空色の小鳥は、恋をしていた。

 次の日、優希は奏楽に連れられて手芸部に向かった。
 
「お菓子、買い過ぎたかな」

 優希が持つ袋を奏楽が眺める。

「今日中に食べきらなくても、余ったら休み中に食べればいいよ」

 手芸部への差し入れだ。
 朝から二人で買い出しに、コンビニに行った。

(奏楽が好きなマシュマロチョコパイも買えた。奏楽、嬉しそうだった)

 マシュマロチョコパイを見付けた瞬間の奏楽のキラキラした顔を見られた。
 それだけでも、優希的には大満足だ。
 部室に行くと、既に部員が揃っていた。

「来たな、染谷君」

 佳奈が優希の肩をポンポンと叩いた。

「奏楽ちゃんに聞いたわ~。本当にありがとう」

 部室に入った途端、佳奈と詩織に挟まれた。

「毎日参加は難しいですが、なるべく顔を出せるようにしますので。これ、差し入れです」

 お菓子が詰まったコンビニ袋を差し出す。

「まぁ、ありがとう」

 受け取った詩織が嬉しそうに笑む。

「さすが、王子様の気遣いだ」
「染谷は顔だけじゃないよねぇ」

 千尋と花音が口々に褒めた。

「よろしく、染谷!」

 花音が元気に手を上げる。

「染谷って、手芸に興味とかあるの? あ、私1組の雨宮千尋、よろしく」
「うん、よろしく。興味はなかったけど、奏楽が作るあみぐるみは可愛いと思うよ」

 千尋が先んじて名前を教えてくれて助かった。
 同じクラスの花音は知っているが、優希は千尋を知らない。

(けど、雨宮は俺を知ってるんだ。同学年だし、変ではないか……いつものことだしな)

 どこまでの周知が普通なのか、わからなくなる。

「だから、優希は僕とあみぐるみを作ります。僕が教えるからね」

 奏楽が気合を入れている。
 拳を握る姿が、もう可愛い。

「そうだな。花音のパッチワークや千尋の棒編み小物より、初心者向けだろ」
「私と佳奈ちゃんは刺繍でハンカチを作るの。奏楽ちゃんが一番、染谷くん向きね~」

 机の上に広かる作りかけの刺繍や布や毛糸を見ても、優希には何ができるのかさっぱりわからない。

「そうですね。奏楽になら、寮でも教えてもらえるから」
「わからなかったら、宿題の後にまた教えるよ」
「うん、お願い」

 奏楽に笑いかけられて、優希も笑い返した。
 そんな二人を花音と千尋が感心して眺めていた。

「二人って、思っていたより仲が良いんだねぇ。二人で宿題とかするんだ」
「タイプが全然違うのにね」
「それを言うなら、一ノ瀬と雨宮だってタイプ違うのに仲良しだよね」

 二人の感心に、奏楽が間髪入れずにツッコむ。

「仲良しでなければ、サッカーコートから家庭科室に向かって手は振らないよな」

 ニシシと笑って、佳奈が優希を見上げた。

「昨日ですか? ちょうど奏楽と先輩たちを見付けたから、思わず」

 本当は、見付けたのは奏楽だけだ。
 後から佳奈と詩織が増えて、ドキリとした。

「佳奈先輩と詩織先輩は、染谷と顔見知り?」

 花音が不思議そうに問い掛ける。
 接点がないから、その反応は妥当だ。

「奏楽坊と青春した後に、世話になったのだよ」
「全力ダッシュで神社から男子寮まで走ったら、奏楽ちゃんと佳奈ちゃんがくたびれちゃってね~。染谷君がお水を買ってきてくれたのよ~」

 詩織が何でもないように話す。
 佳奈が顔を顰めて詩織の腕を突いた。

「何してるんですか、佳奈先輩。青春とか、ウケるぅ」

 笑う花音の隣で、千尋が驚いた顔をした。

「神社から男子寮って結構、距離ありますよね。全力って、詩織先輩も?」
「そうねぇ。私は特に疲れなかったわ~」

 上品に笑う詩織を、千尋と花音が驚いて眺めている。
 若干、引いている顔だ。
 神社は北東の端だ。男子寮は西側にある。
 明倫高校は敷地が広いから、直線距離で一キロくらい離れている。
 その顔は納得だ。

「詩織は中学の時、陸上部で中距離選手だったから。緩急の付け方が上手いんだ」

 佳奈が悔しそうに詩織を見上げた。
 緩急とか、そういう問題ではない気がする。詩織は優希にとって、佳奈以上に未知だ。
 男子寮の前でぐったりする佳奈と奏楽の隣で一人、平然としていた詩織を思い出す。

(そういえば……初めて奏楽が俺のこと、名前で呼んでくれたの、あの時だった。無意識だって言ってたな)

 思わず口から出るくらいには、優希の名前を意識してくれていた。
 名前で呼びたかったのが自分だけじゃなくて、嬉しい。
 ほんの数日前の出来事なのに、もう随分と長く、奏楽に優希と呼ばれている気がする。
 右の肩が、じわりと熱く、疼いた。

「ん? 奏楽、どうしたの?」

 ふと、視線を感じて、奏楽を振り返る。
 奏楽が優希の背後を凝視していた。

「う……ううん、何でもない。ほら、座って。僕らも始めよう」

 奏楽が、ぎこちなく優希の腕を引いて、椅子に座らせた。
 優希は、さりげなく後ろを流し見た。

(特に何もない。昨日から、奏楽の挙動が変だ。妙に俺の背後を気にする)

 しかも、じっと見詰めたり、顔を蒼くしたりする。
 まるで、何かが見えているかのように。
 ぞくりと、少しの寒気が走って、優希は視線を戻した。

(考え過ぎか。もう誤魔化すのはナシって約束した)
 
 違和感が消えない肩を、優希はそろりと撫でた。

「優希、大丈夫? 肩、重かったり、痛かったりしない?」

 奏楽が慌てた様子で、こっそりと優希に訊ねた。

「んー……痛いというより、疼く感じがするかも。重くないよ。ちょっと、ポカポカするかな」
「そっか。良かった……のかな?」

 奏楽が一人で首を傾げている。

「奏楽、あのさ……」
「毛糸は、これね! 部費で購入した分は後で届くけど、今は僕が持ってる毛糸で作ろ。僕らの目標は、二人で三十個!」

 奏楽が明らかに優希の話を遮った。
 何とも、わかり易い。

「こらこら、奏楽坊や。千個の約束だろ」
「そんなに作れないし、売れないです」

 佳奈のツッコミに、奏楽がべぇっと舌を出した。
 とても可愛い。

「染谷って助っ人が入ったから、作れるかもよぉ?」

 花音が、もっともらしいことを言う。

「いや、俺、手芸は初めてだから。どちらかというと足を引っ張るよ」
「正統派王子の染谷にも、苦手があるんだね」

 千尋の言葉が、地味に刺さった。
 きっと他意はない。悪口ですらない。
 構内の噂を会話に交えただけだ。

(王子様、か。そんな要素、俺にはないのにな)

 直接聞くたびに、心が乾く言葉だ。

「優希は王子様だけど、あみぐるみは僕のほうが上手に作れるからね」

 奏楽が胸を張った。エッヘンと聞こえてきそうな得意顔だ。
 その顔に癒されて、自然と笑みが零れた。

「だねだねぇ。私もあみぐるみは小鳥遊に勝てる気しないなぁ」

 花音が、カラッと笑う。

「私も棒編みで小物作るの得意だけど、こんなに綺麗な編み目で小さいあみぐるみは作れないかも。小鳥遊は器用だよね、しかも速い」

 奏楽の顔が、どんどん得意げになる。
 鼻が伸びていくのが見えるようだ。

(あみぐるみを褒められるの、嬉しいんだな)

 優希は、奏楽にもらった水色の小鳥のあみぐるみを思い出した。
 失くしたと気付いてから、ずっと探しているが、見付からない。
 奏楽に相談しようと思うのに、言い出す勇気がない。

(休み中に探しても見付からなかったら、奏楽に打ち明けてみよう。誤魔化すのはナシだもんな)

 自分のために作ってくれた物を失くしたなんて、話したくないけれど。
 奏楽には正直でいたいと思った。