空色の小鳥は、恋をしていた。

 奏楽が颯真からメッセを受け取る少し前。
 優希はサッカー部の練習が終わった後も一人、自主練をしていた。
 今日は、五月に入ったばかりとは思えないほど暑い。すでに夏の日差しだ。
 熱中症回避のため設けられた筋トレルームのランニングマシーンで走っている。

(今頃、奏楽はもう部屋にいるかな)

 奏楽と接触する時間を減らしたくて、練習後も一人残って筋トレしているのに。
 気を抜くと奏楽の顔が浮かんでくる。

(気持ちを自覚してから、奏楽のことばっかり考えてる)

 ここ数日で、奏楽が前より三倍以上、可愛く見える。
 体を動かすのとは別の熱さが込み上げる。
 煩悩を振り払いたくて、優希は猛ダッシュした。

「おーい、あんまり速く走ると、マシーン壊れるぞ」

 息を切らしたまま振り返る。
 颯真がニコニコとスマホを振った。

「お前、自主練しすぎ。もうみんな上がったし、俺らも寮に帰るぞ」
「先に上がっていいよ。もう少し、走ってから戻る」

 足を速めた優希を尻目に、颯真がマシーンの電源を切った。

「ちょっ……危ないだろ」
「負荷のかけすぎは毒って、監督が言ってただろ。俺みたいに十字靭帯の手術してぇの?」

 優希は言葉を飲み込んだ。
 颯真は一年の秋に膝の手術をしている。
 リハビリに苦しむ颯真のアシストをしたのは優希だ。
 苦労する姿を一番、間近で見ていた。

「だから今日は終了。俺の部屋でトランプしようぜ」

 颯真が優希の腕を引っ張って、マシーンから降ろした。

「はぁ? 何でトランプ? 二人じゃ、つまらない」
「だから、奏楽を呼びます」
「なんで、奏楽!」

 うっかり叫んだ。
 スマホでメッセを打っていた颯真が、顔を上げた。

「なんでって、何となく」

 本当に何も考えていない顔だ。
 優希は深く息を吐いた。

(会う時間を減らすために自主練しているのに、意味ない)

 今まさに煩悩と戦っていたのに、煩悩の只中に突き落とされる気分だ。

「いいから、いいから。写真撮ろうぜ」

 颯真が優希の肩に腕を回して、スマホを構えた。

「何で写真?」
「奏楽に送ります」
「だから何で!」
「わかり易いじゃん、三人でトランプするぞって。スマホ見ろって」

 優希は仕方なく、スマホに顔を向けた。
 シャッター音が部屋に響く。

「不機嫌そうな顔してんな。レアショットじゃん」

 颯真が写真を見せてくる。
 満面の笑みの颯真の隣に、不本意そうな自分がいる。
 我ながら、ダメな顔だと思う。
 
「それ、送らないで。撮り直しでいいから」
「もう送った。何でもいいじゃん。メンバーわかればいいだけだから」

 全く言葉にならない。
 悪い奴ではないが、颯真は時々、不躾だ。

(奏楽にあんな顔、みせたくないのに。よりによって何で、このタイミングで奏楽に……嫌そうとか、思われないかな。そんなつもりじゃないのに)

 奏楽が嫌なわけじゃない。嫌なわけがない。
 ただ、今は距離を開けないと。

(近付きすぎたら、きっと触れてしまうから)

 奏楽を傷付けそうで怖い。
 後悔とがっかり感が半端ない。

「部屋で撮り直す? 奏楽と写真、撮ってやろっか?」

 颯真から流れた何気ない提案に、胸が高鳴った。

(奏楽の写真。奏楽と二人の写真、欲しい)

 煩悩が一瞬で浮上した。

「……まぁ、そういう流れになったら」

 写真くらいなら、撮っても奏楽は変に思わないだろう。
 颯真が自然に話を切り出してくれるかもしれない。
 視線を感じて、振り返る。
 颯真が、まじまじと勇気を眺めていた。

「ふぅん」
「何?」

 颯真の得意げな顔に、若干イラっとする。

「別に何でも~。さっさと行こうぜ」

 颯真に腕を引かれるがまま、優希は寮に戻った。