空色の小鳥は、恋をしていた

 放課後、奏楽は勢いよく手芸部の扉を開けた。
 既に部活を始めていた部員たちが一斉に入り口を見た。

「なんだ、小鳥遊。殴り込みか?」

 手芸部部長の三倉佳奈が不敵に笑った。
 ずかずかと部屋に入った奏楽は、一直線に佳奈に向かうと、肩を掴んだ。

「先輩、前に話してくれた神社のこと、詳しく教えてください!」

 奏楽の勢いに気圧されて、佳奈が仰け反った。
 だが、すぐにいつもの笑みに戻った。

「ほほう、小鳥遊もついに学園七不思議に興味を持ったかな」
「いや、七不思議はどうでもいいけど、神社……」
「えぇ! 小鳥遊まで佳奈先輩に感化されたの? やめてよ、怖いの嫌だよ」

 ぬいぐるみを作る手を止めて、一ノ瀬花音が叫んだ。
 
「うちの学校の七不思議って、ガチにヤバい怪異なんでしょ。関わらないほうがいいって」

 口元に手を添えて、こそっと雨宮千尋が奏楽に助言する。
 
「そうじゃなくて、僕が知りたいのは、神社の話で……」

 奏楽の肩に腕を回して、佳奈がニタリと笑んだ。

「可愛い小鳥遊の頼みだ。何でも教えてあげよう。まずは一つ目、男子寮三階の端にある洗面台の鏡について……」
「ひぃい」

 花音と千尋が耳を塞いだ。

「はいはい、佳奈ちゃん、そこまで~。皆が眠れなくなっちゃうからね~」

 副部長の白石詩織が佳奈の口を塞いだ。
 奏楽に回った佳奈の腕をやんわり解く。
 その隙に、奏楽は佳奈から離れた。

「奏楽ちゃんが知りたいのは、学園の敷地にある明倫神社かしら?」
「そう、それです! さすが詩織先輩!」

 抱き付く勢いで、奏楽は栞に縋り付いた。

「折角、七不思議の話ができるチャンスだったのに。つまらないよ、詩織」

 舌打ちしながら、佳奈が詩織に恨めしい視線を送る。

「ダメよ~。七不思議は話すだけで怨霊を刺激するって噂でしょ。だから佳奈ちゃんは、お口チャックね」

 口元に指を添えて、詩織が優しく牽制している。
 穏やかな雰囲気なのに、詩織に注意されると佳奈も暴走しない。
 
「その怨霊を鎮めるために建てられたのが明倫神社なんだから、まずは七不思議から語るべきだろ」

 誇らしげに、佳奈が腕組みする。

「知ってる、その話! だから怨霊退散にめっちゃ効く御守りがあるんだよね」
「それだ!」

 花音の言葉に、奏楽は食いついた。

「僕が知りたいのは、それ! どの御守り買えばいいのか、知りたいです!」

 実は昼休みに神社に行ったのだが、悪霊退散を銘打つ御守りが見付けられなくて帰ってきた。

「なるほど、それでオカルトマニアの佳奈先輩に聞きに来た、と」

 納得する千尋に、何度も頷く。

「あらぁ、奏楽ちゃん、怨霊に憑かれちゃったの?」
「そういう匂いはしないけどな」

 心配する詩織の隣から、佳奈がクンクンと奏楽に匂いを嗅ぐ。

「匂いとか、わかるんですか?」

 ビクビクしなら佳奈から離れて、詩織に縋る。
 詩織が奏楽をきゅっと抱いた。

「怖がる奏楽ちゃん、可愛いわぁ」

 詩織が、よしよしと頭を撫でてくれた。

「詩織先輩、いいな。私も小鳥遊の頭、撫でたい」
「僕は犬じゃないから」

 花音をじっとりとねめつける。

「小鳥遊は犬っていうか、鳥だよ」
「それ、名前でしょ。皆、僕の苗字、馬鹿にしてるんだ」

 いつも淡々としているくせに、千尋は時々、奏楽をいじめる。

「違うわよ。奏楽ちゃんは小動物系だけど、どれかって言われたら小鳥よねってお話よ」

 詩織が優しくダメ押しした。
 しかもただの鳥じゃなくて小鳥になった。
 ショックすぎて、言葉にならない。

「愛されキャラだなぁ、小鳥遊」

 佳奈がカラカラ笑う。
 奏楽としては笑い事ではない。

「今は、そういう話じゃなくて! 御守り、どれを選べばいいんですか」
「普通の。願い事が何も書いてない神社の御守りだよ」

 佳奈がさらりと教えてくれた。

「それより、何か見たのか?」

 佳奈が、ずいと身を乗り出した。

「七不思議の一つ目は、男子寮の三階。小鳥遊は二年だから三階の洗面台の鏡、使うだろ」

 寮は学年ごとに階が決まっている。
 今の二年生の部屋は三階だ。

「前から、何か見たら教えろって言っておいただろ。私は女子だから、この話だけは検証ができないんだ」

 佳奈が奏楽に迫る。

「鏡の中に、誰かの姿を……」
「見てない、何も見ていません! オバケ怖い、嫌い」

 佳奈をグイグイ押し返す。

「じゃぁ、どうして、御守りが欲しいの?」

 詩織に問われて、奏楽は言葉に詰まった。

(ルームメイトに怨霊が憑いているから、とは言えない。けど、佳奈先輩ならお祓いの仕方とか、知っているかな)

 とはいえ、優希の名前を出すのは憚られる。
 優希はサッカー部のエースでモテ組だから、学園では有名人だ。変な噂になっても困る。

「僕が……作った、あみぐるみが、なんか、変で……」
「ふむ、変とは具体的に、どう?」

 佳奈が奏楽の嘘に食いついた。

「時々、笑ったり……笑っているように見えたり、僕も調子が悪くなったり」

 今は真っ黒な塊になってルームメイトの肩にいます、までは言えない。

「そういえば、昨日休んでたね。もう大丈夫なの?」

 奏楽と同じ1組の千尋が心配そうな顔をする。

「それって、かなりヤバくない? てか、染谷も今日、休んでたよ。小鳥遊、同室だよね?」

 花音が蒼褪めている。
 そういえば、花音は優希と同じ2組だった。

「僕は、大丈夫。染谷には、僕の風邪がうつったみたいで」

 正直、風邪をうつしたのか怪異のせいなのか、奏楽にもわからない。

「だったら、一人かくれんぼだな」

 得心した顔で、佳奈が頷いた。

「一人かくれんぼ……なんか、聞いたことある気がする」

 大変不穏な響きがする。
 奏楽は語感だけで怯えた。

「ぬいぐるみから怨霊を祓うために戦う儀式だよ」
「戦う⁉ 祓うのに?」

 奏楽は怯えながら背筋を伸ばした。
 そこまでしないと怨霊は祓えないんだろうか。

「はいはい、それ以上は聞かなくていいわよ~」

 詩織が奏楽の耳をやんわり塞いだ。

「奏楽ちゃんは戦うより、御守りが向いてるわ」
「そうだね。小鳥遊じゃ、ぬいぐるみに負けちゃいそう」

 花音がカラッと笑う。
 悪気がないのはわかるが、ちょっと酷い。

「小鳥遊のあみぐるみって、掌サイズでしょ。流石に負けないでしょ」

 千尋が呆れ気味にフォローしてくれた。

「大きさの問題ではないのだよ。怨霊は想いの深さだ」

 意味深な顔で、佳奈が怪しく含み笑いした。
 佳奈が言うと説得力があるから怖い。

「特にぬいぐるみのような人の手が直接触れる媒体には想いが乗り易いからな」

 ドキリとして、奏楽の肩が震えた。

「聞かなくていいから、奏楽ちゃんは神社にいってらっしゃい」

 詩織が優しく奏楽の肩を撫でた。
 何のかんの、やっぱり詩織の優しさに癒される。
 背中を押されて、奏楽は部室の扉に向かった。

「そうだ、小鳥遊。ゴールデンウィーク、帰る予定がないなら部室に顔を出せ」
「え? 先輩は、帰らないんですか?」

 佳奈を振り返る。

「文化祭の企画を考えるんだ」
「今から?」

 まだ四月なのに、九月の文化祭の企画を練るのは早い気がする。

「今年は一年生が入らなかったから、戦略会議も兼ねる」
「私らは残るよ! 小鳥遊も、部活しようよ!」

 千尋が深刻そうなのに、花音は楽しそうだ。
 二人の温度差は通常運転だなと思う。

「私たちは今年が最後だから、楽しい文化祭にできたらいいなと思ってね。長期休暇で予定もあるだろうから、無理のない範囲で構わないわ」

 詩織の言葉を聞いて、思った。

(ゴールデンウィーク、もし染谷も部活なら、寮に残るよね。だったら僕も、残りたい)

 去年は部活で残ると言っていた気がする。
 今年の予定はまだ聞いていない。

「部活、来ます」

 そう言い添えて、奏楽は神社に向かった。