空色の小鳥は、恋をしていた

 一晩寝たら消えているかもしれない。
 一縷の望みを託して、奏楽は就寝した。ソワソワした気持ちを抱えて眠れるはずもなく。小鳥に念を飛ばすが如く、上のベッドを睨み据えていた。
 次の日、起床した優希の肩から、小鳥は消えていなかった。
 奏楽は、静かに落胆した。

(そんなに、甘くなかった。どうすれば消えるの)

 がっくりと肩を落とす。
 優希が、自分の右肩を抑えた。その光景に、奏楽は息を飲んだ。
 自分の肩を抑えた優希の手が、小鳥をすり抜けていた。

(僕は触れたのに、染谷は触れないんだ)

 昨日の夜までは、もしかしたら見間違い、百歩譲って自分が作ったあみぐるみの幻覚と思うことにしていた。

(もう、見なかったことにできない)

 小鳥のあみぐるみは、優希の肩の上にとまっている。
 優希が何度、手をあてても、その手は小鳥をすり抜ける。小鳥の存在に全く気が付いていない。

(僕だけが見えて、触れる。そんな、どうして……)

 今まで、オバケなんて視たことも感じたこともなかったのに。
 怪異としか呼べないような現象が立て続けに起きている。

(僕だけなら、我慢できるのに。染谷を巻き込んじゃった。僕が作った小鳥が、染谷にとり憑いちゃった)
 
 まるで伝えられない自分の想いが優希にこびりついているみたいだ。
 怖くて切なくて、胸が苦しくなった。
 不意に振り返った優希が、驚いた顔で奏楽を覗き込んだ。

「小鳥遊、どうした? 調子悪いの?」
「……え?」

 見上げた優希の顔が、歪んでいる。自分の目に涙が溜まっているからだと気が付いた。

「ちが……ごめん、何でもない」

 目を擦って、俯く。
 優希が奏楽の肩を掴んだ。

「最近、様子が変だ。悩み事なら、話を聞くよ」

 真剣な表情が、間近に迫る。
 いつもよりずっと近い距離に緊張して、声が出ない。顔がどんどん熱くなる。

(返事しなくちゃ、返事……染谷の顔、近くて、何を言えばいいのか)

 頭が真っ白になった。
 優希の肩にとまっている小鳥の目が、歪に笑んだ。
 馬鹿にするような表情にムカッとして、平常心に戻った。

(あみぐるみの鳥なのに、どうして表情がわかるんだろう。僕が作ったから?)

 嘲笑う小鳥を睨みつける。
 優希が戸惑った顔をした。

「小鳥遊……? 俺、何か気に障ること、した?」

 優希が遠慮がちに問う。
 奏楽は慌てて首を振った。

「そんなの、ない。あのさ、染谷……体調、悪くない? 体が痛いとか、肩が重いとか」

 そろりと目だけで優希を見上げる。
 優希の顔が強張った。息を飲むように、喉が上下する。視線がわずかに下がった。

(やっぱり、どこか悪いんだ!)

 優希は優しいから、奏楽に心配かけないように我慢しているのかもしれない。
 奏楽は優希の肩を引っ張ると、小鳥の体を握った。

「隠さないで、教えて。僕のせいだったら、ごめん」

 握った小鳥が、苦しそうに目を白黒させている。
 このまま引き剥がせたらいいのに、掴めるだけで優希から剥がせない。

(染谷から離れろ、僕に憑け、馬鹿ぁ)

 憎らしくて、小鳥をぐいぐい引っ張った。

「俺は、何ともないよ。調子が悪くても、小鳥遊のせいじゃないけど……ごめん、離して」

 肩を掴む奏楽の手に、優希が手を重ねた。
 
(小鳥を引っ張ったつもりだったけど……染谷の肩を掴んで揺らしてるみたいになっちゃってる)

 あり得ないほど失礼なことをしている。
 そう気が付いて、奏楽は小鳥から手を離した。

「ご、ごめん。力が入って、つい……」
「うん……大丈夫」

 優希が、そわっと目を逸らした。
 おおよそ優希らしくない仕草に、胸が冷えた。

(こんなこと繰り返していたら、染谷に嫌われちゃう)

 気持ちを伝えられなくても、せめて嫌われないルームメイトでいたいのに。
 このままでは、それすら叶わない。
 優希が、目を逸らしたまま口を開いた。

「小鳥遊こそ、本当に大丈夫? 俺より、調子悪そう……」
「大丈夫! 全然元気! だから、あのね……染谷が体調、悪い時は、僕に教えて。我慢したり、隠したりしないで」

 真剣な気持ちで、優希を見詰める。
 今の奏楽にできることは、見守ることくらいだ。

「心配なんだ、染谷のこと」

 自分のせいで、怪異に巻き込んだかもしれない。
 優希を危険な目に遭わせたくない。
 驚いたように一瞬だけ目を見開いた優希が、微笑んだ。

「わかった。ちゃんと話すよ。小鳥遊は優しいね」

 優希の笑顔がキラキラ輝いて見える。
 いつもの王子様スマイルだ。
 陰りのない笑みに、奏楽は一先ず胸を撫で下ろした。