コヨくんの「片想い宣言回」が、SNS上でもちょっとした話題になった、数日後。
シトシトと降り続く雨のせいで、朝から空はどんよりとした薄灰色に沈んでいる。昇降口の脇に咲く花も、たっぷりと水を含んで重たそうに頭を垂れていた。
大きめの傘を閉じ、水気を切るように何度か振ってから、自分の靴箱へと向かう。
(……うーん……なんだろう。さっきから、視界がチカチカするな……)
朝、目が覚めた時から、頭が少しだけクラクラとしていた。食欲も湧かなくて、朝食をほとんど残してしまった俺に、笙兄が「なんだか顔色が悪くないか?」と眉をひそめて心配してくれたけれど、休むと言って親に怒られるのが怖くて、いつも通り登校した。
バス停を降りて校門まで歩いている間も、体は鉛のようにだる重い。熱はないみたいだし、単なる疲れなんだろうけれど。
「波多野、おはよ」
不意に肩を叩かれて振り返ると、そこには犀川くんが立っていた。俺も「おはよう」と短く返事をして、靴箱の扉をパタンと閉める。
犀川くんは耳からイヤホンを外しながら、上履きに履き替えるついでといった様子で俺に言った。
「昨日送ったメッセージ……気付いてない? プラネタリウムの上映時間、どれがいいか決めなきゃと思って」
「えっ、ごめん……! ちょっと、昨日は遅くまで勉強してたから……」
朝もスマホを確認する余裕がなかった。なんなら、バスの中でもずっと目を瞑って、必死に体力の温存に努めていたくらいだ。
慌ててメッセージアプリを立ち上げると、そこには犀川くんが送ってくれた、上映スケジュールのスクリーンショットが並んでいる。
「あ……犀川くん、ありがとう。こんな調べてくれて」
それだけじゃない。同じフロアにあるカフェやレストランの候補、果てはそのお店のリンクまで丁寧に添付されている。
こんなに準備してくれた彼に、なんて失礼なことを……。
そう反省しながらも、なぜかスマホの画面がチカチカと眩しく感じられて、俺は画面の明るさを調整しようとバーを指先で操作する。
「てか、波多野。お前、なんか顔色が……青白いっていうか――」
彼の心配そうな声に「平気だよ」と返そうとしたけれど、言葉が出るより先に、犀川くんの肩越しにパッと強いフラッシュが焚かれたような眩しさを感じた。
目を細めた直後、ぐらりと視界が大きく揺れる。
(あ、これ、なんかやばいかも……)
そう思った瞬間には、もう目を開けていられなかった。体が崩れ落ちる。けれど、床に叩きつけられるはずの衝撃は来なくて、上半身を不思議な温かさに包まれているのを感じた。
遠くで女子の悲鳴のような声が聞こえ、廊下を駆ける足音がいくつも重なる。
「誰か、二年生が倒れてる! 先生呼んで!」
途切れ途切れに聞こえてくる周囲の喧騒。重い瞼をどうにか持ち上げようとしてみても、視界は靄がかかったようで、はっきりとは見えない。けれど、肩をがっしりと抱き寄せられ、額に大きな掌が添えられていることだけは分かった。
「……俺が保健室まで運ぶ。誰か、職員室にいる先生に状況伝えて。担任じゃなくてもいいから、できるだけ早く」
的確で、どこか切迫した犀川くんの声。ぼんやりとした頭の片隅で、こんな緊急事態でも落ち着いて行動できるなんて、やっぱりすごいなと他人事のように思ってしまう。
肩からリュックが外され、次いで、体がふわりと宙に浮く感覚。眩しい。世界がぐるぐる回って、少しだけ気持ち悪い。
「波多野、ちょっと揺れるからな。……少しだけ我慢して」
耳元で一定のリズムを刻む、少し速い心臓の鼓動。その籠った響きが、今の俺にはたまらなく安心できる音に聴こえた。
シトシトと降り続く雨のせいで、朝から空はどんよりとした薄灰色に沈んでいる。昇降口の脇に咲く花も、たっぷりと水を含んで重たそうに頭を垂れていた。
大きめの傘を閉じ、水気を切るように何度か振ってから、自分の靴箱へと向かう。
(……うーん……なんだろう。さっきから、視界がチカチカするな……)
朝、目が覚めた時から、頭が少しだけクラクラとしていた。食欲も湧かなくて、朝食をほとんど残してしまった俺に、笙兄が「なんだか顔色が悪くないか?」と眉をひそめて心配してくれたけれど、休むと言って親に怒られるのが怖くて、いつも通り登校した。
バス停を降りて校門まで歩いている間も、体は鉛のようにだる重い。熱はないみたいだし、単なる疲れなんだろうけれど。
「波多野、おはよ」
不意に肩を叩かれて振り返ると、そこには犀川くんが立っていた。俺も「おはよう」と短く返事をして、靴箱の扉をパタンと閉める。
犀川くんは耳からイヤホンを外しながら、上履きに履き替えるついでといった様子で俺に言った。
「昨日送ったメッセージ……気付いてない? プラネタリウムの上映時間、どれがいいか決めなきゃと思って」
「えっ、ごめん……! ちょっと、昨日は遅くまで勉強してたから……」
朝もスマホを確認する余裕がなかった。なんなら、バスの中でもずっと目を瞑って、必死に体力の温存に努めていたくらいだ。
慌ててメッセージアプリを立ち上げると、そこには犀川くんが送ってくれた、上映スケジュールのスクリーンショットが並んでいる。
「あ……犀川くん、ありがとう。こんな調べてくれて」
それだけじゃない。同じフロアにあるカフェやレストランの候補、果てはそのお店のリンクまで丁寧に添付されている。
こんなに準備してくれた彼に、なんて失礼なことを……。
そう反省しながらも、なぜかスマホの画面がチカチカと眩しく感じられて、俺は画面の明るさを調整しようとバーを指先で操作する。
「てか、波多野。お前、なんか顔色が……青白いっていうか――」
彼の心配そうな声に「平気だよ」と返そうとしたけれど、言葉が出るより先に、犀川くんの肩越しにパッと強いフラッシュが焚かれたような眩しさを感じた。
目を細めた直後、ぐらりと視界が大きく揺れる。
(あ、これ、なんかやばいかも……)
そう思った瞬間には、もう目を開けていられなかった。体が崩れ落ちる。けれど、床に叩きつけられるはずの衝撃は来なくて、上半身を不思議な温かさに包まれているのを感じた。
遠くで女子の悲鳴のような声が聞こえ、廊下を駆ける足音がいくつも重なる。
「誰か、二年生が倒れてる! 先生呼んで!」
途切れ途切れに聞こえてくる周囲の喧騒。重い瞼をどうにか持ち上げようとしてみても、視界は靄がかかったようで、はっきりとは見えない。けれど、肩をがっしりと抱き寄せられ、額に大きな掌が添えられていることだけは分かった。
「……俺が保健室まで運ぶ。誰か、職員室にいる先生に状況伝えて。担任じゃなくてもいいから、できるだけ早く」
的確で、どこか切迫した犀川くんの声。ぼんやりとした頭の片隅で、こんな緊急事態でも落ち着いて行動できるなんて、やっぱりすごいなと他人事のように思ってしまう。
肩からリュックが外され、次いで、体がふわりと宙に浮く感覚。眩しい。世界がぐるぐる回って、少しだけ気持ち悪い。
「波多野、ちょっと揺れるからな。……少しだけ我慢して」
耳元で一定のリズムを刻む、少し速い心臓の鼓動。その籠った響きが、今の俺にはたまらなく安心できる音に聴こえた。



