冷酷と噂の最強陰陽師は、男装姫を手放さない



儀式後、見事に照は伏せってしまった。
命があるだけ良いのだろう、依り代の身代わりになったのだから。

糸は心配そうに忙しなく世話を焼くが、以前のように呪いだのと騒いだりはしていない。
以前一喝したことが影響したのかと思ったが、その理由がわかったのは薬湯を飲まされたときだった。

「苦い・・・・・・」

「陰陽寮より届けられた、よく効く薬湯とのことですよ。
姫様が伏せったのは、儀式による反動と陰陽寮より説明がございました。
他の姫達も同様に伏せっていられるそうですが、すぐに治ると」

飲みながら顔をしかめていた照は、糸から聞かされた内容に肩の荷が下りた気がした。
これで全て終わった。
きっと姫二人も、元の姫達に戻るのだろう。

飲み終わった器を受け取った糸は、小さな盆を差し出す。
その盆の上に乗っていたのは、見慣れた菓子。

「こちらも陰陽寮から姫様に、と」

盆を照が受け取り、その菓子そっと口に運べば、香ばしい中に甘みが広がる。
苦かった薬湯は、その甘さですっかり消えていた。

(帷様だ)

あの日最後に渡された高級な菓子。
帷から渡された菓子とよく似ている。

「ねぇ、これはどなたから?」

照は身体を前に出して尋ねる。

「ですから陰陽寮からですよ?
口づてで渡されたものですし、特に誰からとは。
それがどうかされまして?」

「いえ、なんでも無いわ」

糸は首をかしげながら片付けている。
照はただその器にある菓子を見ていた。

何故か涙があふれそうになる。
帷は冷たい人ではない。
照のわがままを聞き、最後まで守ってくれた。
そして今もこうやって気遣ってくれている。

いつも、これで帷と会うのは最後では無いかと思っていた。
けれどこうやって何かが繋がっている。
繋げようとしてくれている。

もう一つ菓子を口にした。
その菓子は甘いだけでは無く、照を優しさで包んでくれているようだ。

(文を書いたら返してくれるかしら)

早く文が書けるまで治さなくてはと、器の菓子を眺めていた。



照が起きて普通の食事を取れるようになったのは思ったよりも早かった。
そして照が帷へ書く文を悩んでいる暇も無く、文が届いた。

「陰陽寮より文が届きました」

「どなたから?」

糸は、存じません、と困ったように照に渡す。

「姫様のお身体を心配されてのことでは?」

何気ない糸の言葉に、すぐさま照は気づいた。
送ってきた相手はあの人だと。

こんなに胸が弾むものなのか。
和歌や文をもらい、喜ぶ姫達の気持ちを初めて照は理解する。

糸を下がらせ、ただ漆だけ塗られた素朴な文箱を開ける。

(帷の香りだ)

文箱からそっと帷の香りが漂い、照は頬が緩みそうになりながら文を開く。
そしてすぐさま肩を落とす。
そこには短い文章のみ。

『今回のことで帝が褒美を取らせると言っている、遠慮無く貰うと良い』

ただそれだけ。
季節の言葉も、照の身体を気遣う言葉一つすら無い味気ないもの。

(帷様らしいと言えば、帷様らしいわね)

お菓子ですら名乗らずくれる人。
素っ気ないのに、その人の温かさを照はわかっている。

照はそっとその文を、お気に入りの布に包む。
いずれその香りは消えてしまうだろう。
それでも、しばらくは帷を感じることが出来る。
寂しさも、少しは紛れるだろう。

「糸!文を送るから硯と筆を用意して!
私の香を移した紙も!」

帝からの褒美に興味は無い。
帷の手前、最低限書いておこう。
どうせ里帰りするのだ、それまでひっそりいられればそれでいい。
帝への文句を書きたいが、帷が言ってくれたはず。

こんなことならもっと手を習っておけば良かった。
照は心を込めてしたためる。
無理をしないように。
また一人で背負いすぎないようにと。

私に出来ることがあれば、力になりたい。

いずれ後宮を去ることになる。
それまでの間だけでも、せめて。

そんな思いを込めて、照は筆を進めた。



*********



その日、帝は清涼殿にいた。
ごく僅かの近臣しかおらず、帝は、帝に届けられるにはあまりに素朴な文箱を開ける。
懐かしさすら感じる香りに包まれ、文を読む。

そこには後宮にいる姫らしからぬ内容が書かれていた。
帷しか見えていない照に、帷と自分は同じ人物のはずが、今も苛立ちを覚えてしまう。

照の望みは、遠くて、静かで、安全な場所に、皇后が決まるまでいられれば良い、というもの。

帝は含み笑いをした。

(お前の願い、全て叶えよう)

「これから命じることを、しかと聞け」

近臣達は帝からの命に、表情一つかえず、平伏した。

他の者が居なくなった部屋で、一人の命婦が白湯をいれ帝に差し出す。
目の横に皺がある、穏やかな顔をした御乳の命婦だ。

「楽しそうでございますね」

命婦の言葉に帝は返事をしなかったが、口の端を軽く上げた。

「悪いお方ですこと」

命婦はふふ、と笑う。

(やっとお見つけになったのですね)

いたずらな目だけ返した帝に、命婦は口元を袖で隠しながら目を細めた。



*********



数日後、帝からの呼び出しが照にあった。
照だけでは無く、後宮の姫三人揃ってだ。
照の女房達も何事かと慌てながら照を着付ける。
何せ我が姫、初めての帝のお目通り、女房達は当然力も入った。

場所は清涼殿、昼御座。
帝は昼間、ここで過ごす。

御簾が下ろされ、姫三人は御簾の外、床張りの庇の上にひれ伏している。
照は一番格下のため、二人の姫よりは離れた場所でひれ伏していた。

姫達一人一人、思うところがある。
呪いの元凶となった姫、被害者となった姫、そして照。
特に元凶となった梅壺の女御の手は震えていた。
麗景殿の更衣は、誰が原因かは知らない。
しかし陰陽師達によってようやく終わったと知れ、安堵していた。
唯一照だけは、ここで帝がどうでるかを見極めようとしていた。

衣擦れの音がして、御簾の中に存在を感じる。
しばし沈黙がおり、低く、落ち着いた声が届く。

「そなたらの不安はもう消えた。
だが」

続いた言葉に、姫達は驚きを隠したまま、ひれ伏していた。

政を優先し、後宮に入った姫達に何一つ気遣いをしなかったこと、それにより孤独、不安に追い込ませてしまったこと。
何一つ、姫達に咎は無い事。

短い言葉ばかりだが、一つ一つが、重い。

「すまなかった」

照はまさかここまで帝が謝るなど思ってはおらず、驚きとともに帷の言葉が帝に届いたのだと安堵する。

御簾の中で、帝は扇を動かす。
中で控えていた女房達が、ゆっくりと御簾をあげた。
するすると上がるたび、御簾の中へ光が差し込んでいく。

姫達はまさか御簾が上がるとは思わず、ひれ伏したままだ。

「皆、面を上げよ」

帝からの命。
姫達は扇を取り、緊張した面持ちで静かに顔を上げた。

その中の一人だけ、扇を広げることすら出来ず、閉じたまま固まっている姫がいた。
一番端の、落ち着いた色合いの衣をまとまった姫。

照は礼など失して帝の顔を見ていた。
その顔は、いつも夜に見ていた顔だった。

夜、局を抜け出した日々。
追いかけた大きな背中。
池に落ち、抱きしめられた腕。
命を失うかも知れない儀式に、二人で挑んだこと。
その後も、心配してくれたであろう人。
風に乗って届いた香は、帷の香りに似ていた。
白檀に、高級な伽羅などが合わさった高貴な香り。

(帷、様)

だがそこにいるのは、狩衣姿では無く、重厚で高貴な色を身にまとっている、まごうこと無き主上。

帝の視線が姫達にゆっくりと視線を向けていたが、最後の一人と視線が交わる。
射貫くようなその目に、照の身体は動けなくなった。
どれだけ見つめ合っていたかはわからない。
その視線が離れ、金縛りから解けたかのように照は急ぎひれ伏した。

(帷様が、主上・・・・・・)

照の頭はただ真っ白になっていた。



*********



照はその夜、一睡も出来なかった。

何故帷はあんなことをしていたのか。
帝であったならば、陰陽師に命じればいいだけだ。
それを帝自ら危険に身をさらし、穢れを、怨霊を祓っていた。

帝の仕事もしていたはずだ。
夜は陰陽師として、昼は帝として。
そこまで帷が背負い込んでいた理由は何なのか。

帷は照を穢れ祓いの儀で、後宮の姫だと知った。
照は目の前の人物が帝など露にも思わず、言いたい放題。

何故、どうして。
考えれば考えるだけわからない。
そして、照からすれば顔から火が出るような事ばかりを思い出してしまう。

気がつけば、部屋は明るくなっていた。
今はまだ起きるには早すぎる。
しばらくごろりとしていたが、几帳の向こうに人影を感じ声をかけた。

「糸?」

「照姫様、失礼致します」

返ってきた声は、糸とは違う落ち着いた声だった。

静かに入ってきたのは、目元に皺のある女。
着ている着物は普通の女房の者より上質。
穏やかな顔だが、照の母よりも年上のようだ。
気品ある佇まいで、両手を畳につけ、深く頭を下げた。

「私は御乳の命婦(みめのみょうぶ)と申します」

照は頭を下げている相手に驚く。
御乳の命婦、ようは帝の乳母だ。
後宮の常識には疎い照だが、それくらいは知っている。
何故そんな凄い立場の命婦が、こんな一番格下の、端の局に来るのかわからない。

「どうして、あなたのような方が」

思わず口にして、姫としてまずかったのではと思ったが遅い。
そんな疑問に、命婦は笑みを返した。

「主上よりしばらくの間、照姫様の世話をするように仰せつかりました。
姫の憂いをはらし、話し相手になるように、と」

「・・・・・・主上、が?」

「はい。
何なりと、お尋ね下さい。
私がお支え致します」

帷は、帝は見抜いていたのだ、照の気持ちを。
不安で、訳がわからなくて。
本人に聞きたくてももう聞くことすら出来ない。
そんな私を気遣ってくれた、わかってくれた。
帝として忙しいはずが、出来るだけのことをしてくれる。
その心遣いに、胸が熱くなった。

命婦は安心したような照の表情に、照が自分が使わされた本当の意味を理解していないことに気づく。
帝が自分の乳母を一人の姫に貸し出す、その行為がどんな意味をなすのか。

照の女房達は歓喜し、他の姫達の局も大騒ぎとなっていることなど、後宮の隅にある桐壺の更衣である照には、何一つ届くことは無い、その日になるまでは。


命婦は淡々と朝の支度をし、照の髪を解く。
髪が短い理由を命婦が照に問うことは無く、慣れたようにかもじをつける。

照は何を話せば良いのかわからなかった。
突然現れた帝の乳母。
失礼があってはならないと思いつつも、尋ねたいことは山ほどある。
山ほどあるけれど、ありすぎて何を聞けば良いのかわからない。

わかりやすく逡巡している照を、命婦は気づいても何も言わない。

長い沈黙に耐えかね、照が口にする。

「主上は、お健やかにお過ごしですか」

心配だった。
また無理をしているのでは無いかと。

照の初めての質問に、命婦は一瞬手を止めそうになったがすぐに衣を整えていく。

この姫は自分がどれだけのことを成し遂げ、主上の心を突き動かしたのかを知らない。
後宮の姫達はいかに帝に気に入って頂けるか、側に置いて頂けるか、それだけの世界。
嫉妬渦巻く世界を、この姫は一歩下がっているから思いやれるのだろう。
その純粋な思いに、帝が変わっていったことなど、この姫は知らない。

自分の目で、耳で、この姫を見極めようと命婦は思っていた。
そんな姫から最初に出たのは、帝を案じている言葉。
嬉しいと思わない訳がない。

「はい。
普段食べない甘い菓子を買ってこいなどと命じずに、政務をされております」

ごほっ、と照が咳き込む。
横にいる命婦を見る照の瞳は動揺している。
そんな照に命婦は微笑む。

「どなたかのお力添えで、後宮の穢れは全て祓えましたので、主上は本来の政務に励まれております」

全て命婦は知っている。
照はそれをこの会話だけで知らされて、落ち込んでいく。

なんて破天荒で作法のなってない姫だと呆れられているのだろう。
その上、帷が帝と知らなかったとは言え、罵詈雑言言ってしまった。

命婦はわかりやすく落ち込んでいる照に声をかける。

「私は幼き日から、主上のお側におります」

そっと照の手を取って、座らせる。
その一段下に、命婦も座った。

「主上のお母上様は後宮で身分が低く、第三皇子として生を受けました。
しかし高位の姫様達から嫉妬され、主上を連れて里に下がられたのです。
すぐにお母上様が身罷られ、主上の父君は、主上の身を案じられ、臣籍に下されました。
在原という姓を与え、より身分を隠すために、今の陰陽頭、加茂家の養子となったのです」

照は聞き入っていた。

「主上は、それでもその時の帝のために働かれていたのでしょうね」

「はい」

あの帷のことだ、ただ真っ直ぐに自分がなすべき事をしていたのだろう。
あれだけの実力者になるために、どれだけの努力をしたのだろうか。
孤独で、誰に甘えることも出来ず、一人で立っている帷の姿が照には目に浮かぶようだった。

「ずっと誰も寄せ付けぬよう、ここはあえて帷様と申しますが、陰陽師として厳しい修行をされ、仕事を全うされておりました。
しかし次々に帝が崩御され、十七の時、帝として践祚することとなったのです。
次々に帝が崩御されたことは、呪いだ怨念だと騒ぐ者も多く、主上はそれを鎮めるために有能な陰陽師である以上、その仕事をも続けること覚悟されました。
昼に夜に。
あの方はただ世の安寧のために働かれていたのです、たった一人で」

命婦は静かに語る。
照は胸が締め付けられるばかりだ。
もっと何か自分に出来ることは無かったのだろうかと悔やむ。

「しかし」

命婦は照の瞳を見る。

「ここしばらく、主上はご様子が違いました」

「あのように怨霊騒ぎが続けば、主上の苦しみはいかばかりかと」

照の言葉に命婦は首を横に振った。

「いいえ。
主上はあるときから変わっていかれました。
すばる、という男装の姫に出会ってからです」

命婦の目は、思い出すかのように優しい。

「らしくないことをされるようになり、私にだけですがすばるという名の姫君について話されるようになりました。
あるときには、叱られたのだと、笑っておられました。
自分が庇われる日が来るなど、思ってもみなかったと」

照は言葉を出せない。

「姫は、すばるであり、照姫様でいらっしゃいます。
主上も、帷であり、帝なのです。
どうか主上も、そのように見てはいただけませんか?」

切実な命婦の言葉。
それは照の胸に突き刺さった。

帷と帝は同じだとわかっても、帷への思いを帝に移すことは簡単にできなかった。
照はわかっている。
帷ならもしかして、と思っていても、相手が帝となれば話は全く違う。
いずれ後宮からいなくなる覚悟の照は、そう簡単に割り切れなかった。

照が思い悩んでいるのを見て、命婦は声をかけた。

「これから、主上としてのあの方を、どうぞ見て差し上げて下さい。
時間はいくらでもございます」

照は答えられなかった。
帝がどんな大変な思いで今に至っているか、後宮を放置していなかったのもわかった。
出来るなら謝りたい。
どれだけ帷を、帝を傷つけてしまっただろうか。

帷への思いは、やはり帷への思い。

照はそうやって、気持ちに蓋をしようとあふれるものから目を背けた。



*********



それからしばらく命婦だけが照の世話をしていたが、珍しく朝、顔を出したのは糸だった。
その表情は見たことも無いほど明るく、興奮しているようですらある。

「姫様!気合いを入れますわ!」

「どうしたの、糸」

糸が引き連れてきた女房達は、美しい衣や高そうな扇を用意している。
様子が違う女房達に、照は落ち着かない。

「朝から皆慌ただしいようだけど、どうしたの?
それにその高級な衣、なに?
お父様から?」

糸は笑顔のままで何も答えない。

必死に尋ねる照を、糸達は笑顔のみで一切答えず照は段々怖くなってきた。


全ての支度を終える。
衣はどれも品が良く、一番上に着る唐衣には、藤の花が刺繍され、季節違いの柄だ。

(父君、どうせお金をかけるなら流行りの柄や色が良かったわ)

照は既にぐったりしている。

「ではご移動を」

「どこへ行くの?」

糸はやはり答えない。

諦めて照は従うことにした。


糸の後ろをしずしずと歩く。
長い庇を進む。
渡殿を渡る。
何度も角を曲がる。

庇を通りつつ横を見れば広がる庭。
この後宮の庭を見つからないように歩いていた日のことが遠い昔のようだ。

今日、御乳の命婦はいない。
しばらくと言っていたのでもう来ないのだろう。
もしかしてどうしようもない姫と思われて、もっと小さな局に移動となるのかも知れない。
心当たりしかないし、そもそも静かな場所でいいので構わないと照は思う。


「姫様!照姫様!」

「ん?」

「こちらですよ」

糸に差し出された手の先にある部屋に入る。
促されて座り、周囲を見れば照でさえわかるほど高級な調度品ばかり。
いつも使っていた脇息ではなく、螺鈿作りで輝かしい光を放っている。
几帳は可愛らしく、所々に淡い紫の布が飾られていた。

広い部屋、高い天井。
今までいた桐壺とは格が全く違う。

座ってる所から、庭が望める。
あるのは藤棚。
既に散っているが、春になれば紫がこの庭を染めるのだろう。

その庇にずらりと女房達が並ぶ。
その真ん中、一番前の列には糸では無く、御乳の命婦がいる。
一斉に照に向かい平伏した。

「おめでとうございます!
藤壺の女御様!」

照はその様子をただ眺めていた。
はしゃぐような女房達の言葉。
満面の笑み。

照はそれが見えているが、何一つ現実感がない。
なにかの冗談だろうか。

「藤壺の女御様。
・・・・・・照姫様」

「え?」

まさか自分が呼ばれていたとは思わず前を見ると、命婦が文箱をうやうやしく差し出す。

「主上からでございます」

照は、有無も言わせない命婦の笑顔に文箱を受け取る。
豪華な作り。
美しい藤色の紐を解いて箱を開ける。

帷とは違う、帝とわかる香が漂った。
考えてみれば、この部屋で焚かれているのは帝からした香と同じだと気づく。

文を開いて読み始め、照の身体が震えてくる。

『お前は、遠くて、静かで、安全な場所を褒美として望んだ。
私はそれを全て叶えよう。
私の側ほど安全な場所など無いと、照、お前が誰よりも知っているはずだ。

帷としてお前に手を差し出したのも、帝としてお前を迎えたのも、すべて私だ。
迷いは私が引き受けよう。

今宵、私はお前のもとへ向かう。
この夜をもって、私の隣に立つのは、照、お前ひとりとする。

二度と、お前を手放さぬと改めて誓う』

唇が震える。
照は混乱していて、文の内容が頭に入らない。

質素な褒美を願っていたはずが、連れてこられたのは皇后としてふさわしい一番の部屋。
主上からの文を握りつぶしたいのに、握りつぶせない。

そうだった、相手は最強だ。
照などが遙かに及ばないほどの。

いつからだろう、捕まってしまっていたのは。
それとも、自分から捕まりにいっていたのだろうか。

あらがうことはもう遅いというように、照をかの人の香が包む。

新たな藤壺の女御は、ゆっくりと肩を落とした。

「やら、れた・・・・・・」

照は、力なく呟いた。

今宵が帝にとって初めてのお渡りであることを、まだ理解していないのは、照だけだ。

華やかな藤壺。
賑やかな女房達。

後宮は怨霊騒ぎなどなかったかのように、暖かな光が広がっていた。

                                 End