空色の小鳥は、恋をしていた

 そんなやり取りをした日の夜。
 並んだ机で宿題をしている最中、優希が肩に触れて、首を傾げた。

(やっぱり、何か変なんだ!)

 優希の様子をソワソワと覗き見ていた奏楽は、身を乗り出した。

「ねぇ、染谷……」

 思わず言葉を飲み込んだ。
 優希の肩に載っている鳥が、優希の首に頭をスリスリと擦り付けている。

(と……鳥だからって! やっていいこととダメなことがあるから!)

 肩に載って奏楽を嘲るだけでも嫌なのに。首筋に寄って、ぴたりと張り付いている。

(近い、近すぎるよ! 僕なんか、絶対に触れない場所……)

 そう考えて、気が付いた。
 変な小鳥が載っているという理由で、普段なら触れない優希の体に無遠慮に何度も触れている。

(小鳥が載っているって知らない染谷からしたら、いきなり距離を詰めて来たって思うかもしれない)

 さっと血の気が下がった。
 共同生活において、パーソナルスペースを保つのは大事だ。同室ともなれば、尚更気を付けないと、嫌われかねない。

(不審行動だけじゃなくて、馴れ馴れしいって思われたら、どうしよう)

 奏楽がそんなことを考えている間も、小鳥は優希の首に張り付いてスリスリしている。
 腹の底からイラっとした。

 優希の体が、軽く跳ねた。
 不思議そうに首を傾げなから、肩に触れている。

「そ、染谷、どうしたの?」

 奏楽は恐々問い掛けた。

「んー……実はさ、ちょっと肩が重くて」

 奏楽の体が、ビクリと跳ねた。

「朝は気のせいだと思ったんだけど、違うみたいだ。今は少し、ぞわってして。何だろう、こう……柔らかい何かで撫でられたみたいな感じ、かな」

 奏楽の心拍数が上がっていく。

(感触だけ、染谷に伝わってる。見えないし、触れないのに)

 理屈は全然わからないし、怖い。けれど、それ以上にあの鳥が憎らしい。
 優希が、ちらりと奏楽に目を向けた。

「あのさ……変なコト、言うよ」
「変な、コト?」

 爆上がりする心拍を抑えるように、奏楽は自分の胸を掴んだ。

「今朝、小鳥遊が触れた時、ちょっとだけ肩が軽くなった気がしたんだ。だから、もう一度、触ってみてくれる?」
「え……触って、いいの?」

 思わず本音が出た。奏楽は慌てて口を手で抑えた。
 今更抑えても、零してしまった言葉は掬えない。後悔と恥ずかしさで、どうにかなりそうだ。
 ぱちくり、と目を瞬かせた優希が、小さく吹き出した。

「うん、触ってみて。変なお願いして、ごめんな」
「変じゃないよ、大丈夫! 試してみよう」

 奏楽は優希の隣に立った。
 優希の首に張り付いて勝ち誇った目で笑う小鳥を見下ろす。

(あみぐるみの小鳥如きが、染谷の肩を重くするなんて、万死に値するよ。許さないからな)

 想いを籠めて、小鳥を握る。
 小鳥が、苦しそうに目を白黒させた。優希の肩が、ピクリと跳ねた。

「少し楽になった。もう少し、触れてみて」
「うん、わかった」

 どうやら、小鳥を握ると肩の重さが軽減するらしい。
 相手はあみぐるみだ、握った程度では壊れないだろう。
 奏楽は容赦なく小鳥を握り潰した。

「さっきより、かなり楽だ。小鳥遊の手、すごいな。何でだろう、温かいからかな」
「どうして、だろうね」

 優希の肩に載っている怪異を握り潰しているからだよ、とは言えない。
 奏楽は無言で小鳥を握り続けた。

「あのさ、小鳥遊。この辺も触ってみてくれる?」

 優希が、自分の首を指さした。
 さっき、小鳥がスリスリしていた場所だ。
 奏楽の胸が、ドキリと鳴った。

(首って、なんか……肩より、ちょっと……)

 落ち着きかけていた心拍が、また上がり始めた。
 優希が、目だけで奏楽を見上げた。

「やっぱり、嫌?」

 さっきより大きく、心臓が跳ねた。
 不安そうな優希の瞳が、奏楽を見上げる。いつものキラキラ王子様より、可愛く見えた。
 心拍が尋常じゃないほど早くなった。

「嫌じゃない! 触りたい!」

 またもや、勢いで失言した。
 弁明する言葉も浮かばない。

(やらかした。今日の僕、失敗が多すぎる)

 泣きたい気持ちでいっぱいになる。
 優希の目が、可笑しそうに笑んだ。

「じゃ、触ってみて」
「……はい」

 震える手で、優希の首に、そろりと触れる。
 優希の体が、ビクリと震えた。

「ごめ……気持ち悪かった?」
「いや、ちょっと……くすぐったかった」

 優希が顔を逸らしている。耳の先がいつもより赤い気がする。

(触り方、良くなかったかな。もっと大胆に、強くしたほうがいいのかな)

 さっきより強めに首筋を撫でる。
 その度に、優希の肩がピクリと揺れる。
 小鳥を握っていると、まるで優希の肩に直接触れているような気になる。

(染谷的には、肩と首、同時に撫でられてる感じなのかな……なんだか、恥ずかしい)

 こんな風に優希の肌に直接触れたのは初めてだ。ドキドキが収まらない。

「どう? 少しは楽になった?」
「うん、かなり楽になった。ありがとう」

 優希の手が伸びてきて、奏楽の手を握った。
 その手の温かさに、胸が震えた。

「やっぱり、小鳥遊の手は温かいね。また辛くなったらお願いするよ」
「……うん」

 優希が振り返ってニコリと笑う。
 その笑顔に癒されて、手を握られたまま、奏楽は素直に頷いた。