君にさよならを告げたとき、愛してると思った。



 いくつかの会社を受けてみても、どこも似たような面接だった。
『どうして北海道に?』という質問には慣れてきたけれど、私がなんと答えようが、いくら堂々としていようが、面接官の反応はいつも同じ。
 学生時代の地獄の就活を思い出してしまう。あんな思いは二度としたくないと思っていたのに、まさかまたこんな日々を送ることになるなんて。
 もしかしたら私は、面接でなにか変なことを口走っているのだろうか。それとも、人間的になにか大きな欠陥があって、それが滲み出ているのだろうか。
 ……あれ、前にも同じことを思っていたっけ。進歩がないなあ、私は。
 大学さえ出ていれば人生に余裕が持てると淡い期待を抱いていたはずなのに、最終学歴が大卒なんてなんのブランドにもならないことを思い知った。
 正社員にこだわっていたらいつ仕事が決まるかわからない。とりあえず繋ぎでもいいからとにかく働かなければ、と派遣会社に登録してやっと仕事が決まったのは、昼間でも少し肌寒くなってきた八月の終わり頃だった。
 月に一度の定時上がりの日、今日は百円で牡蠣が食べられる居酒屋にきていた。
 北海道にきて五ヶ月が経とうとしているのに、観光は思うようにはできていない。けれど居酒屋の開拓だけは順調に進んでいる。
 酒好きの私たちは、それだけでも北海道へきた価値もじゅうぶんにあるね、と笑い合っていた。
 札幌テレビ塔のビアガーデンでジンギスカンを食べた時は、臭みがないラム肉に感動してしまい、お腹がはち切れそうになるほど食べてしまった。
「とりあえず仕事決まったよ。派遣だけど」
「どこ?」
「大通のコールセンター。土日休みみたいだからいいかなと思って」
 見ただけで新鮮だとわかるプリプリの生牡蠣に備え付けのレモンを絞り、箸ですくってひと口で頬張る。
 生牡蠣がつるんと喉を通ると、次はキンキンに冷えた生ビールを流し込む。
 ああ、幸せ。なんとか仕事が決まったという安心感もプラスされたビールは格別においしく感じた。
「テレアポ? なんか意外だな」
 自分でも意外だと思う。学生時代にテレアポのバイトをしている友達がいたから話を聞いたことがあったけれど、私には絶対に無理だろうなと思っていた。
 でもコールセンターの求人が圧倒的に多かったし、電話だけじゃなく事務作業もあるみたいだから、事務経験も生かせると思った。そしてなにより、他の求人よりも圧倒的に時給が高かったのだ。
「大通の何丁目?」
「四丁目」
「近いじゃん。じゃあ帰る時間かぶる日は一緒に帰ろうな」
 派遣先のコールセンターは早番と遅番がある。
 早番でも終わるのは十八時だから、月に一度の定時デーにこうして居酒屋へくる回数は減ってしまうかもしれないと思っていたけれど、そうか。その代わりに一緒に帰るという楽しみが増えるのか。
 一緒に帰れるのならそのまま居酒屋に寄ればいいし、仕事終わりのビールは最高においしいし、今よりも楽しみが増えるじゃないか。

 *

 郁也は残業ばかりだから、遅番の時は一緒に帰れる日も多かった。
 秋を通り越して冬がきそうなほどに寒くなってきた十月の半ば。北海道の春も夏も驚くほど短かったけれど、秋も一瞬で過ぎ去りそうだ。一年の半分は冬なんじゃないかと思う。
 郁也から連絡がくるよりも少し仕事が早く終わったので、会社の前まで迎えにきていた。
「ユズ」
 私に気付いた郁也が右手を上げる。周りにいた人たちも一斉に私を見た。最初こそ恥ずかしかったものの、迎えにきた時はいつもこうなのでもう慣れた。
 郁也の後ろからぞろぞろと人が出てくる中のひとりの女の子が、いつも私をじっと見ていることにも気付いていた。
 背が小さくて、風になびくサラサラの黒髪と華奢な身体はまさに清楚。目が合った私に向けられた笑顔は人懐っこくて、いい子そうだというのが彼女の印象だった。
 話したことはないし、他にも女の子はいる。でもなんとなく、あの子が郁也の話によく出てくる『中谷さん』だと思う。
「行こっか」
 まだ見られているというのに、郁也は私の右手を握った。後ろから「ヒューヒュー」とわざとらしい冷やかしを受けても、郁也は「バーカ」と笑って返すだけ。
 名残惜しそうに立ち尽くしている中谷さんの視線を感じながら、手を繋いで焼肉屋へ向かった。


「飲み会あるんだけど、行っていい?」
 運ばれてきた肉をトングで網に乗せていく。左手にはもちろん生ビール。
 郁也がこんなことを言ってきたのは初めてだった。今まで会社の人とご飯を食べに行くことはあったけれど、郁也は車通勤だからお酒を飲まずに帰ってきていた。
 わざわざ聞いてくるということは、郁也も飲みたいということだろうか。
「飲み会? 珍しいね」
「いや、実は今までも何回か誘われたことあったけど断ってただけ」
「え? なんで?」
「だって、ユズこっちにまだあんまり知り合いいねぇだろ。俺ただでさえ帰り遅いのに、遊びに行ってもっと遅くなったら寂しくない?」
 なにそれ。私が寂しがると思って断ってくれていたなんて全然知らなかった。
 こういうところ、好きだなあと思う。いつも当然のように私のことを考えてくれている。
「今回は送別会でさ。世話になった先輩だから、行きたいんだけど」
「いいよ」
「マジ?」
「当たり前じゃん。信じてるから好きにしていいよ。私も会社で何人か仲いい子できてきたし、今度飲みに行こうって話してるから。そんなに気遣わなくていいよ」
 私が働いているコールセンターはフロアにオペレーターが二百人ほどいて、そのほとんどが女の子だった。同期入社の子も何人かいるし、年齢が近いからすぐに打ち解けることができた。
「終電までには帰るから」
「迎えに行こうか?」
「お前、俺の愛車、廃車にする気?」
「ひどっ」
 以前よりは郁也の休日出勤が減ってきている最近では、休日に観光と運転の練習を兼ねてドライブをしたりしていて、私もそこそこ運転ができるようになってきた。なぜなら助手席に乗っているのが鬼コーチだからだ。
 函館も知床もまだ行けていないけれど、小樽運河は行った。白い恋人パークや羊ヶ丘展望台にも行った。他にも行きたい場所は山のようにあるのに、北海道の大地は広すぎて、とても日帰りじゃ行けないところがありすぎる。
 旅行をする時間なんて郁也にはない。でも郁也の仕事が落ち着けば、これからいくらでもいろんなところへ行けるはずだから。
「うそうそ。お願いしようかな。これるとこまででいいから」
 ペーパードライバーの私は、彼氏を車で迎えに行くというのが小さな夢だったりする。それがやっと叶うわけだ。
 本当はお店の前まで迎えに行ってあげたいけれど、中心部は車線が多いし路駐が多いし、運転に慣れてきたといってもほとんど初心者の私からすると恐怖でしかない。
「ユズも、いつでも遊びに行っていいからな」
「うん。ていうか、名古屋にいた時みたいに、お互い自由にしようよ」
 名古屋にいた頃はお互い好きな時に友達と遊んだり実家に帰ったり、束縛は一切なく自由にしていた。
 お互い連絡はちゃんとしていたから不安になったことも不満に思ったこともない。私たちはそういう付き合い方が合っているのだと思う。
「じゃあさ、一応、門限だけ決めとかない? この時間を過ぎる時は絶対に連絡する、みたいな」
 それは門限というのだろうか。門限というのは、この時間までには必ず帰るっていう約束じゃないのかな。
 疑問には思ったけれど、郁也らしい提案に笑った。
「終電の時間も考えて、一時くらい?」
「うん、わかったよ」
「で、お前、歌詞書いてんの?」
 郁也が突然話を変えるのにはもう慣れた。
 話を変えるというか、とにかく音楽の話をしたがる。
「一応」
「ちょっと見せて」
「え? 絶対やだ。完成するまで絶対見せないって言ったじゃん」
「なんでだよ。俺も作曲したやつ聴いていいから」
「歌詞と曲は全然違うでしょ!」
 変わらないなあ、郁也は。今でも私と動画撮影をするのが一番楽しいと思ってくれているのだろうか。
 私も変わらないな。ギターを弾いている郁也を見るのが、その隣で歌うのが、今でも一番好きだから。