空色の小鳥は、恋をしていた

 夕食が終わって、部屋で宿題を終わらせた頃。
 優希が風呂から戻ってきた。その肩に、黒い影が見えた。

(あれ、何だろ)

 奏楽は、ごしごしと目を擦った。
 もう一度見てみたら、黒い影は消えていた。

(気のせいかな)

 首を傾げながら、奏楽は視線を逸らした。

「風呂、空いてたよ。小鳥遊も入ってきたら?」
「……うん」

 目を合わせずに、奏楽は小さな声で返事した。

(風呂上がりの染谷、ドキドキして直視できない)

 奏楽はタオルと着替えを持って立ち上がった。

「じゃ、行ってくるね」
「今度は、一緒に入ろ」
「うん……え!」

 流しそうになった言葉が引っ掛かりすぎて、奏楽は思わず勇気を振り返った。

「一緒に風呂に行こうって言っても、いつも行かないから」

 優希が、不思議そうに首を傾げた。

(お風呂上がりの姿だけでドキドキするのに、一緒になんて入れるわけない)

 着替えている所を目撃した時するたびに、心臓が口から出そうになるのに。
 うっかり思い出しそうになって、奏楽はブンブンと首を振った。

「また、今度!」

 熱くなる顔を見られたくなくて、奏楽は俯いた。

「うん、また今度ね」

 優希の声を後ろに聞いて、奏楽はそそくさと部屋を出た。
 
 煩悩を洗い流すが如く、奏楽は頭からシャワーに打たれた。
 隣で体を洗っている篠原結斗から視線を感じる。

「どうしたの、小鳥遊。滝に打たれてるみたいだよ」
「ちょっと、己の欲を、洗い流そうと」
「そっか、頑張って。顔、赤いから程々に」
「……うん」

 結斗が、さらりと心配してくれた。淡白な結斗にしては珍しい。
 顔が熱いのは、風呂に入る前からだ。
 優希のたくましい腹筋が頭から離れなくて、シャワーを止められなかった。

 充分にシャワーに打たれて、煩悩は抑えられた。
 本当に滝行を終えたような気持で部屋に戻った奏楽に、次なる試練が待ち構えていた。

「おかえり、小鳥遊。あのさ、まだ寝ない? 宿題でわからない所、教えてほしいんだけど」

 優希が普段通りに話しかけてくる。
 その肩に、あみぐるみの鳥が載っている。奏楽が作った、水色の小鳥だ。

(ん? 染谷、わざとやってる? 僕のツッコミ待ち? そういうキャラじゃないよね)

 軽く混乱しながら、染谷の肩を凝視する。
 水色の鳥の目がニタリと笑んだ。暗い目が歪んだかと思ったら、羽の部分が動いて、パタパタした。
 奏楽は、ビクリと震えて固まった。

(……え? 動いて……そういえば、さっき黒い影が見えたのも、肩だった)

 そう気が付いたら、背筋に寒気が走った。
 優希が心配そうに奏楽を覗き込んだ。

「小鳥遊、どうした? 顔色が悪い」

 優希の手が、奏楽の肩に触れた。
 ドキッとして、咄嗟に仰け反った。優希の手を拒否したようになった。

「あ、えっと……ごめん。もう寝るね」
 
 二段ベッドに下に潜り込み、カーテンを閉める。

「わかった、おやすみ。調子が悪い時は、声をかけて」
「うん……」

 カーテンに映る優希の影が、机に向いた。
 隙間から、優希の背中を覗き見る。右肩に、確かにあみぐるみの小鳥が載っている。

(染谷、気にしてないっていうか、気付いてないっぽい。教えたほうが、いいのかな)

 あみぐるみが、後ろを振り返った。
 含み笑いでもするような仕草で、羽をくちばしに当てながら目を細める。
 その表情に、怖いと思うよりイラっとした。

(何だよ、あの鳥。作ったのは、僕なのに。全然可愛くない……ていうか、本当に僕が作ったあみぐるみなのかな)

 瞬間的にそう思い込んだが、もしかしたら違うかもしれない。
 よくわからない何かが、優希にとり憑いている可能性もある。

(ポルターガイストに続き、別の怪異が……染谷にまで被害が出てる)

 奏楽は水色の小鳥を、じっと見詰めた。
 奏楽にしか見えていないのなら、話しても信じてもらえるかわからない。
 相談するのも、戸惑う。
 
(僕のせいだったら、どうしよう。なんで、染谷の肩に……離れろ、染谷から離れろ)

 念でも送るようなつもりで、小鳥を睨みつける。

(掴んだら、離れるかな)

 奏楽はそっとベッドから出ると、忍び足で小鳥に近付いた。
 優希の肩を掴んで、鳥の体を鷲掴みにする。優希の肩が、ビクリと跳ねた。

(取った! でも、引っ張れない)

 優希の肩から引き剥がそうとするのに、縫い付けてあるみたいに、全然離れない。
 小鳥を掴んだ指先が、ひやりと冷たい。体に寒気が走った。

「えっと……小鳥遊、どうかした?」

 振り返った優希が、戸惑った顔で奏楽を見上げている。
 その顔を見て、我に返った。
 小鳥に気が付いていない優希にとっては、奏楽が突然、後ろから肩を掴んだだけの状況だ。

「あ……あの……えっと」

 かなりの不審者的行動な上に、自分から優希に触ってしまった。
 優希の体温が手から流れ込んでくる。
 奏楽は、慌てて手を離した。

「何でもない、ごめん、おやすみ!」

 転がるようにベッドに逃げて、カーテンを閉めた。
 
「……おやすみ」

 隙間から見えた優希が、自分の肩を抑えて机に向き直った。
 奏楽は、優希の肩をもう一度、見詰めた。
 水色の小鳥が、やっぱり肩に載っている。優希の首に寄り添って目を閉じている。寝ているみたいだ。

(どうしよう、どうしよう……)

 あの小鳥が良い物か悪い物かも、わからない。
 優希に話す決意もできないまま、奏楽は鳥を見詰めることしかなかった。