鬼のつがい~競売にかけられた没落令嬢は年下の俺様当主に甘く囲われる

 百花が新樹の秘書として初めて帝国會舘へ向かう日がやってきた。
 今までのようなお仕着せ姿で行くわけにはいかないからと、用意してもらった服は清楚な印象を与える水色のワンピースである。今までは和装ばかりの百花にとっては新鮮なものだ。
「新樹様、いつまで不貞腐れているんですか!」
 航平の言葉の通り、新樹は朝から機嫌が悪い。
「不貞腐れてはいない」
「はい、行きますよ。百花さんも一緒に」
「は、はい」
 航平が新樹を引きずるようにして引っ張っていく後ろを、百花が慌ててついていく。朝からこんな調子では先が思いやられるなと感じていた。
 しかし、帝国會舘に着けばいつもと変わらぬ新樹だし、会議も難なくこなして帰路についたわけだが、帰ってきたらきたでやはり彼は苛立つ様子を隠さない。
「どうかされましたか?」
 不安になった百花が新樹に声をかければ、一抜けしたと言わんばかりに「食事の用意を言いつけてきます」と航平が部屋から出ていってしまう。
 航平がいなくなったところで、新樹がぽつりと口を開く。
「どうもしない」
「どうもしないのであれば、もう少し穏やかな態度を取っていただけないでしょうか。新樹様がそうやってイライラされていると、私はどうしたらいいかがわかりません」
 新樹のイライラが百花にも伝染したのかもしれない。
 ここ数日の間、彼はずっと何かに苛立っていて、それを隠そうとはせず航平に八つ当たりをしていたのだ。
 航平が精神的にも肉体的にも大人で、それを受け流していたからいいものの、他の人が相手であればもめごとにまで発展していたっておかしくはない状況だった。
「俺もわからないんだ」
 声を荒らげた新樹は、ドン! と机を叩き、百花をぎっと睨みつけるものの、その瞳はどこか潤んでいた。
 何か言葉を紡ぎ出そうとする唇は微かに震えている。
 そんな新樹から目が離せない。
「おまえは、晶翔のような大人の男がいいのか?」
 切なげに声を吐き見上げてくる新樹の姿に、百花の心臓がぎゅっとわしづかみされたように苦しくなるものの、すぐに慌てて否定する。
「なっ、何を言ってるんですか?」
「今日だって、晶翔と楽しそうに話をしていたじゃないか」
「それは、同じ秘書として會舘での振る舞い方を教えていただいただけです」
 だから何も後ろめたいことなんてない。
 それでも新樹は捨てられた子犬のような瞳で百花に訴えてくる。
「……不安なんだ。俺の前からおまえがいなくなってしまいそうで。だから、あそこに連れていきたくなかった……。晶翔のような男におまえを奪われるんじゃないかって……」
 新樹は下を向くが、力強く握られた拳が机の上で震えている。
 百花はその手を両手でそっと包み込んだ。新樹の吐露に苦しいくらいに胸が締めつけられる。
「私はどこにも行きません。ここにいます。なによりも……私は金貨百万枚で新樹様に買われたのです。まだ百万枚分の仕事を終えていませんよね?」
 百花が諭すようにやさしく声をかけるも、新樹の視線は下を向いたままだ。
「あぁ、そうだ。俺はおまえを金で買った卑怯な奴だ」
「いいえ。家族を失った私にとって居場所をくださったのが新樹様です。あの場で私を買ってくださったから、今の私がいるんです」
 その言葉に圧倒されたのか新樹が口をつぐみ、時を刻む音だけがコチコチと室内に響く。
 百花が握りしめる手にきゅっと力をこめれば、新樹の手がぴくりと動いた。
「百花。あと三年待ってほしい。あと三年経てば、俺も成人を迎える。そのときはきっと今よりも背が伸びて、晶翔よりもでっかくなる」
「自信がおありなんですね」
「ある」
 あまりにも堂々と言うものだから、百花はくすりと笑みをこぼし「では、待ってますね」と答えた。
 すると、新樹の身体からするすると力が抜けていき、その顔には笑みが浮かぶ。
「腹が減った……」
 新樹の気の抜けた声が響く。
「航平さんの様子をみてまいります。お食事はお部屋で取られますか? それとも食堂まで行かれますか?」
「疲れた、動きたくない。ここに持ってこい」
 いつものわがままな新樹である。不機嫌で八つ当たりされるよりは、わがままを言ってもらったほうがまだいい。
「はい、承知しました」
 百花が頭を下げてから部屋を出ようとして扉を開けたとき、目の前に航平の姿があった。
「きゃっ」
 驚き小さく悲鳴をあげてしまい、百花は慌てて自分の口を手で隠す。
「も、申し訳ありません」
「ごめんごめん、驚かせてしまったね。で、うちのご当主様の機嫌は直りましたかね?」
 航平は百花の肩越しに新樹の様子を確認しようとすれば、新樹から鋭い声が飛んでくる。
「遅いぞ、航平。俺は腹が減った。食事をここに持ってこい」
「はいはい。すぐにご用意いたします」
 航平はどこか楽しそうだ。
「新樹様の機嫌が直ってよかったです。さすが百花さんですね」
 こそっと百花の耳元でささやいた航平だが、もしかしたら今までのやりとりは彼に筒抜けだったのではないだろうか。
 それを考えたら、顔がぽっと熱くなった。