空色の小鳥は、恋をしていた。

「かぎ編みっていって、先に引っ掛けがあるかぎ編み棒を使うんだけどね。まずは輪っかを作って、穴を通して、こう引っ掛けて……くりって通す」

 奏楽がいとも簡単にやって見せる。

「優希もやってみて。まずは持ち方から……」

 奏楽に毛糸と編み棒の持ち方を教わり、ちょっとずつ編んでみる。
 言われた通りに、くりっと通そうとするのだが。
 円が小さすぎて、回らない。

「か、硬い……」

 毛糸と棒を持つ手に、どんどん力が入る。
 しかも、棒をどこの穴に通せばいいのか、わからない。
 プルプルと手が震える。

「優希、力抜いて。硬く編み過ぎるとギチギチになっちゃうから」

 奏楽が優希の肩を撫でる。
 気が付いたような顔をして、すっと手を離した。

「あみぐるみって、難しいんだね」

 まだ一つ目のパーツを作っているだけなのに、疲れた。

「難しくはないはずなんだけど……じゃぁ。最初は僕が作るの、一通り見てみて」
「うん……」

 毛糸と棒を持った奏楽が、サクサクと編み出した。

「輪っかに通したら棒の先を、ここに通すの。でね、引っ張って……ここで力、入れすぎちゃダメだよ。で、輪っかの大きさを棒で調節して、また同じように……」

 優希は、あんぐりと口を開けて呆けた。
 奏楽の手の動きが早すぎて、付いていけない。

「小鳥遊、動きが早い。もっとゆっくりしないと、目で追えないよ」

 千尋が、こそっと助言をくれた。

「え? ゆっくりやってるよ?」
「いつもよりゆっくりだけど、まだ早いよぉ」

 花音がお菓子をパクリとしながら笑った。

「今の、ゆっくりなんだね」

 そういえば、小鳥を作ってくれた時も、あっという間に出来上がった。

「染谷君はちょっと不器用みたいだから、最初からかぎ編みは難しいかもね~。ゆっくり慣れたほうがいいわね~」
「あはは、そうかも」

 詩織の容赦ない指摘に安心して笑みが出た。
 正直、毛糸の目の並びも棒の動きも、全然わからない。

「だったら、奏楽坊が編んだあみぐるみに綿を詰めたらいいんじゃないか?」

 佳奈にピンセットを渡された。

「これで、隙間から綿を入れるんだ。詰める量で握り心地が変わるぞ」
「いいですね。それなら、俺にもできそう」

 ピンセットを摘まんだり離したりして、パチパチする。

「なんか意外だけど、いいね。染谷にも苦手があるんだ」

 千尋がお菓子を食べながら呟いた。

「王子様を身近に感じるよねぇ。何でもできたら嘘くさいもん」

 花音がマシュマロチョコパイを優希と奏楽に渡した。

「小鳥遊が好きなの、置いとくよ」
「うん、置いておいて。キリ良いとこまで、編んじゃうから」

 奏楽が手元から目を離さず集中している。
 手の動きが職人だ。
 優希は感心して眺めた。

「奏楽坊は編み目が綺麗で速いからな。私もマシュマロチョコパイ、食べたい」
「佳奈ちゃんの分は、こっちね~」

 詩織がすかさず佳奈にお菓子を差し出した。

(奏楽が手芸部を好きな理由、わかるな。何となく、居心地がいい)

 王子様の話題を振られた時は、いい気分がしなかった。
 けれど今は、さりげなく流れる会話が心地良い。

(それに、奏楽が可愛がられている。ちょっと……嫉妬するかも)

 友情以上ではないと、わかるのに。
 心が少しだけ、ザワザワする。
 優希の手が無意識に自分の肩に触れた。
 疼きが強くなって、肩の熱が上がった気がした。

「染谷君、肩が痛むのかね」

 佳奈がマシュマロチョコパイを頬張りながら、優希に問い掛けた。
 
「痛い訳ではないんですが、違和感が……ひと月くらい前から、何となく」

 優希は苦笑した。
 奏楽の手が止まって、顔が上がった。

「練習しすぎ? サッカー部でも、上半身壊すの?」

 花音が首を傾げる。

「体幹は大事だし、腕や肩の筋肉も鍛えるよ。肩を壊すことは、滅多にないんだけど……」
「調子悪いの? 無理してる?」

 奏楽が優希の腕に縋り付いた。
 心臓が大きく跳ねて、優希の体が仰け反った。

「何となくの、違和感だけ、だから。無理はしてないよ」

 ぎこちなくならないように、言葉を繋ぐ。
 奏楽の顔があまりに必死で、そのほうが違和感だった。

「ふぅむ。どれ」

 佳奈が立ち上がり、優希の隣に立った。
 肩に手を置くと、するりと払う仕草をした。

「え……?」

 優希と奏楽の疑問の声が重なった。

「肩の重さは背後霊のサインだ。ちょっと霊感が強い人間が手で払うだけでも離れたりする。払うは祓うで音が同じだからな」

 佳奈が、紙に「払う」と「祓う」という文字を書いた。

「ちなみに私は、霊感が強い」

 佳奈の顔が得意げだ。
 そこを疑う気にならないのは、何故だろう。
 佳奈からは、きっと霊感かあるんだろうなと思わせる凄味が漂っている。

「そう、なんですか」
「しかし、そんな匂いはしないけどな」

 佳奈が優希に顔を近づけて、スンスン嗅ぐ。
 奏楽がちょっとずつ優希の腕を引っ張っているのに気が付いた。

「匂いで、わかるんですか?」

 恐る恐る問う。

「私は匂いで感じることがたまにあるけど、感性は人によるよ。正直、何でも感じるわけじゃないし、わからないことのほうが多いけどな」

 スン、と匂いを嗅いで、佳奈が頷いた。

「優希にオバケは、憑いてない?」

 奏楽が泣きそうに佳奈に問う。
 優希より真剣な表情だ。
 佳奈が優希の肩に、更に鼻を近付けた。

「嫌な感じがないし、ツンとした匂いはしないから、いなそうだぞ。むしろ、フローラルな良い香り……」
「佳奈ちゃん、近付きすぎよ~。染谷君のファンに見られたら刺されるわ~」

 詩織が佳奈を引っ張った。

「あくまで佳奈ちゃんの感覚の話だから、二人とも信じちゃダメよ~」

 詩織の注意が現実的で安心した。優希は苦笑いした。
 優希の腕を握る奏楽の手が震えている。

「……奏楽?」
「気になるなら、男子寮の鏡を覗いてみたらいいんじゃないか?」

 奏楽を振り返ろうとした優希の目が、佳奈に戻った。

「鏡って、三階の洗面台ですか?」

 優希の問いに、佳奈が深く頷いた。

「明倫学園七不思議の一つ目、男子寮三階の鏡は、真実を映し出す。あの鏡があるせいで、男子寮だけが建て替えできずにいるのだそうだ」
「あぁ、だから男子寮だけ、やけに古いんですね」

 明倫学園高等学校は明治時代創立の歴史ある学校だ。
 時代を感じさせる建物は多いが、男子寮は飛び抜けて古い。
 数年前に建て替えた女子寮や校舎と比べると、違和感しかない。

「おまけに、男子寮には六つ目の七不思議、開かずの寮室もあるからな。取り壊しはおろか、人の気配がなくなると祟りが生じるとか……」
「ひぃ!」

 おどろおどろしい言い回しをする佳奈に怯えて、奏楽が耳を塞いだ。

「鏡か。ちょっと覗いてみたいかも」

 優希は、ぽそりと呟いた。

「ダメ! そういう危険に近付いちゃ、絶対にダメ!」

 奏楽が優希の腕を強く引いた。
 上半身が前に倒れ込む。奏楽の顔が間近に迫って、息が止まった。

「あ……だから、だって……あの洗面台、昼間でも暗いし、寮生だって滅多に使わないのに」

 確かに雰囲気から怖い。
 三階には新しい洗面台もあるから、そっちを使う生徒が多い。
 しかし狭いので、急ぐ生徒は古いほうを使ったりもしている。

(奏楽は怖がりだから、きっと使わないよな。だけど、怯え方が不自然に感じる)

 自分が怖いからというより、鏡に優希を近付かせないよう必死に見える。

(奏楽は俺に、鏡を見せたくない……奏楽には何かが、見えている?)

 ポルターガイストを言い出せなくて隠していた奏楽だ。
 他に怪異が見えていても、今更不思議には思わない。

「行かないよ。奏楽は怖い話、苦手だろ」

 優希は奏楽の手を握った。
 奏楽が、ぶんぶんと大振りに頷いた。

「なんだ、行かないのか。本当に何か見えたら教えてほしかったのに」

 佳奈が残念そうな顔をする。
 奏楽が優希の体を引っ張って、佳奈から離した。

「優希は鏡なんか見に行かないです。そういう誘惑、ダメだから!」

 奏楽が泣く勢いだ。
 優希の腕に縋り付く奏楽の肩を撫でた。

「大丈夫だよ、奏楽。落ち着いて」
「そうよ、奏楽ちゃん。はい、あーんして~」

 反射のように開いた奏楽の口に、詩織がマシュマロチョコパイを放り込む。
 もぐもぐする奏楽の顔が、ひと噛みごとに穏やかになった。

「染谷君の言う通りよ~。佳奈ちゃんの趣味に無理して付き合うことないわ~」

 詩織が佳奈のマシュマロチョコパイを没収した。

「佳奈ちゃんはバツとして、チョコパイ一つだけね」
「えぇ! 悪気はなかったのに」

 佳奈が思いの他、ダメージを受けている。

「今のは、佳奈先輩が悪いですよ。小鳥遊が怖がりだって知っているのに、やりすぎです」

 千尋が辛辣だ。

「小鳥遊が怯えてるのにやめないのは可哀想だよぉ。佳奈先輩のマシュマロチョコパイは小鳥遊に進呈でぇす」

 花音が佳奈の分のマシュマロチョコパイを奏楽に渡した。
 奏楽が素直に受け取っている。

「えぇ……いつもと変わらない話だったと思うが。小鳥遊、怯えすぎだぞ」

 奏楽がフルフルと首を振りながら、チョコパイをパクリとした。

「佳奈ちゃんには、辛いポテチね」

 詩織が佳奈の口にポテチを突っ込んだ。

「辛いの、苦手なんだけどな」

 眉を顰めつつ、佳奈がポテチをもぐもぐした。
 その光景を、優希は苦笑しながら眺めた。
 目の前の奏楽が、マシュマロチョコパイを頬張る。
 まだ目が潤んでいるものの、落ち着いたようだ。
 優希は胸を撫で下ろした。

(七不思議の、鏡……)

 奏楽には見に行かないと言ったけれど。
 優希は、そっと自分の肩に触れた。