帝国六家のうちの一つ、暁陽家の当主を務めるのが暁陽新樹。前当主は新樹の父で、その父が亡くなったため新樹が継いだ。
皇帝の外遊に父が護衛として同行していたとき、人狩りが皇帝を狙って襲いかかってきた。その皇帝を守ったのが父であり、またそれが原因で父は命を落とした。
母は鬼人ではなく、父から霊力を与えられた半鬼人であったため、父が亡くなったときに母の命も尽きた。
そして残されたのが新樹である。
当主は世襲制であるため新樹が継いだが、当時はまだ十二歳。そのとき支えてくれたのが航平だった。
彼は父の姉の子なので、新樹から見れば従兄弟にあたり、航平も航平で複雑な環境で育っている。どうやら父の姉、すなわち伯母が奔放な性格のようで、誰の子かわからない子を授かり、生まれたのが航平なのだ。そして伯母は、航平を産んだらどこかへふらっと出ていき、今では生死すら不明。
新樹の父は、そんな甥を不憫に思ったようで暁陽家で引き取ったものの、さすがに暁陽家の名を名乗らせることはできず、祖母の実家の深山家の養子という扱いにしてもらった。
そして航平が五歳になったとき、父は母と出会い、人であった母に父が霊力を与え、半鬼人としたうえで結ばれた。
人と鬼人の子は、女性が人であれば人、鬼人であれば鬼人が生まれるからだ。つまり母体に霊力があるかないかで、生まれる子の霊力が決まる。
母を半鬼人にするしないかでもめたとも聞いているが、結局、父が折れ、母に霊力を与えたらしい。もめた原因は、半鬼人の命が霊力を与えた鬼人に縛られ、その鬼人が死ねば半鬼人も死ぬからだ。
とはいえ、ただの人の母体から生まれる子は霊力の持たない人間。由緒ある帝国六家の暁陽家の後継が人でいいはずがないと、母が訴えたとか。
これも両親が亡くなった後に航平から聞いた話であり、航平も幼かったためどこまでが事実かどうかはわからないが、両親の間に愛があったのは事実なのだろう。
今では母には感謝しかない。霊力がなかったら、新樹はもっと悲惨な人生を送っていたはずだ。そもそも十歳になるまで式神を使役できなかったのだから。
それまでなかなか式神を使役できない新樹を、父はどこか冷めた目で見ていた。また新樹は、同年代の子と比べても身体が小さく、父はそれも気にしていたようだ。
母は「お父様の血を継いでいるのだから」と励ましてくれたが、そこには期待が含まれていたようにも感じた。
そんな新樹が転換期を迎えたのは、航平に連れられて養護院のバザーに足を運んだ時だろう。
「たまには、同年代の子どもと接してみてはどうだ?」と、航平が提案したのがきっかけだった。
その養護院は、国内でも名を馳せる商家の藤澤家が出資しているもので、養護院で簡単な読み書きや裁縫などを教え、そこを卒業した子どもたちを藤澤家で雇う、もしくは仕事先を斡旋するという事業まで行っていた。養護院で開催されるバザーでは、子どもたちが作ったものを売っており、その売り上げを資金にするという目的があった。
航平とバザー会場をぶらぶらしていた新樹だが、甘いにおいに誘われてみれば、ビスケットやアイスクリームまで売っていたから驚いたものだ。
どうやら藤澤会長夫人が子どもたちに作り方を教えたらしい。帝国内に限らず、異国の文化まで取り入れている事実に、新樹も目を見張るものがあった。甘いものを堪能しつつ、会場の隅から隅まで歩こうとしたとき、新樹の視界に飛び込んできたのがぬいぐるみを売っている少女だった。見た目は新樹と同じか年上か。
ただテーブルの上に並ぶぬいぐるみは、少し不格好ではあったが、どこか愛嬌があった。
「新樹……? あれが欲しいのか?」
航平も新樹の視線の先に気がついたようだ。
「航平兄、あのぬいぐるみ……」
いくつか並ぶぬいぐるみのうち、うさぎのぬいぐるみだけが光の粒子に包まれている。
「あぁ、あれには霊力がまとわりついている。あの子が作ったのか? とにかく話をしてみるか……」
航平の言葉に新樹は小さく頷き、少女の元に足を向ける。
「いらっしゃいませ。ぬいぐるみはいかがですか?」
濡羽色の髪をおさげにした少女は、笑顔で声をかけてきた。
「これをください」
航平がうさぎのぬいぐるみを指差せば、銅貨一枚だという。玩具屋で売っているぬいぐるみの十分の一の値段だ。
「ありがとうございました」
新樹がぬいぐるみを手にすると、そこから霊力が流れ込んでくる感覚があった。これを手にした新樹は、すぐに試してみたいことを思いついた。
ぬいぐるみを手にして急いで屋敷へと戻ると、それに霊力を注ぎ込み始める。これなら式神の依り代に適していると、ひと目見たときに感じたからだ。
《なんだ、おまえが主か……まだガキじゃないか》
新樹の直感は正しく、ぬいぐるみを依り代とした式神を作り出すことができた。
だが、それを見守っていた航平は呆然とする。
式神が喋るなんてあり得ないと、すぐに新樹の両親を呼んできた。
父は式神・昂焔の存在をすんなり受け入れ、その式神がいかに貴重ですごいものであるかを新樹に言って聞かせた。今までは、新樹と距離を取っていた父なのに、珍しい式神を使役させたという結果が、皮肉にも一気に親子の関係を近づけたのだ。
母は「よかったわね」と頭をなでてくれたが、十歳にもなって頭をなでられたのが少し恥ずかしい。
その日から、父の息子を見る目が変わったように感じた。
さらに、皇帝が昂焔の話を聞きつけ、新樹との面会を希望した。むしろ命令であり、新樹が皇帝と顔を合わせたのは、記憶があるなかではこれが初めてであった。
そして皇帝は、新樹の身体が小さいのも、今まで式神を使役できなかったのも、新樹自身の霊力が鬼人の中でも強いからだと突き止めた。
新樹の隠された力が明らかになれば、父親はさらに息子を自慢に思うようになったのだろう。今までの冷めた関係を修復するかのように新樹をかまうようになり、父自ら霊力の使い方を指導するようになった。
そんな父の変化を敏感に感じ取った新樹の心情は複雑な反面、父に認められて嬉しいという気持ちもあった。
しかし、やっと親子らしい関係を築き始めたという矢先に、両親が亡くなったのだ。
父の死を知った母は新樹をすぐに呼び寄せ、自分の命が長くないこと、父の“つがい”であったという事実まで告げた。さらに新樹にもいつか“つがい”と呼べるような相手と出会い、その相手が鬼人であると願っていると、それが母の最期の言葉だった。
“つがい”という存在を理解できていなかった新樹が教えを乞うのは航平しかいない。
どうやら鬼人には、魂の伴侶とも呼べる“つがい”という相手が存在するらしい。その相手と出会ったとき、魂が共鳴するような感覚に陥り、本能的にわかるのだとか。
とはいえ、その“つがい”に出会える鬼人も稀で、両親の出会いは奇跡に近いものだったようだ。
だから鬼人の中でも鬼族である父が、ただの人である母との結婚が許された。
そんな両親の葬儀は、皇帝が取り仕切って人を派遣してくれたため、なんとか事なきを得た。さらにまだ子どもであるが、暁陽家当主として新樹を指名したうえで皇帝が後見人となったのは、新樹が他家から舐められないようにといった配慮と、皇帝の命を守ったのが新樹の父だったからだ。
新樹は航平や家令の影月に助けてもらいながら、当主としての役割を果たそうとしているが、両親が亡くなって以降、人狩りの動きが活発になっている事実にも頭を悩ませていた。
人狩りが出たと呼び出されれば、昂焔を連れて現場に赴く。人狩りも霊力を備えた鬼人であり、下等な鬼を操って鬼族を狙おうとする点が厄介だ。その戦いを繰り返せば、昂焔の依り代をもぼろぼろになり、修復をしなければと思うものの、下手に直して式神としての力を失ってしまうのも怖い。
だからこのぬいぐるみを手に入れた藤澤養護院を訪れたところ、すでに養護院はなく、藤澤家が多額の借金を負ったうえに、会長夫妻が亡くなったという話を耳にした。ただ娘は生きているが借金の形に売られただろうという話を聞きつけ、慌てて競売の会場へと足を運んだというわけだ。
身体の自由を奪われている彼女を見たとき、新樹の魂が悲鳴をあげ、震えた。十九番という番号だったが、彼女がそうであると本能が叫ぶ。
「金に糸目をつけない。何がなんでも、彼女を手に入れろ!」
航平に命じ、他と圧倒的な差をつけ金貨百万枚で彼女を手に入れたのだ。だが新樹にとって、百花は金貨百万枚以上の価値がある。
藤澤百花を暁陽家で女中として働かせているが、彼女は新樹の“つがい”だ。他の男に渡す気はないし、彼女がひとりで外を歩くなど言語道断。
だから百花の買い物に一緒に行くと言った新樹なのだが、その目論見は航平にも昂焔にも見抜かれていた。だからといって邪魔をするような人と式神ではない。主が“つがい”との関係を深めるのは喜ばしいことだと、デートプランを考えたのは航平と昂焔なのだが、それが新樹にとっては悔しいくらいだった。
皇帝の外遊に父が護衛として同行していたとき、人狩りが皇帝を狙って襲いかかってきた。その皇帝を守ったのが父であり、またそれが原因で父は命を落とした。
母は鬼人ではなく、父から霊力を与えられた半鬼人であったため、父が亡くなったときに母の命も尽きた。
そして残されたのが新樹である。
当主は世襲制であるため新樹が継いだが、当時はまだ十二歳。そのとき支えてくれたのが航平だった。
彼は父の姉の子なので、新樹から見れば従兄弟にあたり、航平も航平で複雑な環境で育っている。どうやら父の姉、すなわち伯母が奔放な性格のようで、誰の子かわからない子を授かり、生まれたのが航平なのだ。そして伯母は、航平を産んだらどこかへふらっと出ていき、今では生死すら不明。
新樹の父は、そんな甥を不憫に思ったようで暁陽家で引き取ったものの、さすがに暁陽家の名を名乗らせることはできず、祖母の実家の深山家の養子という扱いにしてもらった。
そして航平が五歳になったとき、父は母と出会い、人であった母に父が霊力を与え、半鬼人としたうえで結ばれた。
人と鬼人の子は、女性が人であれば人、鬼人であれば鬼人が生まれるからだ。つまり母体に霊力があるかないかで、生まれる子の霊力が決まる。
母を半鬼人にするしないかでもめたとも聞いているが、結局、父が折れ、母に霊力を与えたらしい。もめた原因は、半鬼人の命が霊力を与えた鬼人に縛られ、その鬼人が死ねば半鬼人も死ぬからだ。
とはいえ、ただの人の母体から生まれる子は霊力の持たない人間。由緒ある帝国六家の暁陽家の後継が人でいいはずがないと、母が訴えたとか。
これも両親が亡くなった後に航平から聞いた話であり、航平も幼かったためどこまでが事実かどうかはわからないが、両親の間に愛があったのは事実なのだろう。
今では母には感謝しかない。霊力がなかったら、新樹はもっと悲惨な人生を送っていたはずだ。そもそも十歳になるまで式神を使役できなかったのだから。
それまでなかなか式神を使役できない新樹を、父はどこか冷めた目で見ていた。また新樹は、同年代の子と比べても身体が小さく、父はそれも気にしていたようだ。
母は「お父様の血を継いでいるのだから」と励ましてくれたが、そこには期待が含まれていたようにも感じた。
そんな新樹が転換期を迎えたのは、航平に連れられて養護院のバザーに足を運んだ時だろう。
「たまには、同年代の子どもと接してみてはどうだ?」と、航平が提案したのがきっかけだった。
その養護院は、国内でも名を馳せる商家の藤澤家が出資しているもので、養護院で簡単な読み書きや裁縫などを教え、そこを卒業した子どもたちを藤澤家で雇う、もしくは仕事先を斡旋するという事業まで行っていた。養護院で開催されるバザーでは、子どもたちが作ったものを売っており、その売り上げを資金にするという目的があった。
航平とバザー会場をぶらぶらしていた新樹だが、甘いにおいに誘われてみれば、ビスケットやアイスクリームまで売っていたから驚いたものだ。
どうやら藤澤会長夫人が子どもたちに作り方を教えたらしい。帝国内に限らず、異国の文化まで取り入れている事実に、新樹も目を見張るものがあった。甘いものを堪能しつつ、会場の隅から隅まで歩こうとしたとき、新樹の視界に飛び込んできたのがぬいぐるみを売っている少女だった。見た目は新樹と同じか年上か。
ただテーブルの上に並ぶぬいぐるみは、少し不格好ではあったが、どこか愛嬌があった。
「新樹……? あれが欲しいのか?」
航平も新樹の視線の先に気がついたようだ。
「航平兄、あのぬいぐるみ……」
いくつか並ぶぬいぐるみのうち、うさぎのぬいぐるみだけが光の粒子に包まれている。
「あぁ、あれには霊力がまとわりついている。あの子が作ったのか? とにかく話をしてみるか……」
航平の言葉に新樹は小さく頷き、少女の元に足を向ける。
「いらっしゃいませ。ぬいぐるみはいかがですか?」
濡羽色の髪をおさげにした少女は、笑顔で声をかけてきた。
「これをください」
航平がうさぎのぬいぐるみを指差せば、銅貨一枚だという。玩具屋で売っているぬいぐるみの十分の一の値段だ。
「ありがとうございました」
新樹がぬいぐるみを手にすると、そこから霊力が流れ込んでくる感覚があった。これを手にした新樹は、すぐに試してみたいことを思いついた。
ぬいぐるみを手にして急いで屋敷へと戻ると、それに霊力を注ぎ込み始める。これなら式神の依り代に適していると、ひと目見たときに感じたからだ。
《なんだ、おまえが主か……まだガキじゃないか》
新樹の直感は正しく、ぬいぐるみを依り代とした式神を作り出すことができた。
だが、それを見守っていた航平は呆然とする。
式神が喋るなんてあり得ないと、すぐに新樹の両親を呼んできた。
父は式神・昂焔の存在をすんなり受け入れ、その式神がいかに貴重ですごいものであるかを新樹に言って聞かせた。今までは、新樹と距離を取っていた父なのに、珍しい式神を使役させたという結果が、皮肉にも一気に親子の関係を近づけたのだ。
母は「よかったわね」と頭をなでてくれたが、十歳にもなって頭をなでられたのが少し恥ずかしい。
その日から、父の息子を見る目が変わったように感じた。
さらに、皇帝が昂焔の話を聞きつけ、新樹との面会を希望した。むしろ命令であり、新樹が皇帝と顔を合わせたのは、記憶があるなかではこれが初めてであった。
そして皇帝は、新樹の身体が小さいのも、今まで式神を使役できなかったのも、新樹自身の霊力が鬼人の中でも強いからだと突き止めた。
新樹の隠された力が明らかになれば、父親はさらに息子を自慢に思うようになったのだろう。今までの冷めた関係を修復するかのように新樹をかまうようになり、父自ら霊力の使い方を指導するようになった。
そんな父の変化を敏感に感じ取った新樹の心情は複雑な反面、父に認められて嬉しいという気持ちもあった。
しかし、やっと親子らしい関係を築き始めたという矢先に、両親が亡くなったのだ。
父の死を知った母は新樹をすぐに呼び寄せ、自分の命が長くないこと、父の“つがい”であったという事実まで告げた。さらに新樹にもいつか“つがい”と呼べるような相手と出会い、その相手が鬼人であると願っていると、それが母の最期の言葉だった。
“つがい”という存在を理解できていなかった新樹が教えを乞うのは航平しかいない。
どうやら鬼人には、魂の伴侶とも呼べる“つがい”という相手が存在するらしい。その相手と出会ったとき、魂が共鳴するような感覚に陥り、本能的にわかるのだとか。
とはいえ、その“つがい”に出会える鬼人も稀で、両親の出会いは奇跡に近いものだったようだ。
だから鬼人の中でも鬼族である父が、ただの人である母との結婚が許された。
そんな両親の葬儀は、皇帝が取り仕切って人を派遣してくれたため、なんとか事なきを得た。さらにまだ子どもであるが、暁陽家当主として新樹を指名したうえで皇帝が後見人となったのは、新樹が他家から舐められないようにといった配慮と、皇帝の命を守ったのが新樹の父だったからだ。
新樹は航平や家令の影月に助けてもらいながら、当主としての役割を果たそうとしているが、両親が亡くなって以降、人狩りの動きが活発になっている事実にも頭を悩ませていた。
人狩りが出たと呼び出されれば、昂焔を連れて現場に赴く。人狩りも霊力を備えた鬼人であり、下等な鬼を操って鬼族を狙おうとする点が厄介だ。その戦いを繰り返せば、昂焔の依り代をもぼろぼろになり、修復をしなければと思うものの、下手に直して式神としての力を失ってしまうのも怖い。
だからこのぬいぐるみを手に入れた藤澤養護院を訪れたところ、すでに養護院はなく、藤澤家が多額の借金を負ったうえに、会長夫妻が亡くなったという話を耳にした。ただ娘は生きているが借金の形に売られただろうという話を聞きつけ、慌てて競売の会場へと足を運んだというわけだ。
身体の自由を奪われている彼女を見たとき、新樹の魂が悲鳴をあげ、震えた。十九番という番号だったが、彼女がそうであると本能が叫ぶ。
「金に糸目をつけない。何がなんでも、彼女を手に入れろ!」
航平に命じ、他と圧倒的な差をつけ金貨百万枚で彼女を手に入れたのだ。だが新樹にとって、百花は金貨百万枚以上の価値がある。
藤澤百花を暁陽家で女中として働かせているが、彼女は新樹の“つがい”だ。他の男に渡す気はないし、彼女がひとりで外を歩くなど言語道断。
だから百花の買い物に一緒に行くと言った新樹なのだが、その目論見は航平にも昂焔にも見抜かれていた。だからといって邪魔をするような人と式神ではない。主が“つがい”との関係を深めるのは喜ばしいことだと、デートプランを考えたのは航平と昂焔なのだが、それが新樹にとっては悔しいくらいだった。



