考えたこともなかった。体が弱いんだから仕方ないって、思わされていたから」
「きっとできます。静花様の体は、ちゃんと快方に向かっています。春になる頃には、ずっと良くなるでしょう」

静花は、初めて澄乃に微笑んだ。
小さな、はにかんだような笑顔。
それを見て、澄乃もまた微笑んだ。