扉を開けた先に、優希がいた。
簡易ベッドの上で、毛布を被って寝ている。
部屋の中はやけに空気が静かで、ここだけ時間が止まっているみたいだった。
けれど、今の奏楽にとって、そんなことはどうでもいい。
寝そべる優希に幽霊奏楽が添い寝している。
しかも、ピッタリくっ付いている。
窓から入り込む朝陽に照らされた幽霊の輪郭が、優希に溶けるようだった。
(幽霊が優希の中に溶けたら、優希が飲まれちゃう。幽霊に奪われちゃう)
直感的に、そう感じた。
怖くて、背筋が寒くなった。
「ダメ……絶対にダメ! 離れてよ!」
優希に駆け寄ろうと思うのに、足が上手く動かない。
もたもたしている隙に、幽霊奏楽がのっそりと起き上がった。
優希の頬を指で撫でると、顔を近付ける。
(え……え? あんなに近付いたら、キスしちゃうんじゃ……)
幽霊奏楽の顔が、ゆっくりと優希に寄っていく。
優希は全く起きる気配がない。
「嫌だってば、離れて……キスしていいのは、幽霊じゃない。優希を好きなのは、僕なんだから!」
叫んだ瞬間、足が動いた。
前のめりになりながら、奏楽は優希に駆け寄った。
幽霊の腕を、むんずと掴んだ。
「同じ顔でも、幽霊は僕じゃない!」
掴んだ幽霊の手が、ビクリと震えた。
幽霊が後ろに引いた。掴んだ腕が引っ張られて、奏楽は体勢を崩した。
「え? 急に……わぁ!」
体が前に倒れ込む。
寝ている優希に覆い被さった。
「んぅ……」
唇に、温かさが触れた。
柔らかい粘膜が、重なり合う。
(あ、れ……何が触れてるの? ふわっとする。優希の……唇?)
優希の唇に、奏楽の唇が触れている。
そう気付いた途端に、顔が今までにないくらい熱くなった。
(どどどどどうしよう。離れなきゃいけないのに、逃げられない)
いつの間にか、幽霊が奏楽の手を握っている。
起き上がりたいのに、身動きが取れない。
じたばたする奏楽の体を、優希の腕が抱えた。
「奏楽……?」
薄らと優希が目を開く。
「……本物?」
ドキリとして、奏楽は動きを止めた。
「鏡、なくても見える。ちゃんと触れる。本物だよね」
優希の腕が更に強く奏楽を抱きしめた。
幽霊奏楽が、奏楽の手を離した。その反動で、奏楽の体が優希の上に、落ちた。
「ごめん、約束したのに、俺……鏡、見に行ったんだ。そうしたら、俺の背中に奏楽がいて。でも本当の奏楽じゃなくて」
奏楽の心拍がどんどん上がる。
優希の告白も衝撃だが、密着した体のほうが気になって、話しどころではない。
触れ合った胸から、優希の熱も、心臓の音まで流れ込んでくる。
「俺、奏楽が好きだから、幽霊じゃ、嫌なんだ。本当の奏楽が欲しい。だから、目が覚めたら、ちゃんと奏楽に伝えたくて。こんな部屋に逃げないで、自分から奏楽を迎えに行くよ」
あまりに自然に流れた告白に、奏楽は耳を疑った。
「……え?」
今、優希の口から好きと聞こえた気がする。
「夢じゃなくて現実で、奏楽とキスしたいよ、奏楽……」
優希の手が奏楽の体を撫でる。
指が奏楽の頬を撫でて、唇をなぞった。
(優希、夢だと思ってるんだ。どうしよう、また……キスしちゃいそう)
優希の顔が近付いてくる。
じたばた慌てながら、奏楽は控えめに口を開いた。
「えっと……夢じゃないよ、優希。僕は、現実の奏楽だよ」
優希の動きが、ぴたりと止まった。
「……え?」
優希の目が大きく見開く。
さっきまで夢心地に半開きだった目から、夢の余韻は消えていた。
「え……っと。じゃぁ、今の……キス、は?」
「幽霊僕が優希にキスしそうだったから、止めようとしたら、優希の上に転んじゃって……その、ごめん」
優希があんぐりと口を開いて、奏楽を見詰める。
勢いよく後ろを振り返った優希が、自分の肩や背後を手で払う仕草をした。
「やっぱり、見えないし、触れない」
奏楽に手を伸ばすと、頬を両手で包んだ。
「……触れる。本物だ。ゼリーみたいに揺れたり、輪郭が滲んだりしてない」
「うん……」
優希が確かめるように奏楽をまじまじと観察する。
その様子をみて、本当に鏡を見たのだと実感した。
(七不思議の噂、本当だったんだ。僕と同じように優希にも、幽霊僕が見えちゃったんだ)
落胆や後悔や自責が、波のように奏楽の心に押し寄せた。
「え……えっと、奏楽……俺の話、聞こえた?」
優希の顔が真っ赤だ。誤魔化しきれないくらい、耳まで赤い。
奏楽は直視できずに俯いた。
「うん……聞いた」
奏楽の顔も熱い。
さすがにあの距離で、この顔で、聞いてませんなんて、嘘は言えない。
(優希が、僕のこと、好き? そんなこと、ある? 聴き間違いの可能性はあるかも)
ドクドクと心臓の音が耳について、うるさい。
優希の声まで掻き消えそうだ。
そのせいで奏楽にとって都合よい言葉に聴こえただけかもしれない。
「でも、聞き間違った、かも。優希、寝ぼけていたみたいだし、本気じゃない、よ……ね……!」
優希の腕が伸びて来て、奏楽の体を抱きしめた。
「本気だよ、かなり本気。俺の好きな人は、奏楽。もう誤魔化さない」
耳元から優希の声が、流れ込んだ。
優希の声があまりに切実で、奏楽の体が強張った。
「色んなこと、考えた。周りにどう思われるかとか、奏楽を傷付けるんじゃないかとか」
胸がチクリと痛んで、奏楽は口を引き結んだ。
(僕、そんなことまで考えてなかった。ただ優希が好きで、そればっかりで)
「でも、奏楽が可愛くて……可愛いと思うたびに、そういうの、どうでもよくなって。大事にしたいのに、好きしか自分の中に残ってなくて、だから……」
腕を緩めて、優希が奏楽に向き合った。
「俺は、奏楽が好きだよ。今は、それだけ」
優希の瞳の中に、奏楽が映り込んでいる。
幽霊ではない、本当の自分だ。
なんて情けない顔だろう。嬉しくてたまらなくて、泣き出しそうな顔だ。
「僕も、優希が、好き。ずっと好きだったよ」
想いが口から流れた。
一緒に涙が溢れた。
ボロボロ流れて、止まらない。
「僕、ね……本当は、知ってたんだ。優希の肩に、僕の幽霊が、いるって」
「そっか。だから俺の背後、気にしてたんだね」
奏楽は、しゃくりあげながら頷いた。
「幽霊になる前は、透明なスライムで、その前は黒い塊で。その前は、僕が作った、あみぐるみの……水色の小鳥、だったの」
ぐしゃぐしゃに泣く奏楽の涙を、優希の指先が拭ってくれる。
「あみぐるみ……奏楽が、俺に作ってくれた、小鳥?」
優希の問いに、奏楽は頷いた。
優希が一瞬、後ろを振り返った。
「一ヶ月以上も見てたのに、怖くて、言えなかった。ごめん……ごめんね、優希」
泣きじゃくる奏楽を、優希が胸に抱いた。
「奏楽は悪くないよ。怖い思いさせたのは、きっと俺なんだ」
「どういう意味?」
顔を上げたら、優希が恥ずかしそうに笑んだ。
「それより、大事なこと、もう一度聞きたい」
「大事なこと?」
「奏楽は俺のこと、どう思ってる?」
奏楽の顔がまた、熱さを増した。
「それは、さっき……言った」
ぽそりと、とても小さい声になった。
「もう一回、聞きたい。俺も言うから、せーので言おう」
「え……えぇ……」
「ね? お願い」
優希が甘えたように、ねだる。
こんな顔を見るのは初めてで、嫌とは言えなかった。
「じゃ、いくよ、せーの」
「待って、心の準備……」
優希の顔が、奏楽の言葉を待っている。
奏楽は息を飲んだ。
優希の目が合図をくれた。
「好きだよ」
「大好き」
言葉が、重なった。
優希が、奏楽の肩に顔を埋めた。
「好きの大きさで負けた……」
割と本気でがっかりしている声だ。
「ま、負けてない! 充分、嬉しい」
奏楽は優希の背中に手を回すと、自分から優希に寄り添った。
優希の体が、ビクンと震えた。
「その仕草が、もう可愛い」
優希が力を抜いて、奏楽に凭れ掛かる。
「わわ! 優希、倒れちゃう……わぁ!」
床にパタリと倒れ込んだ奏楽に、優希が覆い被さった。
「今度は俺から、してもいい?」
「するって、何、を……」
問いかけすら待たずに、優希の顔が近付く。
奏楽の唇に、優希の唇が重なった。
甘い痺れが全身を駆け抜ける。
力が入らなくて、優希にしがみ付くので精いっぱいだった。
ちゅっと甘い水音を残して、名残惜しい唇が離れた。
「何があっても、守るから。奏楽を傷付けさせたりしないから。俺の恋人に、なって」
真っ直ぐに見詰める瞳は真剣で、今までだったら直視なんかできなかった。
けれど、今は。
この瞳が自分だけに向いているのだと思ったら、逸らす気になれなかった。
「僕も、優希を大事にしたい……恋人に、なりたい」
優希の頬を包む。
その顔が、嬉しそうに笑んだ。
(本当に、王子様みたい。僕だけの……優希)
皆が憧れる偶像の王子様ではない。等身大の優希に触れている。
照れたようで嬉しそうな優希の顔は、奏楽が知るどの表情より綺麗だった。
「やっと、俺の奏楽にできた」
浮かれた声が濡れた唇から注ぎ込まれる。
重なる唇を拒む理由は、もうない。
体温も体の重さも全部包むつもりで、奏楽は優希を掴まえた。
簡易ベッドの上で、毛布を被って寝ている。
部屋の中はやけに空気が静かで、ここだけ時間が止まっているみたいだった。
けれど、今の奏楽にとって、そんなことはどうでもいい。
寝そべる優希に幽霊奏楽が添い寝している。
しかも、ピッタリくっ付いている。
窓から入り込む朝陽に照らされた幽霊の輪郭が、優希に溶けるようだった。
(幽霊が優希の中に溶けたら、優希が飲まれちゃう。幽霊に奪われちゃう)
直感的に、そう感じた。
怖くて、背筋が寒くなった。
「ダメ……絶対にダメ! 離れてよ!」
優希に駆け寄ろうと思うのに、足が上手く動かない。
もたもたしている隙に、幽霊奏楽がのっそりと起き上がった。
優希の頬を指で撫でると、顔を近付ける。
(え……え? あんなに近付いたら、キスしちゃうんじゃ……)
幽霊奏楽の顔が、ゆっくりと優希に寄っていく。
優希は全く起きる気配がない。
「嫌だってば、離れて……キスしていいのは、幽霊じゃない。優希を好きなのは、僕なんだから!」
叫んだ瞬間、足が動いた。
前のめりになりながら、奏楽は優希に駆け寄った。
幽霊の腕を、むんずと掴んだ。
「同じ顔でも、幽霊は僕じゃない!」
掴んだ幽霊の手が、ビクリと震えた。
幽霊が後ろに引いた。掴んだ腕が引っ張られて、奏楽は体勢を崩した。
「え? 急に……わぁ!」
体が前に倒れ込む。
寝ている優希に覆い被さった。
「んぅ……」
唇に、温かさが触れた。
柔らかい粘膜が、重なり合う。
(あ、れ……何が触れてるの? ふわっとする。優希の……唇?)
優希の唇に、奏楽の唇が触れている。
そう気付いた途端に、顔が今までにないくらい熱くなった。
(どどどどどうしよう。離れなきゃいけないのに、逃げられない)
いつの間にか、幽霊が奏楽の手を握っている。
起き上がりたいのに、身動きが取れない。
じたばたする奏楽の体を、優希の腕が抱えた。
「奏楽……?」
薄らと優希が目を開く。
「……本物?」
ドキリとして、奏楽は動きを止めた。
「鏡、なくても見える。ちゃんと触れる。本物だよね」
優希の腕が更に強く奏楽を抱きしめた。
幽霊奏楽が、奏楽の手を離した。その反動で、奏楽の体が優希の上に、落ちた。
「ごめん、約束したのに、俺……鏡、見に行ったんだ。そうしたら、俺の背中に奏楽がいて。でも本当の奏楽じゃなくて」
奏楽の心拍がどんどん上がる。
優希の告白も衝撃だが、密着した体のほうが気になって、話しどころではない。
触れ合った胸から、優希の熱も、心臓の音まで流れ込んでくる。
「俺、奏楽が好きだから、幽霊じゃ、嫌なんだ。本当の奏楽が欲しい。だから、目が覚めたら、ちゃんと奏楽に伝えたくて。こんな部屋に逃げないで、自分から奏楽を迎えに行くよ」
あまりに自然に流れた告白に、奏楽は耳を疑った。
「……え?」
今、優希の口から好きと聞こえた気がする。
「夢じゃなくて現実で、奏楽とキスしたいよ、奏楽……」
優希の手が奏楽の体を撫でる。
指が奏楽の頬を撫でて、唇をなぞった。
(優希、夢だと思ってるんだ。どうしよう、また……キスしちゃいそう)
優希の顔が近付いてくる。
じたばた慌てながら、奏楽は控えめに口を開いた。
「えっと……夢じゃないよ、優希。僕は、現実の奏楽だよ」
優希の動きが、ぴたりと止まった。
「……え?」
優希の目が大きく見開く。
さっきまで夢心地に半開きだった目から、夢の余韻は消えていた。
「え……っと。じゃぁ、今の……キス、は?」
「幽霊僕が優希にキスしそうだったから、止めようとしたら、優希の上に転んじゃって……その、ごめん」
優希があんぐりと口を開いて、奏楽を見詰める。
勢いよく後ろを振り返った優希が、自分の肩や背後を手で払う仕草をした。
「やっぱり、見えないし、触れない」
奏楽に手を伸ばすと、頬を両手で包んだ。
「……触れる。本物だ。ゼリーみたいに揺れたり、輪郭が滲んだりしてない」
「うん……」
優希が確かめるように奏楽をまじまじと観察する。
その様子をみて、本当に鏡を見たのだと実感した。
(七不思議の噂、本当だったんだ。僕と同じように優希にも、幽霊僕が見えちゃったんだ)
落胆や後悔や自責が、波のように奏楽の心に押し寄せた。
「え……えっと、奏楽……俺の話、聞こえた?」
優希の顔が真っ赤だ。誤魔化しきれないくらい、耳まで赤い。
奏楽は直視できずに俯いた。
「うん……聞いた」
奏楽の顔も熱い。
さすがにあの距離で、この顔で、聞いてませんなんて、嘘は言えない。
(優希が、僕のこと、好き? そんなこと、ある? 聴き間違いの可能性はあるかも)
ドクドクと心臓の音が耳について、うるさい。
優希の声まで掻き消えそうだ。
そのせいで奏楽にとって都合よい言葉に聴こえただけかもしれない。
「でも、聞き間違った、かも。優希、寝ぼけていたみたいだし、本気じゃない、よ……ね……!」
優希の腕が伸びて来て、奏楽の体を抱きしめた。
「本気だよ、かなり本気。俺の好きな人は、奏楽。もう誤魔化さない」
耳元から優希の声が、流れ込んだ。
優希の声があまりに切実で、奏楽の体が強張った。
「色んなこと、考えた。周りにどう思われるかとか、奏楽を傷付けるんじゃないかとか」
胸がチクリと痛んで、奏楽は口を引き結んだ。
(僕、そんなことまで考えてなかった。ただ優希が好きで、そればっかりで)
「でも、奏楽が可愛くて……可愛いと思うたびに、そういうの、どうでもよくなって。大事にしたいのに、好きしか自分の中に残ってなくて、だから……」
腕を緩めて、優希が奏楽に向き合った。
「俺は、奏楽が好きだよ。今は、それだけ」
優希の瞳の中に、奏楽が映り込んでいる。
幽霊ではない、本当の自分だ。
なんて情けない顔だろう。嬉しくてたまらなくて、泣き出しそうな顔だ。
「僕も、優希が、好き。ずっと好きだったよ」
想いが口から流れた。
一緒に涙が溢れた。
ボロボロ流れて、止まらない。
「僕、ね……本当は、知ってたんだ。優希の肩に、僕の幽霊が、いるって」
「そっか。だから俺の背後、気にしてたんだね」
奏楽は、しゃくりあげながら頷いた。
「幽霊になる前は、透明なスライムで、その前は黒い塊で。その前は、僕が作った、あみぐるみの……水色の小鳥、だったの」
ぐしゃぐしゃに泣く奏楽の涙を、優希の指先が拭ってくれる。
「あみぐるみ……奏楽が、俺に作ってくれた、小鳥?」
優希の問いに、奏楽は頷いた。
優希が一瞬、後ろを振り返った。
「一ヶ月以上も見てたのに、怖くて、言えなかった。ごめん……ごめんね、優希」
泣きじゃくる奏楽を、優希が胸に抱いた。
「奏楽は悪くないよ。怖い思いさせたのは、きっと俺なんだ」
「どういう意味?」
顔を上げたら、優希が恥ずかしそうに笑んだ。
「それより、大事なこと、もう一度聞きたい」
「大事なこと?」
「奏楽は俺のこと、どう思ってる?」
奏楽の顔がまた、熱さを増した。
「それは、さっき……言った」
ぽそりと、とても小さい声になった。
「もう一回、聞きたい。俺も言うから、せーので言おう」
「え……えぇ……」
「ね? お願い」
優希が甘えたように、ねだる。
こんな顔を見るのは初めてで、嫌とは言えなかった。
「じゃ、いくよ、せーの」
「待って、心の準備……」
優希の顔が、奏楽の言葉を待っている。
奏楽は息を飲んだ。
優希の目が合図をくれた。
「好きだよ」
「大好き」
言葉が、重なった。
優希が、奏楽の肩に顔を埋めた。
「好きの大きさで負けた……」
割と本気でがっかりしている声だ。
「ま、負けてない! 充分、嬉しい」
奏楽は優希の背中に手を回すと、自分から優希に寄り添った。
優希の体が、ビクンと震えた。
「その仕草が、もう可愛い」
優希が力を抜いて、奏楽に凭れ掛かる。
「わわ! 優希、倒れちゃう……わぁ!」
床にパタリと倒れ込んだ奏楽に、優希が覆い被さった。
「今度は俺から、してもいい?」
「するって、何、を……」
問いかけすら待たずに、優希の顔が近付く。
奏楽の唇に、優希の唇が重なった。
甘い痺れが全身を駆け抜ける。
力が入らなくて、優希にしがみ付くので精いっぱいだった。
ちゅっと甘い水音を残して、名残惜しい唇が離れた。
「何があっても、守るから。奏楽を傷付けさせたりしないから。俺の恋人に、なって」
真っ直ぐに見詰める瞳は真剣で、今までだったら直視なんかできなかった。
けれど、今は。
この瞳が自分だけに向いているのだと思ったら、逸らす気になれなかった。
「僕も、優希を大事にしたい……恋人に、なりたい」
優希の頬を包む。
その顔が、嬉しそうに笑んだ。
(本当に、王子様みたい。僕だけの……優希)
皆が憧れる偶像の王子様ではない。等身大の優希に触れている。
照れたようで嬉しそうな優希の顔は、奏楽が知るどの表情より綺麗だった。
「やっと、俺の奏楽にできた」
浮かれた声が濡れた唇から注ぎ込まれる。
重なる唇を拒む理由は、もうない。
体温も体の重さも全部包むつもりで、奏楽は優希を掴まえた。



