鬼のつがい~競売にかけられた没落令嬢は年下の俺様当主に甘く囲われる

 早速、百花は、新しいぬいぐるみ――ではなく、昂焔の依り代を作るために、新樹に外出の許可を求めた。
「ダメだ。ダメに決まっているだろう?」
 執務席で、書類にペンを走らせている新樹は、顔もあげずに否定した。
「ですが、ぬいぐるみを作るには材料が必要なんです。それが、今、針子部屋にある材料では足りなくて……」
「だからって、おまえを一人で買い物に行かせるのは言語道断。ただでさえ人狩りの被害が大きくなっているというのに。それでは自分からさらってくださいと言っているようなものじゃないか!」
「百花さん。今、新樹様は不機嫌の頂点に達しています。反抗期というまっただ中、六家会議で書類作成を押しつけられ、イライラされているのです。私のほうから補足させていただきます。ささ、どうぞそちらにお座りください」
 航平の指示に従い、百花はソファに腰を落ち着ける。それでもこの場は新樹の執務席の真ん前にあるため、左側から突き刺さるような視線を感じながら、航平の話に耳を傾ける。
「新樹様がおっしゃったように、ここ数日、人狩りの動きが活発になっております。人狩りは鬼人の血を求め、鬼人をさらっています」
 それは新聞でも記事になっているため、百花も知っている。しかし百花は鬼人ではない、ただの人である。
「ですが人狩りは、鬼人だけでなくただの人もさらい、奴隷として売りさばくのです。人狩りとはそういった所以です」
 つまり、人狩りにとっては鬼人も人も、金儲けの道具にすぎないというわけだ。
「また人にも霊力さえ与えれば、半鬼人として霊力が使えるようになります。どうやら人狩りは半鬼人を作り上げたいと、そういった噂もあるのですよ」
 鬼人に対し半鬼人は後天的に霊力を備えた者で、その霊力は鬼人から与えられる。しかし、それは鬼人と人の契約によるもので、鬼人より霊力を与えられた半鬼人は、生涯、その鬼人に尽くす必要があった。
「人狩りは、鬼人の血から霊薬を作ろうとしているわけです。霊薬は一般的には霊力を高めたり怪我や病気も治すことのできる万能薬と呼ばれていますし、貴重なものとして存在しています。しかし人狩りが作ろうとしている霊薬は、その一般的霊薬とは異なるものです」
 いつの間にか、書類にペン先を走らせていた新樹の手も止まっていて、航平の話に聞き入っている。いや、航平が何をどこまで言うのかを確認しているのかもしれない。彼が言ってはならないことを口にするようであれば、それを制するために。
「どういった霊薬なのでしょうか?」
 百花も航平の話に夢中になっており、気がついたらその言葉が口から出ていた。
「人を強制的に半鬼人にする霊薬。そのために、鬼人の血が必要だと、そういった流れですね」
 あっけらかんと明るい口調の航平だが、話の内容は明るいものではなかった。
 人狩りは、なんでも言うことをきく半鬼人を作るため、鬼人の血を欲し人の肉体を必要としているらしい。
「そのため新樹様は、百花さんが一人で外をふらふらと歩くのを嫌がっているわけです」
「それでは、誰も外を歩けないではありませんか?」
「さすが百花さん。よく気がつきましたね!」
 気がつくも何も、人狩りが恐ろしいから外に出るなというのに、今日も大通りのほうからは賑やかな音が聞こえてくる。
「つまり、百花さんを一人で外に行かせたくない、というのが新樹様の本音です」
「おい、航平」
 新樹の声が室内に響くものの、すぐにそれに割って入る存在があった。
《だったら、オレ様が一緒に行けばいいじゃないか》
 新樹の執務席の上で行儀よく座っていたうさぎのぬいぐるみの昂焔が、ぴょこっとそこから飛び降り、とてとてと歩いてきては百花の膝の上にちょこんと座った。
「おい、昂焔。おまえ、何をしている……?」
《オレ様が嬢ちゃんの護衛につけばいいんだよ。坊はお嬢ちゃんが人狩り……じゃなくて、他の男に目をつけられるのを気にしているだけだろ? てことは、誰かが嬢ちゃんを見張っていればいい。それって、オレ様が適任じゃないのか?》
 な? と昂焔は振り返ってつぶらな瞳で百花を見上げるが、やはり昂焔の言動とその外見が不釣り合いである。
「おまえの存在を他の者に知られたほうがやっかいだろ?」
《オレ様、見た目はかわいらしいうさぎのぬいぐるみ。嬢ちゃんがオレ様を抱いていても、なんの違和感もないだろ?》
 航平がうんうんと頷くのは、昂焔の意見に同意しているからか。
「まさか、新樹様の式神がこれほどまで百花さんに懐いているとは……。そうであれば、式神が言うように、式神を連れていってもらえばいいのではありませんか? そうすれば新樹様も安心できるでしょう」
 ニヤニヤとする航平を見れば、彼が何かを企んでいるなと、百花にも察するものがあった。
《そうだ、そうだ。坊は反対するだけで意見を出さない。これじゃ、いつまでたってもオレ様の新しい身体は作れない。そのうちオレ様、ぼろぼろになって消失してしまうかも……》
「それはダメです」
 百花は思わずうさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
「昂焔さんは新樹様にとって大事な存在ですよね?」
「昂焔……おまえ……」
 手にしているペンを折るのではないかと思えるくらい、新樹は身体に力を入れている。
「新樹様。そろそろ素直になりましょう。式神に嫉妬するなんて、やっぱりお子ちゃまなんですよ」
「素直……嫉妬……?」
 百花が首を傾げれば、新樹は顔を真っ赤にする。
「だから、おまえ一人では心配だから、俺も一緒に行くと、そう言ってるんだよ!」
 今の話の流れから、どうしてそのような結論に至るのか百花にはわからない。
「新樹様がですか? 昂焔さんではなく?」
「なんだよ。俺が一緒では不満なのか?」
 新樹がどこか不貞腐れた様子で唇を軽く尖らせる。
「いえ、新樹様もお忙しいのではありませんか?」
「おまえの買い物に付き合うくらいの時間はある」
《よかったな、嬢ちゃん。これでオレ様もイメチェンができるっていうわけだ。もちろん、オレ様も一緒に行くからな。護衛はまかせておけ》
 昂焔がトンと胸を張る姿はかわいらしい。
「そういうことだ。日時が決まったら連絡する」
 そこで新樹は立ち上がり、百花のほうに近づいてきた。相変わらず表情はむっとしたままで、どこか苛立っている様子。そのまま百花に向かって手を伸ばしたかと思えば、むぎゅっと昂焔を掴んだ。
「おまえ。いつまでそこにいるつもりだ」
 新樹が昂焔のおでこを指でピンと跳ねると、ばたばたしていたぬいぐるみは静かになる。
《おい、坊。オレ様に拘束の術を使ったな?》
「拘束だけですんでよかったじゃないか。あまりにも騒ぐようなら、その口も縫いつけてやるからな」
《ひどい、横暴、独裁者……むぐぅっ……》
 とうとう昂焔は静かになり、動かなくなってしまった。
「百花。おまえもさっさと部屋に戻れ」
「部屋ですか? 控えの間ではなく?」
「今日のおまえの仕事は終わりだ。あとは航平がいるからいい。さっさと戻れ」
 新樹の勢いに負けた百花は「失礼します」と頭を下げて、新樹の部屋を去った。