空色の小鳥は、恋をしていた

 宿題をしながら、奏楽は隣の勇気をチラチラと覗った。
 優希の風邪は感染症もなく、一日で治った。
 悪化しなくて良かった。
 それ以上に良かったのは、御守りを渡したら、優希の肩の黒い塊が小さくなったことだ。

(御守り、効果あったんだ。佳奈先輩、手芸部の皆、ありがとうございます)

 手芸部の面々の顔が頭に浮かび、心の中でお礼を言った。
 とはいえ、完全に消えたわけではないので、要観察だ。

(もう一個、御守り使ったら、完全に消えるかな)

 優希の肩を凝視する。
 ノートに向いていた優希の視線が上がって、奏楽を見た。

(やばい、見過ぎた!)

 奏楽は思いっきり目を逸らした。
 優希が、吹き出した。

「今、俺のこと見てた? どうしたの?」
「えっと、何となく、気になって」

 恥ずかしくて顔が上げられない。

「そういえばさ、ゴールデンウィーク、小鳥遊は家に帰る?」
「あ……僕、部活で残るんだけど、染谷は……」

 聞きたかった話を振られて、奏楽は顔を上げた。
 優希が穏やかに微笑む。黒い塊は、薄く優希の肩に張り付いて、動かない。

「俺も部活あるから、残るよ」
「そうなんだね」

 奏楽は、ほっと胸を撫で下ろした。

(良かった。黒いの付けたまま家に帰さないで済む)

 できれば休み中に、優希に憑いたオバケを剥がしたい。

「ていうか宿題、多くなかった?」
「そうだね。今年は休みが長いから」

 奏楽は苦笑した。
 今年は二十九日から五月六日まで、八日も休みだから、去年より宿題が多い。
 
「特に古典と英語。俺、苦手だから、しんどい」
「僕は数学が嫌だよ。関数、好きじゃない」

 数字の羅列や記号を見ていると、眠くなってくる。

「じゃぁさ、得意教科を教え合いしない? 俺が数学を教えるから、小鳥遊が古典と英語、俺に教えてよ」
「古典と英語なら、何とか……」

 休み中、染谷と一緒に宿題ができる。
 胸が、ぱっと明るくなった。

(いつもより長い時間、一緒にいられる)

 奏楽の顔を眺めて、優希が笑った。

「小鳥遊、嬉しそう。丸写しはダメだよ?」
「わかってるよ。そういう嬉しいじゃ、ないもん」

 ぷくっと頬が膨らむ。
 優希の指が奏楽の頬を突いた。

「やった。小鳥遊のほっぺ、突けた。前からやってみたかったんだ」
「は……え? ほっぺ? 前から?」

 訳が分からなくて、自分の頬を抑えた。
 優希の指に、ぷにっとされた感触を頬と手で噛み締める。

(触られちゃった……染谷に触られちゃった! 前からって、何?)

「小鳥遊って、怒るとほっぺが膨らむよね。颯真が前に突いてたから、俺もしてみたかったんだ」
「……怒って、ないよ……」

 自分にそんな癖があったなんて、知らなかった。
 しかも、奏楽の癖に優希が気付いている事実に驚いた。
 
(颯真にほっぺ、ツンツンされてるとこなんて、いつ見てたんだろ)

 優希はクラスが違うから、学校で接する機会は体育か選択教科くらいだ。
 
(あれ……肩の黒いのが、また小さくなってる?)

 優希の右肩の黒い塊が、ぎゅっと縮こまって行く気がした。
 小鳥だった時に比べたら、半分以下の大きさだ。

(もしかしたら、このまま消えるかも。御守り、凄い)

 優希が嬉しそうに笑うたび、黒い塊が小さくなる。
 その姿に、奏楽は安心した。
 なのに、どうしてか、胸の奥に燻ぶる小さな不安を無視できなかった。