星空の余韻に浸りながら、併設されたカフェで軽い食事を済ませた俺たちは、帰りがけにミュージアムショップへと立ち寄った。
店内には、深い紺色や銀色を基調とした、星や宇宙をモチーフにした雑貨が所狭しと並んでいる。繊細な輝きを放つアクセサリーや、天体を模した美しいお菓子。
通路を縫うように一つひとつ眺めていた俺の足が、あるコーナーの前でぴたりと止まった。
「あっ……これって……!」
思わず、上擦った声が漏れた。棚に並んでいたのは、この前コヨくんがASMR配信で咀嚼音を響かせていた、あの「星空のカケラ」だ。
ネット通販では常に完売、入手困難と言われている代物が、目の前に三つだけ並んでいる。
「在庫限り! 次回入荷未定」という手書きのPOPが、俺の物欲を激しく揺さぶった。
けれど、値札を見た瞬間、頭に冷水をかけられたような気分になる。今の俺には、完全に予算オーバーだ。
(……だめだ、諦めよう。今日はいっぱい楽しんだし)
後ろ髪を引かれる思いで、そっと瓶を棚に戻そうとした、その時。
上から伸びてきた長い指先が、俺の手の甲をなぞるように重なり、そのままその瓶を掴み取った。
「欲しいんじゃないの? これ」
「えっ……うん。でも、ちょっとお財布的に厳しくて」
見上げると、犀川くんがショップの照明で中身を透かすようにして、琥珀糖を見つめていた。犀川くんも、食べてみたいのかな――そんな俺の予想は、またしても裏切られた。
「俺が買ったら、波多野は受け取ってくれる?」
いつもの有無を言わせない圧はない。どこか窺うような、少しだけ自信のなさそうな響き。俺が「でも」と躊躇していると、彼は俺の罪悪感を先回りするように言葉を繋いだ。
「この前、図書室でグミッツェルくれただろ。そのお礼」
「でも、あれはあんなに高くないし……そもそも、教えてくれたお礼のつもりで……」
「好きな人の前だからさ。カッコつけさせてよ」
犀川くんは、そう言って柔らかく微笑んだ。
その表情があまりに「好き」に満ちていて、俺は言葉を失う。彼はそのまま瓶を手に取り、さっとレジへと向かってしまった。
面と向かって突きつけられた、「好きな奴」という言葉。俺に自分の気持ちを直視させるように、はっきりと分からせようとしている気がした。そして、その眩しいほどの好意にどこまでも甘えてしまう自分が、ひどくずるい人間のように思えて。
広い背中から、目が離せない。
犀川くんに、俺は一体何を返せばいいんだろう。こうして一緒に過ごすだけじゃ足りない、もっと別の何かを、彼は求めているような気がした。
「お待たせ、波多野」
星が描かれた小洒落た紙袋に入れて手渡されたそれは、金色のリボンが丁寧にかけられていて、まるで世界に一つしかない宝物のようだった。
「食べてみたいって言ってたじゃん。月曜日、学校で感想聞かせて」
「あ、ありがとう……」
おずおずと受け取り、袋の中から覗く瓶の蓋を見つめる。
胸の奥が、あの琥珀糖よりも甘い何かで、とろりと溢れるほどに満たされていくのを感じた。
「どういたしまして。ほら、行こうか」
「……待って!」
エレベーターへ向かおうとする犀川くんのジャケットの袖口を、俺は反射的に掴んでいた。
「え、まだ何か見たかった? ごめん、急かしすぎた――」
「違くて、その……さっき、犀川くんが言ってたこと。カッコつけなくても、犀川くんは……もう、充分カッコいいって、思ってるから……大丈夫だよ、って言いたくて」
口にした途端、とてつもない羞恥心が押し寄せ、心臓が爆発しそうになる。「何を言ってるんだ俺は」と激しく後悔して俯いた。
犀川くんは面食らったような顔をしたあと、「あー……」と深く重い溜息を漏らす。
何かを必死に堪えるように、大きな手のひらで顔の下半分を覆った。
「……ちょっと、駅で別れる前に寄りたい場所があるんだけど。一緒に来てくんない?」
「いいけど……どこに行くの?」
「まだ、内緒」
再び、大きな手が俺の手を包み込む。
最上階から一階へ。無言のままエレベーターに揺られながら、俺は彼が握る手に込められた力が、さっきよりもずっと強くなったのを、確かな熱とともに感じていた。
店内には、深い紺色や銀色を基調とした、星や宇宙をモチーフにした雑貨が所狭しと並んでいる。繊細な輝きを放つアクセサリーや、天体を模した美しいお菓子。
通路を縫うように一つひとつ眺めていた俺の足が、あるコーナーの前でぴたりと止まった。
「あっ……これって……!」
思わず、上擦った声が漏れた。棚に並んでいたのは、この前コヨくんがASMR配信で咀嚼音を響かせていた、あの「星空のカケラ」だ。
ネット通販では常に完売、入手困難と言われている代物が、目の前に三つだけ並んでいる。
「在庫限り! 次回入荷未定」という手書きのPOPが、俺の物欲を激しく揺さぶった。
けれど、値札を見た瞬間、頭に冷水をかけられたような気分になる。今の俺には、完全に予算オーバーだ。
(……だめだ、諦めよう。今日はいっぱい楽しんだし)
後ろ髪を引かれる思いで、そっと瓶を棚に戻そうとした、その時。
上から伸びてきた長い指先が、俺の手の甲をなぞるように重なり、そのままその瓶を掴み取った。
「欲しいんじゃないの? これ」
「えっ……うん。でも、ちょっとお財布的に厳しくて」
見上げると、犀川くんがショップの照明で中身を透かすようにして、琥珀糖を見つめていた。犀川くんも、食べてみたいのかな――そんな俺の予想は、またしても裏切られた。
「俺が買ったら、波多野は受け取ってくれる?」
いつもの有無を言わせない圧はない。どこか窺うような、少しだけ自信のなさそうな響き。俺が「でも」と躊躇していると、彼は俺の罪悪感を先回りするように言葉を繋いだ。
「この前、図書室でグミッツェルくれただろ。そのお礼」
「でも、あれはあんなに高くないし……そもそも、教えてくれたお礼のつもりで……」
「好きな人の前だからさ。カッコつけさせてよ」
犀川くんは、そう言って柔らかく微笑んだ。
その表情があまりに「好き」に満ちていて、俺は言葉を失う。彼はそのまま瓶を手に取り、さっとレジへと向かってしまった。
面と向かって突きつけられた、「好きな奴」という言葉。俺に自分の気持ちを直視させるように、はっきりと分からせようとしている気がした。そして、その眩しいほどの好意にどこまでも甘えてしまう自分が、ひどくずるい人間のように思えて。
広い背中から、目が離せない。
犀川くんに、俺は一体何を返せばいいんだろう。こうして一緒に過ごすだけじゃ足りない、もっと別の何かを、彼は求めているような気がした。
「お待たせ、波多野」
星が描かれた小洒落た紙袋に入れて手渡されたそれは、金色のリボンが丁寧にかけられていて、まるで世界に一つしかない宝物のようだった。
「食べてみたいって言ってたじゃん。月曜日、学校で感想聞かせて」
「あ、ありがとう……」
おずおずと受け取り、袋の中から覗く瓶の蓋を見つめる。
胸の奥が、あの琥珀糖よりも甘い何かで、とろりと溢れるほどに満たされていくのを感じた。
「どういたしまして。ほら、行こうか」
「……待って!」
エレベーターへ向かおうとする犀川くんのジャケットの袖口を、俺は反射的に掴んでいた。
「え、まだ何か見たかった? ごめん、急かしすぎた――」
「違くて、その……さっき、犀川くんが言ってたこと。カッコつけなくても、犀川くんは……もう、充分カッコいいって、思ってるから……大丈夫だよ、って言いたくて」
口にした途端、とてつもない羞恥心が押し寄せ、心臓が爆発しそうになる。「何を言ってるんだ俺は」と激しく後悔して俯いた。
犀川くんは面食らったような顔をしたあと、「あー……」と深く重い溜息を漏らす。
何かを必死に堪えるように、大きな手のひらで顔の下半分を覆った。
「……ちょっと、駅で別れる前に寄りたい場所があるんだけど。一緒に来てくんない?」
「いいけど……どこに行くの?」
「まだ、内緒」
再び、大きな手が俺の手を包み込む。
最上階から一階へ。無言のままエレベーターに揺られながら、俺は彼が握る手に込められた力が、さっきよりもずっと強くなったのを、確かな熱とともに感じていた。



