『前回の嵐くんコラボの配信、すごく好評みたいで嬉しいです。またコラボ撮影の約束もしているので、楽しみにしててね』
画面越しのコヨくんの弾んだ声と共に、プレミアム会員限定の配信が始まった。最近の彼は特に活動的で、限界オタクとしては供給の多さにひたすら感謝する毎日だ。
画面の下から流れるコメント欄に、今の昂ぶりをそのまま『嬉しすぎてタヒ』と書き込む。すると、他のリスナーとやり取りをしていたコヨくんが、ふとその一言を拾い上げてくれた。
『え~、俺は“はのん”が死んじゃったら、寂しくて耐えられないな。……そういえば、仲良くなりたいって言ってた話はどうなった?』
マイクの位置を微調整しながら、コヨくんが画面を前屈みに覗き込む。俺は慌てて、けれど一枠に収まるように言葉を選んで『今度お休みの日に遊ぶことになりました。コヨくんありがとう』と送信した。
「なら良かった」なんて、いつもの無難な返信がくるだろう。そう高を括っていた俺の予想は、斜め上を行く裏切られ方をした。
『……ねぇ。その子と仲良くなりすぎて……俺の配信、聴きに来なくなっちゃうとか、やめてね? だって“はのん”は、俺が世界で一番大好きなんでしょ? 相思相愛、って約束したこと、まさか忘れちゃった?』
バイノーラルマイクの片側に顔を寄せ、カメラに映り込まない絶妙な角度で囁かれる。
漏れ出たクスクスという忍び笑いさえ、耳の奥を熱い吐息で直接なぞられたように感じて、ぞくっと背筋が跳ねた。
(す……好きだよ、大好きだけどさ……! コヨくん、こんな直撃ファンサする人だったっけ!?)
コメント欄は「ご褒美回すぎん?」「独占欲丸出しなの、雄すぎて逆に好き」という叫びと、大量の赤いハートで真っ赤に埋め尽くされていく。
わなわなと震える指先で、何か言葉を返そうと必死に画面を見つめるけれど、頭が真っ白で何も浮かんでこない。
俺がそんなふうに固まっている間にも、コヨくんは狂喜乱舞するリスナーたちの言葉を眺めて、短く、けれど意味深に笑った。
『あー、俺、独占欲はめちゃくちゃ強いらしい。MBTIの診断結果も、まさしくそんな感じでさ……俺、INFJだから“提唱者”だったんだけど……』
出た、巷で話題の性格診断。的中率がすごいと評判で、俺も以前やってみた記憶はあるけれど、肝心の結果が思い出せない。確か、内向型で……INFP、だったっけ。
気になってスマホで検索すると、そこには「仲介者」と記されていた。そうだ、これだ。
(提唱者と、仲介者……。相性、どうなんだろ……)
盛り上がるコメント欄を流しながら、コヨくんはシュワシュワと弾けるスライムの音を丁寧にマイクへと拾わせる。
細かく叩くようなその音に重ねて、スクショしたというMBTIの解説を、低く落ち着いた声で読み上げた。
『……“恋愛においては、単なる娯楽ではなく、魂のつながりを求める重めの一途派。プライドが高く、百パーセントいけるという確信がないと告白できない”……だってさ』
滑らかな発声。読み進めるうちに自分でも思い当たる節があるのか、コヨくんは時折「あぁ……」と相槌を音の隙間に忍ばせていた。
『“相手が鈍感なタイプだと、関係が一生進まない可能性がある。……うん、やっぱり俺、これだわ。みんなのMBTIもコメントで教えてね。どんなタイプのリスナーさんが多いのかな?』
次々とアルファベットが躍るなか、「待って今の『やっぱり』ってなに? 絶賛片想い中!?」という冷やかしのようなコメントが混ざった。それを皮切りに、「ガチなら悲報すぎる」「どんな子か知りたい!」と野次馬根性丸出しのハートマークが画面を埋め尽くしていく。
『あー、まぁこういう話、みんな好きだよね……。本当はあんまり、言わない方がいいんだろうけど。俺、リスナーさんに嘘はつきたくないから、正直に答えていい?』
シュワシュワという泡の音が消え、彼は手際よく粒入りのスライムに切り替えた。画面の前でそれを捏ね、ヘラのようなものでプチュプチュと音を立てながら、四分割にしていく。
『……相手のプライバシーもあるので、詳しくは言えませんけど……一年前からいます、好きな人。でも、俺の片想いで、全く脈なし。だから、努力はしてるけど、ぶっちゃけ無理かなって思ってるんだよね』
飾りのない、どこか寂しげなその告白に、激しかったハートの嵐がピタリと止まった。
その沈黙の間にも、コヨくんはつぶつぶのスライムを両手で左右に引き伸ばす。
――パチパチ、シュワ……。
やがて、画面には「一途すぎて泣ける」「等身大の男子高校生で余計に推せる」「相手の人、配信聴いててほしい!」という応援のメッセージが次々に溢れ出した。
一部のリアコ勢が「無理、ダメージでかい」と悲鳴を上げていたけれど、それを上書きするほどの圧倒的な祝福がコメント欄を埋め尽くしていく。
俺もまた、まさかコヨくんに想い人がいるなんて想像もしていなかった。
けれど、大好きな彼の幸せを願いたい一心で、コメントを打ち込む。
「“両想いに、なれるよう……応援、してます”……っと」
自分なりの精一杯のエールとして、ガッツポーズの絵文字を添えて送信した。
すると、それを見つけたらしいコヨくんは、
――グニ、パチッ……パチ……。
スライムを指先ですり潰すように、強く押しつぶす音をマイクに乗せて、こう言った。
『……まぁ、仮に聴いていたとしても、相手が自分のことだって気づいてなきゃ意味ないじゃん? 恐ろしいほど鈍感な子なので、絶望的ですね。しかも、えぐいぐらいモテる。大人しくて控えめな子なんだけど、裏での競争率が半端じゃない。……進展があれば報告するかもしれないけど、不快に思う人もいるだろうし、恋愛の話はこの辺で終わろうかな』
強引に話題を切り替えた後も、コメント欄は「相手の子が羨ましい」「ガンガン攻めて!」と熱を帯びたままだ。
新作の告知を聞きながら、スライムがプチュッ……と弾ける音を耳に受け、俺はそれ以上コメントすることが出来なくて、ハートマークを長押しだけした。
推しだって一人の人間だ。恋もすれば、私生活もある。その幸せを願って活動を支えることこそがファンの本分のはずなのに。胸の奥に広がるこのモヤモヤとした、正体不明の感情は何なんだろう。
(……な、なんか俺、落ち込んでる……? なんでだ、これ……)
それが「嫉妬」に近いものだと気づいてしまった瞬間、ひどい自己嫌悪が押し寄せた。
特別な推しに想われている、見知らぬ誰かへの羨望。
ファンなら素直に推しの幸せを願うべきなのに、俺はなんてことを考えてるんだ……!
(……ファン失格じゃん。コヨくんが好きになる人なら、絶対素敵な人のはずなんだから……心から応援しなきゃいけないのに……)
こういう時は、難しい問題を解いて頭を空っぽにするに限る。
そう思ってイヤホンを外し、机に向き直った——けれど。
シャーペンを握ればポキポキと芯が折れ、気づけばスマホで性格診断の詳細を検索してしまっている。さらにはコヨくんと自分の相性診断まで始め、「恋人になったら」というありもしないシミュレーションの欄を見つめていた。
「“互いの感情に共感しやすく、深いつながりを築くことに喜びを感じ合う”……うーん。これって、パーセンテージにしたらどれくらいなんだろう」
犀川くんの前では「ガチ恋でもリアコでもない」とはっきり宣言した。なのに、自分の心の奥底にある感情から、どうしても目を逸らすことができない。
恋人になれるなんて、これっぽっちも思っていない。けれど――。
せめて動画の中だけでも、イヤホンの中だけでも。コヨくんの声を、俺だけのものとして独り占めしたいと思ってしまう自分がいる。
(……さすがに痛すぎて無理。現実見なきゃ。コヨくんがこうして生きてて、投稿も配信もしてくれる。そんな特大の恵みを浴びておきながら、これ以上を望むとか傲慢すぎる……。存在してくれるだけで神。国を挙げて感謝のレベルなのに……)
言い聞かせるように呟いて、俺はスマホをベッドにぽいっと放り出した。
無理だと分かっていても、コヨくんの心までもを独り占めできる「その子」への羨望は、消そうとすればするほど胸の奥で疼いてしまう。
結局、その夜の勉強は、一文字も進まなかった。
画面越しのコヨくんの弾んだ声と共に、プレミアム会員限定の配信が始まった。最近の彼は特に活動的で、限界オタクとしては供給の多さにひたすら感謝する毎日だ。
画面の下から流れるコメント欄に、今の昂ぶりをそのまま『嬉しすぎてタヒ』と書き込む。すると、他のリスナーとやり取りをしていたコヨくんが、ふとその一言を拾い上げてくれた。
『え~、俺は“はのん”が死んじゃったら、寂しくて耐えられないな。……そういえば、仲良くなりたいって言ってた話はどうなった?』
マイクの位置を微調整しながら、コヨくんが画面を前屈みに覗き込む。俺は慌てて、けれど一枠に収まるように言葉を選んで『今度お休みの日に遊ぶことになりました。コヨくんありがとう』と送信した。
「なら良かった」なんて、いつもの無難な返信がくるだろう。そう高を括っていた俺の予想は、斜め上を行く裏切られ方をした。
『……ねぇ。その子と仲良くなりすぎて……俺の配信、聴きに来なくなっちゃうとか、やめてね? だって“はのん”は、俺が世界で一番大好きなんでしょ? 相思相愛、って約束したこと、まさか忘れちゃった?』
バイノーラルマイクの片側に顔を寄せ、カメラに映り込まない絶妙な角度で囁かれる。
漏れ出たクスクスという忍び笑いさえ、耳の奥を熱い吐息で直接なぞられたように感じて、ぞくっと背筋が跳ねた。
(す……好きだよ、大好きだけどさ……! コヨくん、こんな直撃ファンサする人だったっけ!?)
コメント欄は「ご褒美回すぎん?」「独占欲丸出しなの、雄すぎて逆に好き」という叫びと、大量の赤いハートで真っ赤に埋め尽くされていく。
わなわなと震える指先で、何か言葉を返そうと必死に画面を見つめるけれど、頭が真っ白で何も浮かんでこない。
俺がそんなふうに固まっている間にも、コヨくんは狂喜乱舞するリスナーたちの言葉を眺めて、短く、けれど意味深に笑った。
『あー、俺、独占欲はめちゃくちゃ強いらしい。MBTIの診断結果も、まさしくそんな感じでさ……俺、INFJだから“提唱者”だったんだけど……』
出た、巷で話題の性格診断。的中率がすごいと評判で、俺も以前やってみた記憶はあるけれど、肝心の結果が思い出せない。確か、内向型で……INFP、だったっけ。
気になってスマホで検索すると、そこには「仲介者」と記されていた。そうだ、これだ。
(提唱者と、仲介者……。相性、どうなんだろ……)
盛り上がるコメント欄を流しながら、コヨくんはシュワシュワと弾けるスライムの音を丁寧にマイクへと拾わせる。
細かく叩くようなその音に重ねて、スクショしたというMBTIの解説を、低く落ち着いた声で読み上げた。
『……“恋愛においては、単なる娯楽ではなく、魂のつながりを求める重めの一途派。プライドが高く、百パーセントいけるという確信がないと告白できない”……だってさ』
滑らかな発声。読み進めるうちに自分でも思い当たる節があるのか、コヨくんは時折「あぁ……」と相槌を音の隙間に忍ばせていた。
『“相手が鈍感なタイプだと、関係が一生進まない可能性がある。……うん、やっぱり俺、これだわ。みんなのMBTIもコメントで教えてね。どんなタイプのリスナーさんが多いのかな?』
次々とアルファベットが躍るなか、「待って今の『やっぱり』ってなに? 絶賛片想い中!?」という冷やかしのようなコメントが混ざった。それを皮切りに、「ガチなら悲報すぎる」「どんな子か知りたい!」と野次馬根性丸出しのハートマークが画面を埋め尽くしていく。
『あー、まぁこういう話、みんな好きだよね……。本当はあんまり、言わない方がいいんだろうけど。俺、リスナーさんに嘘はつきたくないから、正直に答えていい?』
シュワシュワという泡の音が消え、彼は手際よく粒入りのスライムに切り替えた。画面の前でそれを捏ね、ヘラのようなものでプチュプチュと音を立てながら、四分割にしていく。
『……相手のプライバシーもあるので、詳しくは言えませんけど……一年前からいます、好きな人。でも、俺の片想いで、全く脈なし。だから、努力はしてるけど、ぶっちゃけ無理かなって思ってるんだよね』
飾りのない、どこか寂しげなその告白に、激しかったハートの嵐がピタリと止まった。
その沈黙の間にも、コヨくんはつぶつぶのスライムを両手で左右に引き伸ばす。
――パチパチ、シュワ……。
やがて、画面には「一途すぎて泣ける」「等身大の男子高校生で余計に推せる」「相手の人、配信聴いててほしい!」という応援のメッセージが次々に溢れ出した。
一部のリアコ勢が「無理、ダメージでかい」と悲鳴を上げていたけれど、それを上書きするほどの圧倒的な祝福がコメント欄を埋め尽くしていく。
俺もまた、まさかコヨくんに想い人がいるなんて想像もしていなかった。
けれど、大好きな彼の幸せを願いたい一心で、コメントを打ち込む。
「“両想いに、なれるよう……応援、してます”……っと」
自分なりの精一杯のエールとして、ガッツポーズの絵文字を添えて送信した。
すると、それを見つけたらしいコヨくんは、
――グニ、パチッ……パチ……。
スライムを指先ですり潰すように、強く押しつぶす音をマイクに乗せて、こう言った。
『……まぁ、仮に聴いていたとしても、相手が自分のことだって気づいてなきゃ意味ないじゃん? 恐ろしいほど鈍感な子なので、絶望的ですね。しかも、えぐいぐらいモテる。大人しくて控えめな子なんだけど、裏での競争率が半端じゃない。……進展があれば報告するかもしれないけど、不快に思う人もいるだろうし、恋愛の話はこの辺で終わろうかな』
強引に話題を切り替えた後も、コメント欄は「相手の子が羨ましい」「ガンガン攻めて!」と熱を帯びたままだ。
新作の告知を聞きながら、スライムがプチュッ……と弾ける音を耳に受け、俺はそれ以上コメントすることが出来なくて、ハートマークを長押しだけした。
推しだって一人の人間だ。恋もすれば、私生活もある。その幸せを願って活動を支えることこそがファンの本分のはずなのに。胸の奥に広がるこのモヤモヤとした、正体不明の感情は何なんだろう。
(……な、なんか俺、落ち込んでる……? なんでだ、これ……)
それが「嫉妬」に近いものだと気づいてしまった瞬間、ひどい自己嫌悪が押し寄せた。
特別な推しに想われている、見知らぬ誰かへの羨望。
ファンなら素直に推しの幸せを願うべきなのに、俺はなんてことを考えてるんだ……!
(……ファン失格じゃん。コヨくんが好きになる人なら、絶対素敵な人のはずなんだから……心から応援しなきゃいけないのに……)
こういう時は、難しい問題を解いて頭を空っぽにするに限る。
そう思ってイヤホンを外し、机に向き直った——けれど。
シャーペンを握ればポキポキと芯が折れ、気づけばスマホで性格診断の詳細を検索してしまっている。さらにはコヨくんと自分の相性診断まで始め、「恋人になったら」というありもしないシミュレーションの欄を見つめていた。
「“互いの感情に共感しやすく、深いつながりを築くことに喜びを感じ合う”……うーん。これって、パーセンテージにしたらどれくらいなんだろう」
犀川くんの前では「ガチ恋でもリアコでもない」とはっきり宣言した。なのに、自分の心の奥底にある感情から、どうしても目を逸らすことができない。
恋人になれるなんて、これっぽっちも思っていない。けれど――。
せめて動画の中だけでも、イヤホンの中だけでも。コヨくんの声を、俺だけのものとして独り占めしたいと思ってしまう自分がいる。
(……さすがに痛すぎて無理。現実見なきゃ。コヨくんがこうして生きてて、投稿も配信もしてくれる。そんな特大の恵みを浴びておきながら、これ以上を望むとか傲慢すぎる……。存在してくれるだけで神。国を挙げて感謝のレベルなのに……)
言い聞かせるように呟いて、俺はスマホをベッドにぽいっと放り出した。
無理だと分かっていても、コヨくんの心までもを独り占めできる「その子」への羨望は、消そうとすればするほど胸の奥で疼いてしまう。
結局、その夜の勉強は、一文字も進まなかった。



